METEOS・6

 宇宙基準時間にしてちょうど正午に、戦艦メタモアークはとある中継ステーションにたどり着いた。辺境ゆえにそれほど規模は大きくないが、それでも施設はちゃんと揃っている。
「こちら銀河連合軍特務部隊メタモアーク。戦艦ナンバーはMX-4X。確認お願いします」
 オペレーターの中で一番年上のサーレイが、ドッグのコンピューターに着艦許可を求める。さっきスターリアが確認させたのだが、一応習慣という事のようだ。
 大して時間をとらせずに、着艦許可が出される。メタモアークはそのまま微速で中継ステーションへと降りたった。

 がぐん、と大きな揺れを最後に、メタモアークは完全に止まった。どうやら、待機状態になったようだ。
「やれやれ、ようやくステーションに到着か」
 アナサジの調子を見ていたラキが、大きく伸びをする。
「僕たち、外に出れるんですか?」
 退屈なのでフォルテと遊んでいたラスタルがちょっと期待をこめてラキに聞くが、ラキは肩をすくめただけだった。
 到着する前にステーションで何をするか、直接聞いている――聞ける立場にいる――のはラキだけである。詳しい説明は受けていないが、何をするかだけは聞いていた。
「悪ぃが、お前らはメタモアーク内で待機だってよ。外に出るのは俺と艦長、副長にGEL-GELにヴォルドン爺さん、あとはディアキグ博士にロウシェン教授、ネスだけだな」
「「えー、ずるい!!」」
 GEL-GEL以外の全員が声をそろえてブーイングする。例外のGEL-GELはというと、申し訳なさでいっぱいになって首をすくめてしまっていた。
 悪いとは思うが、ステーションの規模が小さいのと、GEL-GELの内部を調べるのはあくまで内密だからだ。秘密を知る者は少ないほうがいい。
 本人にはその事を話してある。……というより、彼を交えてそれを決めたのだ。当然、いい顔をしなかったが。
 ジャゴンボたちにはロウシェンの方から言っているだろうが、おそらくあっちもぎゃーぎゃー言ってブーイングしている事だろう。ラキはこっそりため息をついた。
「とにかく、お前らはメタモアークにて待機だってさ。まあ、いるとしても半日程度だし、そう遊べる時間はないぜ?」
 そう言ってフォローはしたが、やっぱり全員納得していないようだった。

『で、結果はあまり芳しくないようだね』
「申し訳ありません」
 中継ステーションの長距離連絡室にて、クレスは自分の上官である男に向かって頭を下げていた。中佐という高い位にいるものの、結局はコネなどで手に入れただけのものだ。
 この役職も、結局は自分をうらやんだ者たちによって回されただけの、事実上の左遷である。フォブの言い回しではないが、役割を楽しめているからいいとは思ってるが。
『わざわざ無駄遣いさせるために、その艦を預けたわけではない。きちんとした結果を出してこそ、初めて君の腕が評価されるのだよ。その辺は、わかっているんだろうね』
「調査結果は、そちらの方に出したと思いますが」
『メテオ自体にもあの『メタモライト』と同じ成分が含まれている…かね? その程度の結果なら、わざわざ部隊を組まんでも解る事だよ』
 どうかな、とクレスは内心でつぶやいた。
 ファイアムで起きた「フォールダウン」をはじめとして、メテオやコメットの襲撃によって起きた大惨事は数多い。メテオは便利な物質ではあるが、危険物質であることには変わらないのだ。
 彼らはそのメテオを破壊、または無害なものにしたいだけであって、本当にメテオを調べようとする気はないように思える。
(メテオ解析を託したくせに、そのメテオ自体の性質には興味がないとはな)
 皮肉につい苦笑したくなるが、それは表面で出るぎりぎりで抑えた。だが、相手にはきっちりとそれがわかっていたらしい。
『…まあいい。そうすぐに結果が出るとは思っておらん』
 仰々しく大物のように振舞うが、こめかみがぴくぴくしている。もう少しマインドコントロールをしっかりしないと、とクレスは自分に言い聞かせた。
 とりあえずこっちは背筋を立て直して、真面目な部下の形を取る。軍では上下関係が厳しい。こういうところできちんとしておかなければ、明日は路頭をさ迷う身だ。
『それより、君たちに行ってほしい所がある』
 言葉と共に、クレスの目の前にある宙域の星間図が出される。元アストロノーツであるクレスは、星の並び具合でその宙域のおおよその見当をつけた。
 ……そして同時に、息を呑んだ。
「『天国への扉』……」
 脳内に、十五年前のあの事件がよみがえる。アストロノーツの間でも危険地域として恐れられているあの場所。
 軍に入るきっかけを作った、あの事件の場所。
 目の前の上司は、その事を知っている。内心でダメージを与えた事に笑みを浮かべながら、『天国への扉』の正式名称を告げた。
『そう、その通り。ヘブンズドア領域だ』
 額から冷や汗が出るのを、クレスは感じていた。

