突然のインパクトに、アベル・グローウィンは大きく揺らいだ。
「ぬぐっ……!」
普通の老人なら耐えられない衝撃だが、アベルは何とか壁に手をついてそれに耐えきる。壁についた手がほんの少し崩れるが、それはあくまで些細な事だった。
あともう少し。
あともう少しなのだ。
自分たちの悲願――復讐は、ジオライト星を完全に滅ぼして成り立つのだ。
そしてそのジオライト星を元に、地球を再生させる。再生した地球は、メテオスが生み出した新天地として完全復活するのだ。
そのためなら、自分の命など紙切れのようなモノ。故に、自分はTELOSとリリスのメテオスを守り抜いた。もし自分が消えても、彼らが悲願を達成するはずだから。
……そう言えば。
リリスのもう一つの悲願である「TELOSの後継者」。あれを手伝う時も、自分は協力した。
あっちの世界ではとある財団総帥をしていたので、その財力を提供した。ついでと言っては何だが、自分も新たな地球の守り人となりそうな素材を探したものだ。
今その素材がどうなったかは、全く知らない。財団総帥の顔は、あくまでもあっちの世界で問題なく行動するためのもの。本来の使命の前にはどうでもいいことだ。
「……ふぅ」
ようやく体勢を立て直したアベルは、メテオスのコアと融合し直した。メテオスに合わせて体質を変化したため、こうして自らがメテオスになる事もできる。
(大丈夫ですか?)
精神通信で、リリスがこっちの様子を聞いてきた。先ほどの爆弾から彼女らをかばったため、かなりのダメージを受けているのだ。
「問題はない。ただ、少し再生に時間がかかるかのぅ」
(ならば、俺が前に出る)
TELOSが割り込んできた。殿を務めていたTELOSのメテオスは、ほぼ無傷に等しい。無傷の者が傷ついた者をかばう。それは基本の戦術だ。
だが。
「大丈夫じゃ。わしの事はいいから、先に行け」
アベルはあえて、その戦術を拒否した。ここで共倒れになるより、一人でもいいからメテオスをジオライト星へと送らなくてはならない。
二人もそれを思い出したからか、すぐに精神通信を切る。同時に二人のメテオスも再び動き出した。
これでいい。
後は、周りを飛び交ううるさい蝿を叩き落とせばいいのだ。自分なら、それができるはずだ。
アベルが改めて力を込めた時、メテオス内に飛び込んだものを感知した。
メテオス内部に入ると、直接攻撃班と爆弾設置班はすぐに別れた。
直接攻撃班はメテオスのコアへ、爆弾設置班はメタモアークが指示する爆弾設置ポイントへ、それぞれ移動する。
「無事でな!」
「そっちこそ!」
「無茶しないでほしいのだ!」
「がんばってねー」
「なるべく早く戻るぜ!」
お互いが短く別れを告げあい、各々の戦場へと走る。
ビュウブームとヘルモーズ、ヨグ=ソトースはまっすぐメテオスのコアへと向かう。途中、コメットやヒトガタと何回も遭遇するが、それぞれが武器を振るうとあっさりと倒れた。
「さすがに内部は熱いな」
メタモアークから送られてくるデータを見ながら、ビュウブームがつぶやく。常に融合・分離・創造を繰り返しているからか、内部は灼熱惑星のごとく暑い。
無論、新フレームはそれらも考慮して作られているので、オーバーヒートや熱暴走で動けなくなるという事はない。しかし、戦闘に支障が出ないかはまだ解らないままだ。
一方ヘルモーズ達七賢の方は、割と涼しげな顔だ。ヨグ=ソトースが「あいすたべたいねー」とぼやく程度で、どこも悪そうに見えない。
「コアに近づけばもっと熱くなるぜ。戦闘出来んのか?」
「多分な」
ヘルモーズが軽口を叩いてくるが、その表情は厳しい。やはり、メテオスの中にいる地球星人を警戒しているからだろうか。
いや、違う。ヘルモーズの表情の険しさは、メテオス内部に近づいているからではない。彼の表情の理由には、それ以外の何かがあるようだった。
(……そもそも、何で真っ先にこいつが反応したんだ?)
自分たちの担当するメテオスは赤――左のメテオスのはずだった。それが黄色に変わったのは、ヘルモーズが先に飛び出したからだ。
彼は何かを感じた。それゆえ、違うメテオスを選んだのだ。それは何か?
考えるうちに、一つの可能性が浮かんだ。かつて自分たち戦闘チームを敗北寸前まで追い詰めた少年――パンドラ。
(もしかして、この先の地球星人に関係あるのか?)
