METEOS・66

 熱い。
 コアエリアに入ったビュウブームは、まず最初にそう思った。
 暑いのではなく、熱い。空気そのものが燃えているのではないかと思えるくらいの、灼熱のエリアだった。ファイアムやヒートヘッズの熱さとはまた違う。
 星の内部と言うのは、等しくそのようなものだと習った覚えがある。メテオスも惑星なのだから、この熱さは当然なのだろう。
 ……そんな中、人影があった。
 無論、ただの人間だとは思えない。こんな超高温度の場所にいられるのは、耐熱コーティングしたアンドロイドか合成人間、または七賢のような超越者ぐらいである。
 その人影は、後者だった。見た目はフード付の黒いローブを羽織った老人だが、よくよく見るとその肌の色はあり得ないくらいに白い。

 ――間違いなく、地球星人だった。

「よく来たのう」
 見た目通りのしわがれた声が、エリア内に響く。それほど大声でもないのにちゃんと聞こえるのは驚きだが、3人が驚いたのはそっちの方ではない。
「……財団ホームの総帥じゃんか」
 ビュウブームが目を丸くした。戦闘用アンドロイドでも、アベルの最低限のデータはVIP情報として登録されている。
 そのアベルがここにいると言うことは、財団ホームもまたメテオスに大きく関わっていたと言うことだ。GEL-GELたちを生んだG計画、そして……。
「あんたがそこで生きていられんのは、ミューテーションか?」
 ヘルモーズが感情を抑えた声で問う。確か、ミューテーションも財団ホームが裏で関わっていた。ヘルモーズにとっては人一倍憎い敵だろう。
 だが、そんなヘルモーズの問いに対して、アベルは首をかしげるだけだった。
「わしは技術を提供したくらいじゃ。その先などどうでもよいわ」
「……!!」
 ヘルモーズにとって、その一言だけで充分だったらしい。
 納めていたダガーを抜いて、一気に飛び出す。そのスピードは、高速戦闘が得意なビュウブームでも反応できないくらいだった。
 コメットやヒトガタすら一撃で屠るであろう乾坤一擲の一撃。その一撃は、間違いなくアベルを捉えた。
 ぐしゃり、と生々しい音を立てて裂ける右手。勢いのままにダガーを振りおろせば、そのまま右腕を切断する。致命傷とまでいかなくても、かなりのダメージのはずだ。
 ……だが。
 追撃しようとムラサメブレードを手にしたビュウブームの前で、切断されたはずの右腕が「生えて」いく。古い腕が腐り果てる中、新しい腕はあっという間に形を成した。
 呆気にとられたビュウブームとヘルモーズの上を、ヨグ=ソトースが吹き出した凝縮された火メテオが飛んでいく。
 火メテオは左腕を焼いたが、その端から高速で再生されている。恐ろしいまでの再生速度だ。
(パンドラと同じ地球星人だからか? ……いや、違う)
 おそらくアベルもミューテーション強化をしているのだろう。とはいえ、それだけでは説明しきれないほどの速さではあったが。
 驚異的な再生速度。それを破るには、その速度に打ち勝つか、再生自体できないようにするしかない。
 ビュウブームは前者を選択した。後者を可能にするには、あいにくスマート爆弾ぐらいしか思いつかない。
「ヘルモーズ!」
「おう!」
 呼びかけると、割と冷静そうな声で返事が来た。頭に血が上っていたのは最初だけで、今のところ少しはクールダウンできているようだ。
 大きく左右に分かれ、アベルを挟み撃ちにする。取り残されたヨグ=ソトースは、アベルの真正面に向かってちょこちょこ歩きだした。
 伸びてくるアベルの腕をかいくぐる。鞭のようにしなるそれは、一つ回避を間違えれば足をすくわれること必至だろう。
 ヘルモーズはそれを難なくかわすが、ビュウブームはあえてそれをムラサメブレードに巻きつかせた。逆に引き寄せるつもりだ。
「よっし、捕まえたぜ……!」
「ぬう!」
 そのままビュウブームとアベルでつばぜり合い状態になる。強化改造を受けたからか、アベルの力は予想以上に強かった。
 とはいえ、戦闘用アンドロイドと老人と言う基本からの大きな差はそう簡単に埋められない。すぐにビュウブームの力が勝り、アベルを引き寄せようとした。
 ……だが、それはアベルの方にとっては計算通りの動きでもあった。
「ほれ」
 アベルは自らの力でメテオを生みだすと、ためらいもなくそれで自分の腕を切る。それによって力の入れ処を失ったビュウブームは、大きくよろけてしまった。
 当然、それは大きな隙になる。よろけるビュウブーム目掛けて、アベルの生んだメテオが襲いかかった。
 七賢たちのカバーも間に合わず、大きく吹っ飛ぶビュウブーム。成す術もなく、壁に叩きつけられた。
 装備していたフレームもいくつか破損し、鋭い破片がばらばらと散らばる。内部はともかく、外見は大きなダメージだ。