 クレスが上司から嫌味と一緒に新たな任務を受けていた頃、ラキとヴォルドンは一緒にGEL-GELの調査をしていた。
「やっぱりこことここが解らないんだよなぁ……」
 スキャン画像を見ながら、ラキはわからない場所――GEL-GELの頭脳と腹の辺りを指す。
 頭脳は感情OSやデータバンク以外に何かあるようだが、その何かがブラックボックスと化していてラキの知識では全然わからなかった。腹もまた同じである。
 ずっと画面とにらめっこしていたヴォルドンは、GEL-GELが入っているカプセルまで近づいて直接こんこんと叩いた。カプセルの中の彼が起き上がろうとするが、すぐに静止させる。
 ヴォルドンが叩いているのは、GEL-GELの腹の辺りだ。
「……ふーむ、鉱石が入るにはちょうどいい大きさかも知れんな」
「おいおい」
 いくらケイビオスが鉱石惑星だとしても、アンドロイドをそのまま鉱石入れにするとは思えない。そんな事をするのなら、それと同じサイズの箱を作ったほうがはるかに経済的だ。
 だがヴォルドンの言いたい事は、そういうのではなさそうだ。鉱石を入れるのではなく、もう鉱石が入っている……?
「お前さん、メテオが物質の塊だってのは知っとるよな? その凝縮された物質ってのはどのくらいか知っとるか?」
 そう言ってヴォルドンは両手で抱えられるほどのサイズの四角を作った。
「このくらいじゃ。成人の男だったら二つか三つは体の中に入るな」
「……まさか、メテオがGEL-GELの中に入ってる、ってボケかますんじゃないだろうな?」
 半眼で突っ込みを入れると、ヴォルドンは呵呵と笑った。さすがにそこまで吹っ飛んだ事は考えていないのだろう。
 アンドロイドは、基本的にメテオに触れても平気だ。メテオに悪影響を及ぼすのは生物の体組織であり、機械の体である彼らには何のダメージもない。
 だからと言って、その体の中にメテオを入れるメリットはない。……というより、入れても意味がないのだ。
 やっぱりGEL-GELのわからない部分はわからないままか、とラキはため息をついた。
「あの攻撃の原理さえわかれば、少しは楽になると思ったんだがな…」

「……METEOSモード」

 答えはカプセルの中からだった。
「GEL-GEL!?」
 慌てて詳しく聞こうとするが、それっきり彼は何も言う事がなかった。

 グランネスト――ネスはディアキグ・ヴィドルの合成人間「ペルゼイン」のプロトタイプである。
 合成人間はディアキグだけでなくたくさんの科学者が生み出しているが、他のと一線を画しているのはコメットと対等に渡り合えるよう設定されている事だった。
 今までのはあくまで体組織などの改造によるコメット化現象を回避する強化だけだったが、ディアキグ博士の作品は全てそれらと戦えるようになっている。ジャゴンボがいい例だ。
 グランネストはそのプロトタイプであり、潜在能力はほぼ全てのペルゼインの頂点に立つほどのものだろう。愛玩兼ボディガードと言える存在。それがネスだった。
 だが、彼の存在理由はそれだけではなかった。
「ネス、もういい。あがって来い」
「わかりました、父様」
 必要以上の言葉を話さないディアキグの合図に、グランネストは自分で調整ベッドを開けて外に出る。
 グランネストたちは開発者である彼を、揃って父と呼んで慕っている。ぶっきらぼうで興味のないものにはとことん冷たい男だが、彼らにとっては大事な父親なのだ。
 ひんやりとした空気にぶるっと震えるグランネストに、「お疲れ様」とロウシェンがタオルをかけた。
「父様、僕は…」
「調整と定期実験は終了した。メタモアークに戻れ」
 無愛想な言葉だが、グランネストはぺこりと頭を下げて調整室から出て行った。その足取りは、面倒な実験などから解放されて軽かった。
 グランネストにあわせて手を振っていたロウシェンは、彼が消えるとずっとコンソールにかじりつきっぱなしのディアキグの方を向いた。
「たまには遊んであげたほうがいいんじゃないですか?」
「そんな暇はない」
 いつもと全く変わらない一言に、ロウシェンはこっそりため息をつく。グラビトール星人特有の性格ではあるが、ディアキグにはもう一つ理由がある。
 メテオ襲来時に原因不明の人事不省となった最愛の息子・カナ。そのカナが倒れてから、ディアキグはずっと合成人間の研究をしている。
 グランネストたちが全員幼い少年なのは、カナをイメージしているからだ。カナそっくりの人間を作る事で彼の代わりをさせているのか、それともそこからカナを救い出す手を探しているのか。
(艦長もご家族を亡くしていらっしゃると言うし、そういう因縁を持つ人が集まる艦なのかもしれませんね)
 ディアキグの視線は、ずっと研究データに注がれている。

 ――そのデータは、実はグランネストたちのデータではなかった。

 きっかり半日後に、メタモアークはヘブンズドア領域を目指して出発した。