彼が連合軍の上層部にいたと言う話は聞いている。ならば、他の者も表社会で何らかの形で姿を現していてもおかしくはないのだ。
仮にも七賢である彼が気にする者、それはいったい……。
『ビュウブーム。そこを下に行けば、メテオスのコア直通だよ』
ビュウブームの思考は、ラスタルからの通信でいったんストップした。同時に、自分たちが最深部付近まで来ていることに気付く。
ラスタルが指示する「下」は、それなりに広い穴。さすがに奥までは見通せないが、全体的に赤々と輝いていて、目的のコアだと予想がついた。
「準備はいいな?」
ビュウブームが問うと、二人は無言でうなずく。その返事を受けて、三人はコアへと飛び込んだ。
一方、爆弾設置班はかなりの激闘を繰り広げていた。
基本一本道な直接攻撃班とは違い、彼らはメテオス内を駆け回るため、遭遇する敵も必然的に多くなるのだ。
きしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
吠え猛るGEOLYTE似のヒトガタの眉間を狙い、リモチューブがレーザーライフルを撃つ。眉間を撃たれたヒトガタが暴れるのを、ルミオスが仕留めた。
「今のうちに、設置急ぐのだ!」
「了解!」
GEOLYTEと設置班のスタッフが、指定されたポイントに爆弾を仕掛ける。スマート爆弾ほどの威力はないが、小惑星なら大穴を開けられるほどの強力な爆弾だ。
設置したのを確認してから、GEOLYTEが完全固定して起動させる。制限時間は約1時間ほどだ。
あえて長くしているのは、メテオス内の広さと直接攻撃班の期間を考えてのものである。もし彼らが早く任務を終えて帰ってきたら、メタモアークが信号を送って爆破する予定だ。
「設置したのだ!」
『確認したわ。後5つよろしく!』
メタモアークに通信を入れると、サーレイがそれに答えた。それと合わせて、まだ設置されていないポイントがウィンドウで出てくる。
残り5つ。数は多く、また場所も遠い。正直、本当にできるか不安になってくる。
「……でも、やるしかないのだ!」
頬を軽く叩いてから、GEOLYTEは前に立った。その隣に、アリアンロッドが立つ。先ほどヒトガタを倒したリモチューブとルミオスは、殿だ。
そのまま、全員が陣形を組んだまま進む。誰一人としてはみ出さないのは、ここが想像を超えた危険地域だと理解しつくしているからだろう。
残り5つ。それら全てを設置するまで、自分らはこの危険地域を進まなければならない。
「転移とか使えれば楽なんだけどね」
アリアンロッドがそうぼやくが、それが出来ないのは重々承知の上だ。やれば一人はぐれるし、まず転移先が把握できにくい。
「後方よりコメット反応!」
「またなのだ!?」
リモチューブのアラートが、また班の足を止めた。
スマート爆弾は、右のメテオスを半壊させるに終わった。
ビュウブームたちが内部に突入したものの、残り二つのメテオスはいまだ無傷で動いている。まだ、班を突入させられるほどの穴は、開いていない。
そんな中、ダメージを負ったアナサジの応急処置がサボン達の手で行われた。
「少尉がいれば、もう少しマシになるんですけど……」
「直らないよりいいよ」
すまなさそうに頭を下げるサボンに、アナサジは淡々と答えた。ダメージを負った以上、派手に動くのは難しい。
ウェポンバッグにある武器が、完全に再補充されたのが唯一の幸運。アナサジはそう割り切って、戦場に戻る事にした。
と、その足をいったん止める。
「ねえ、一応『アレ』は使えるようになってるんだよね?」
「え? ええ。ちゃんとグランネスト艦長代理に許可はもらってます」
アナサジの問いに、サボンははっきりと答えた。『アレ』が使える。なら、もしかして。
「じゃあさ、準備しておいて」
「へ?」
「準備出来たら使うから、よろしく!」
そう頼むと、サボンは最初困った顔になったが、やがては真剣な顔でうなずいた。それを見てから、アナサジは改めて部屋を出る。
戦場に出ると、連合軍やGEL-GELたちが戦っているのが見えた。しかし、先ほどの影響か、彼らの士気がやや下がっているように見える。
スマート爆弾はもうない。GEL-GELたちは全力を出せない。レグたちが何かやっているようだが、時間がかかる。
なら、自分が頑張るしかない。そのための手段が、自分にあるのだから。
(そうだよ、やるんだ。全部の力を出し尽くしても!)