『父さん、ここってヘブンズドアっていうんだよね? 何で天国の門なの?』
自分によく似た少年が、自分の父親に向かって話している。まだ幼い自分の双子の弟――セレン・アルデバラン。
父は少し困った顔をしたが、やがて『ここは神隠しが多いんだ』と答えた。
何故神隠しが多い場所が、『天国の門』という名前なのか。自分も気になって父に問い詰める。二人がかりの質問攻めに、父は参ったと手を上げた。
『実はまだ解ってないんだよ。ただ、何年か前にここらで行方不明になった人のうち七人は帰ってきたんだ。その七人が、ここをそう名づけたのさ』
その七人は、後に『七賢』と呼ばれるようになったらしい。その『七賢』も、幼い少女だったり若い男だったり、アンドロイドだったと言う話だ。
自分はその時、その話にはあまり興味がなかった。ただ目の前に広がる、謎の領域・ヘブンズドアの美しさに惹かれていたのだ。
まだなり立てではあるが、一人前になったらこういう所を飛んでみたい。その時は純粋にそう思っていた。
……だが。
『父さん! 兄ちゃん! 助けて!!』
『ハッチを開けて! セレンを助けに行かなくちゃ!!』
『ダメだ! 今ハッチを開けたらお前も飲み込まれるぞ!!』
『父さんはセレンを見捨てるの!?』
唐突な重力震、そして急に開かれた黒い扉。
外に出て遊んでいた自分とセレンは、それに飲み込まれかけた。自分は何とか宇宙船に戻ることが出来たが、セレンは……。
――兄ちゃん、助けて!!
それが自分が聞いた、弟の最後の言葉だった。
『――本日を持って、セレン・アルデバランの捜索を打ち切ります』
ルナ=ルナの捜索隊リーダーの言葉に、父は深く頭を下げた。
『今まで、誠にありがとうございました』
『いえ。こちらこそ、息子さんを見つける事が出来ずじまいで……』
『あいつは小さいながらもアストロノーツでした。こうなる事も、どこかで覚悟してこの職業を選んだんだと……』
セレンはヘブンズドア領域で行方不明になってから三週間後、正式に死亡扱いとなった。
遺体のない棺を前に、誰も泣かなかった。セレンはどこかで生きている、と思ったのではない。あまりにも非現実過ぎて、誰も信じられなかったのだ。
――自分を除いて。
『連合軍に入る? アストロノーツをやめるのか?』
『はい』
現役を退いて若輩者を指導している父を前に、自分はこれからのことを告げた。
父の視線が、机に飾られているフォトスタンド――セレンも一緒に写っている写真に移る。あれから、もう六年経った。
『セレンのこと、か……。お前はどこかで生きていると?』
『弟は関係ないよ。ただ、一個人のアストロノーツでは、メテオ現象などを調べたり出来ないから』
ルナ=ルナでもメテオは何度も飛来している。コメットとなった者ややられた者も、少なくはない。それは自分の家系も同じだった。
父もそれを憂いて、独自に調べていた。だが、一個人では調べられるのに限界がある。なら、それ専門に調べている所へと行くしかない。
軍では、メテオ研究も少しは進んでいるだろう。そう思ったのだ。
自分の決意の固さを悟ったのか、父は一つため息をついて『……仕方ないな』と許してくれた。
『軍には懇意にしている人がいる。その人に紹介状を書いておこう』
『ありがとう、父さん』
――セレンを頼むぞ。
父は見送りの時、そう言った。
「……夢か」
目を覚ましてからしばらくして、クレスはようやく今まで過去の夢を見ていた事に気がついた。
メタモアーク艦長となってからめっきり見なくなっていたが、ここ最近は毎日のようにこの夢ばかりを見ている。まるで、今まで忘れていた分を取り返すかのように。
「ヘブンズドア領域、か……」
15年前、弟が消えた場所。その場所に、自分はやってきてしまった。――いや、戻ってきた、といった方が正解か。
いつか来るだろうと思う場所に、予想より早く来てしまった。そう思うと、肩が重くなる。
時間を見る。現在は午前6時半。そろそろブリッジに上がる頃だ。
『クレス艦長、おはようございます。もうすぐブリッジに上がってきてください』
タイミングよく、スターリアがこっちに放送してくる。夢の残滓を振り払い、クレスは支度を始めた。
『それから、プライベートコールを繋いでおります。再生しますか?』
「何?」
プライベートと言う事は、家からの通信だ。軍に入ってからもう何年も立つ今、「家に戻って来い」などというメッセージを送るとは思えないが……。
考えていると、何故今頃になって過去の夢を見たのかが少しだけ解った。
ルナ=ルナでは、死んだ者は大抵土葬される。それはセレン・アルデバランも例外ではない。
クレスとセレンの父であるルノー・アルデバランは、15回忌であるこの日、妻と共に共同墓地へとやって来ていた。
プライベートコールを使ってクレスも来て欲しいとメッセージを入れたが、先ほど軍務でそちらまで行けないと正式に断られた。こればかりは仕方がない。
ルナ=ルナの時間帯では、今は昼ごろ。宇宙基準時間ではまだ午前8時に、ルノーはセレンの墓に花を手向けようとして……首をかしげた。
墓に、見知らぬ花が添えられていた。
この星だけでなく、この宙域では見かける事の出来ない花。長年、様々な星を渡り歩いたルノーですら知らない白い花が、セレンの墓の前に手向けられていた。
「一体どなたが……?」
怯えた声になる妻を抑えながら、ルノーは近くにいた坊を捕まえて「この花は誰が?」とたずねた。
幸いにも、相手はだいぶ前からここらの掃除をしていたらしい。記憶を撒き戻した後、ぽんと手を打った。
「なんていうか、男の子が花を添えてましたね。背丈は……10代前半でしょうか」
ぱさり。
ルノーの手から、花束が落ちた。
「で、どうするのよ」
「どうしようもないだろ。あいつが行きたいって言った。俺たちは止められなかった。それが事実だぜ」
「あきらめ、たいせつ」
「どっちかというと、あの坊やは家に帰りたいのが本音じゃないかしら? 私たちに比べて、外の世界の事に随時こだわっていたもの」
「過去の彼の行動を振り返るに、その可能性は80%を超える」
「だといいんですけどねぇ。でもまあ、彼が二代目になってしまった以上、我々には反論は出来ないわけで」
「……でもいいの? 確か最近、『ジェネシス』の32番目がどこかで回収されたって噂よ?」
「いちいちこだわる娘ね。残り31体は確かに失敗した。そしてあいつらが破棄したのよ。今更1体回収されても、こっちには大きな戦力にはならないの」
「だが、32体目は31体全ての失敗例を鑑みての結果だったと、私には記録されている」
「失敗作は失敗作です。期待するだけ無駄ですよ」
「で、どうするんだ? 俺たちはとりあえずこのままか?」
「そうするしかないでしょうが」
「げんじょういじ」
宇宙基準時間午前10時。メタモアークはヘブンズドア領域に入った。