METEOS・60

 艦長室。
 グランネストに代理を任せているものの、正規の艦長であるクレスはここで安静にしていた。
 レザリーの労力を考えれば医務室で寝るのがいいのだが、ディアキグが一つ占領している状態でもう一つを占領するのは拙いと判断し、艦長室を選んだのだ。
 それと、クレスからの指示をもらいにグランネストを始めとしたクルーがひっきりなしに来るので、その対応と言うのもあった。
 そんな来客たちの足が途絶えて、クレスが一息ついた時。

 ぴんぽーん

 来客を告げるチャイムが鳴った。また誰かが指示をもらいに来たのだろうと思ったクレスは、すぐに近くのコンパネを操作してドアを開ける。
 ……軽い音を立てて開いたドアの先に、エデンがいた。
「な……」
 突然の来訪に絶句するクレスに向かって、エデンはどこか懐かしさを感じさせる笑みを浮かべた。
「こんばんは。今、お暇ですか?」
「……」
 弟とまったく同じ笑みのまま、エデンはそう問うた。

 運命の日まで、後2日。
 さすがに、ここまで来ると全ての作業はほとんど終わりを迎えていた。後は来るべき時に備え、休息をとる者が多い。
 GEL-GELたち戦闘チームもほぼ全員のカスタマイズが終了しており、新しいフレームの最終調整をこなしていた。
「おし、これで全員の最終調整は終わり!」
 最後のGEL-GELの調整を終えたラキは、大きく伸びをする。
「お疲れ様でした」
 弾き出されたスペックをまとめていたサボンが、ラキの方を向いた。同じくまとめていたフォルテはべったりとデスクに張り付く。
 運命の日まであとわずかと言うことで、ここの所3人は急ピッチで仕事を進めていた。特にここ2日は、部屋に戻ることもなくほぼ徹夜状態である。
 ラキはあくびをかみ殺しつつ、もう一度まとめられたデータを見直す。
 GEL-GELたちの戦闘力は、ここ1週間で驚くほどの伸びを見せていた。カナやヤルダバオトの協力もあるが、一番の理由はやはり皆の「努力」だ。
 こちらが限界以上のフレームや武器を考えて開発し、戦闘チームがそれらの予想以上の性能を引き出す事で応える。お互い、最高を引き出そうとした結果なのだ。
 これなら、やれる。メテオスに引けを取らないはず。ラキはそう確信した。
「GEL-GEL、ご苦労だったな。上がっていいぞ」
 残るは全員が存分に力を出せるように休息をとる事。ラキはシミュレーションルームにいるGEL-GELに呼びかけた。

 GEL-GELも休みを取りに行った。後は自分達だ。
 ラキはいまだデスクに張り付いているフォルテをつつくと、「もう部屋に戻っていいぞ」と声をかける。その一言を待っていたらしいフォルテは、がばっと跳ね起きた。
 ばたばたと部屋に戻る彼の背中を見送ると、まだコーヒーを飲んでいるサボンの方に向く。
「お前も部屋に戻れよ。一番頑張ってたんじゃねーのか?」
「い、いえ。まだまだやれます!」
 元気元気、とサボンはアクションを返すが、その顔にはやつれが見える。やはり、相当無理をしているらしい。
 しかしそれをストレートに告げた所で納得する彼女ではない事ぐらい、ラキはよく知っていた。メタモアークに来る前から、上司と部下だったのだ。
 ではどうするか。
 脳内で取りとめもないアイディアが浮かぶが、ふと「別に部屋に戻る必要はない」と言うのが頭に浮かんだ。
「……仕方ねぇよなぁ」
 ……数分後、同じシーツを掛け身を寄せ合って眠る二人がいたのは、些細な話である。

 最終調整も終わった今、後出来ることはもうほとんどない。GEL-GELは休みを取るため、メンテルームへと向かっていた。
 後2日。間近に迫ってきたメテオスとの対峙の事を考えていたからか、GEL-GELは半ばぼんやりとしていた。
「GEL-GEL!」
 声をかけられて初めて、GEL-GELは目の前に姫がいる事に気がついた。
「姫様」
「寝るのか?」
「はい。これからお休みです」
 ですから遊べませんよ、と付け加えると、姫は「さすがにそれは解っているのだ」と膨れ面になった。
「あの星に向かうのだな?」
「はい」
 自分の「ルーツ」がいる場所であり、姫が乗り込んできた理由でもある惑星、メテオス。その惑星を止めれば、全てが終わる。
 ふとGEL-GELは、その時姫はどうするのだろう、と思った。故郷の星に帰るのか、それとも適当に理由を作ってここに居座るのか。
「GEL-GELは、ここに残るのか?」
 姫の言葉に、GEL-GELは目を丸くした。今自分が思っていたことを、逆に問われてしまった。
「そりゃここの戦闘チームだから、ここに残ると思いますが」
「いなくなったりしないな?」
 その言葉と真剣なまなざしで、GEL-GELはどういう意味ですかと言う問いを飲み込んでしまう。
 彼女は、何かを『視た』のだ。メテオスとの戦いで、自分がいなくなるような何かを。
 この場合、どうすればいいのだろう。大丈夫ですよと言うのは簡単だが、彼女が望むのはそう言うものではないような気がする。もっと前へ向けるような……。
「姫様、約束をしましょう」
「約束?」
 姫が首をかしげた。
「はい。僕は必ず帰ります。だけど、もし僕が帰れないような事になってしまったら」
 ――姫様が、僕を探しに来て下さい。