 ……故に、ぶつかった感触の違和感にすぐ気がついた。

『がん』、ではなく、『ぐにゃ』。
 ビュウブームが背中に感じたのは、まさしくそれだった。
 硬いモノではなく、微妙に柔らかいモノ。フレームが無事だったらおそらく気づくことはなかっただろう。それだけ微妙に違う何か。
 試しにバランスを崩したふりをして、肘をぶつけてみる。自分の感覚を確かめる。その程度のことだった。
 ……しかし。
「……!」
 かすかにだが、アベルの表情が揺らいだ。
 おそらく本人すら気付いていないであろうその揺らぎは、間違いなく苦痛のものだった。
(……まさか!)
 今度は思いっきりムラサメブレードを振りかぶる。切っ先は壁をこすり、鈍い音を立てる。
 同時に、伸びていたアベルの腕がわずかにぶれた。この動きで、ビュウブームはアベルの驚異的な再生能力の原因をつかんだ。
 戻ってきた七賢に近づき、あえて声で呼びかける。
「ヘルモーズ、ヨグ=ソトース」
「何だ?」
「ふぇ?」
「ちょっと考えがあるんだけどな……」

 作戦は決まった。
 何回か大声が出てしまったが、そこは問題ない。わざと聞かせたものもある。
 チャンスは一度。これを逃せば目論見がばれ、アベルに対抗策を打たれてしまうだろう。その前に、何としても奴を倒し、コアを破壊する。
「ビュウブーム!」
 ヘルモーズが名前を呼んで飛ぶ。その呼びかけに応じて、ビュウブームも飛んだ。
 ブースターを全開にして、アベルの後ろを取る。ローブが翻り、その中から幾つもの剣が飛び出してきた。
 無論、その程度で止まるビュウブームではない。ムラサメブレードの一振りで、剣を全て弾き飛ばす。その勢いのまま、大きく一歩を踏みこんだ。
 アベルの向こうで、ヘルモーズがダガーを振りかぶるのが見える。前と後ろ、二つからの同時攻撃はそう簡単には対応できないはずだ。
 そしてその読み通り、アベルのローブが深々と切り裂かれる。見えるのはしわがれた腕くらいだが、イニシアティブはうまく取れた。
 ヨグ=ソトースが、吐き出した鋼鉄メテオを両手で大きく投げた。間違いなく1トンはあるであろうそれを、アベルはメテオを投げて相殺する。
(もう一息!)
 少し後ずさるアベルを見て、全員が思った。
 ビュウブームとヘルモーズのラッシュに、ヨグ=ソトースの援護。畳み掛ける攻撃で、アベルの位置が少しずつずれていく。
「小賢しいわっ!」
 ローブを翻し、ハリネズミの如く無数の剣を出すアベル。一息の呼吸を置いて、それら全てが勢いよく射出された。
 さすがにこれは驚く3人。武器で弾いたり、メテオで相殺するものの、ダメージは避けられなかった。
「あう~……」
 特にきつかったのは、大した防衛手段を持たないヨグ=ソトースだった。めまいでも起こしたか、ふらふらとしている。
 それでも攻撃することは忘れていないのか、「うー」とうめいてメテオを吐き出した。
「こっち~……」
 よたよたとおぼつかない足取りのまま歩き、勢いよくメテオを投げた。投げられたメテオはへろへろと飛んだかと思うと

 がきん!

 全くの無防備だったコア付近を完全に凍りつかせた。灼熱のエリアであっても、そう簡単には溶けないほどの強靭ぶりだ。
「い、いかん!」
 凍りつこうとするコアを見て、アベルが慌てて走り出す。ビュウブームとヘルモーズに付かれているのにも関わらずに、だ。
 当然、それを黙って見過ごす二人ではない。愛用の武器を振るい、アベルにダメージを与えていく。
「き、貴様ら……!」
「ヨグ、止めだ!」
 ヘルモーズの声に、やられたふりをしていたヨグ=ソトースが特大のメテオを投げつける。そのターゲットは。

 ぐしゃ!

 特大のメテオは、狙い違わずコアを叩き潰した。