『メテオス襲来のタイムリミットまで、1週間を切りました。現在、司令本部で破壊作戦の段取りを整えている最中です。
クルーの皆さんは出来る限り早めに準備を終えられるようお願いします』
最終調整中、ラスタルはソーテルに呼び出されて格納庫まで来ていた。本当はここに来る余裕はなかったのだが、ラスタルは無理を通してもらったのだ。
ソーテルは今、一人でエンジンの最終調整をしていた。相方のベルティヒがいない辺り、こちらも余裕がないのかも知れない。
恐る恐る声をかけると、ソーテルは調整の手をひとまず止めて、ラスタルの方を向いた。
「ああ、悪いな。忙しいのに」
「いえ、お構いなく」
ぶんぶんと首を横に振ると、ソーテルは笑いもせずに近くに置いてあった長い物をラスタルに放り投げた。受け取ってみると、それはずっしりと重い。
巻かれてある布を取れば、出てきたのは黒光りする鞘に収められた刀だった。
「あの、これ」
「フリーザム星にある実家にあったのだ。急いで取り寄せてもらったんだが、間に合ってよかった」
試しに鞘から抜いてみると、鋭い光を放って刃が現れる。素人目から見ても、かなりの業物だと解った。
「お前にはそういうのが向いてるだろ。その手のも見てたしな」
ソーテルの言葉にラスタルは照れ笑いを浮かべた。確かに、前から剣客モノを読んでいたりしていた。
だが、ソーテルがこれを託したのはそれだけの理由ではないだろう。この刀にこめられた意味――メテオス撃破の祈願も、ラスタルは受け取る。
「ありがとうございます、ソーテルさん」
名も無き刀を受け取り、ラスタルは深々と頭を下げた。
メテオス撃破のためにスタッフが臨時追加された上、七賢も同行が決定した。
なので、必然的に食堂はかなりの忙しさになった。何せどこもスケジュールがきつい状態で動いているのだ。食事を取る時間もばらばらになる。
アネッセにとってそれは大変な事だが、同時に嬉しい事でもある。自分の腕が思いっきり振るえて、それが喜ばれるのは最高の瞬間だ。
そんな中、同じく忙しくなってきたレザリーが食堂に顔を出した。
「珍しいねぇ。何食べるんだい?」
「そうね、少しカロリーが多いものかしら?」
レザリーのリクエストに、アネッセは頭に浮かんだメニューを作り出す。今の所、客はレザリー一人なので余裕を持って作れる。
そんなアネッセの手の動きをずっと見ていたレザリーが、ふと言葉を漏らした。
「なんだか、後1週間足らずで全ての命運が決まるなんて、嘘みたいね」
「渦中にいると、そんなもんさ。それをどうにかするために忙しくなる、余計な事を考えてる暇はない、だから状況のヤバさまで頭が回らない」
「そういう意味じゃないの。なんだか、今までの過程が全て嘘みたいな事ばっかりだった気がして」
「……まあ、あたしらの頭で考えられる事を超えてるからね」
ジャガイモの皮をむきつつ、アネッセは今までの過程を思い出してみた。
GEL-GELを拾った事から始まり、七賢エデンとの邂逅、メテオスの謎に迫る出来事……。全てが、普通なら考えられない出来事ばかりだ。
しかし、振り返ってみれば全ては必然的な事だったのだろう。GEL-GELは、メテオスへと往くための鍵だったのだ。
「嘘や夢幻だったら、あたしらは壮大な夢を見てるね」
「私たちがメテオスの夢を見ているのか、それともメテオスが私たちの夢を見ているのか……」
レザリーがそうつぶやくのを聞き、アネッセはふと手を止めて一つため息をつく。
メテオスが自分らの夢を見ているのなら、それは何のためなのだろう。失った時への想いか、それとも今をのうのうと生きる自分らへの復讐か。
それが解るのは、1週間後。アネッセは、その時その場に立てる戦士たちが、少し羨ましくなった。
今までやたらとあちこちの手助けをしていたので、この状況ではあるが、ロウシェンはしばらくの休みをもらっていた。
とは言え、1日程度の休みである。寝て起きてコーヒーでも飲んでまた寝れば、すぐに仕事が待っている。それでも彼にとっては大事な1日だ。
ゆっくりと睡眠をとった後、体をほぐすために軽い散歩。目に付いた所に顔を出しては激励し、そのまま散歩に戻る。
そんなロウシェンが彼――フォブと会ったのは、そんな散歩中の時だった。
「フォブ副長」
「おや、ロウシェン教授。お休み中でしたかな?」
「ええ。明日から現場復帰です」
「そうですか」
そんなのんきな会話の後、フォブが何か思いついたように「少し私の部屋でお話と行きませんかな?」と誘ってきた。断る理由もないので、その誘いを受ける。
副長室はそれほど散らかっていなかった。適当な性格に見えて、実はしっかりしていると言う彼らしい部屋だと思う。
「飲み物は?」
「あ、お気になさらず」
さすがに上司にお茶を出させるのは拙い。ロウシェンが手を振ると、フォブも強制せずに「やれやれ、慎み深い」といつもの笑みを浮かべた。
「ディアキグ博士のご様子はどうですかな?」
「今のところ、安静にしてると思いますよ」
「とは?」
「最近寄ってないんです。息子さんと二人きりにしておくべきかと」
「なるほど」
ロウシェンの心遣いに、フォブがまた笑う。
とは言え、短い時間だ。戦いが始まれば、お互いそこまでゆっくり出来る状態ではなくなるだろう。
それは自分にも言える。便利屋扱いされている自分は、何かと呼ばれる事が多い。前なら子供たちの世話と言う言い訳が出来たが、今は無理だろう。
「……実は、私はそれほどオールマイティじゃないんですよね」
ふとそんな言葉が漏れた。
「一応ある程度は出来ても、それ以上は出来ない。私が知っているのは雑学程度ですよ。それでも皆揃って私を当てにする」
「うちの艦は、常時人手不足ですからねぇ」
フォブがほっほっと笑う。あくまで特務部隊、しかも民間からも手を借りているこの部隊は、いつでも人手が足りずに苦労している。
そんな中、一番働いていたのは間違いなく自分だと思う。それに対して疲れる事はあるが、別に辛さを感じるわけではない。それよりもきついのは。
「私程度の手で、プロの手助けはさすがにしんどいんですよ。私が追いつけない」
ロウシェンが感じていたのは、追いつけない事に対しての不安だった。自分なりに出来る限りの事はした。思いつくことは言ったし、やる事はやった。だから不安なのだ。
もしかして、経験の浅い自分が手を入れた部分が、何らかの悪影響を及ぼしているのでは。そう思って夜も眠れないと言う事は、しょっちゅうあった。
「いくらなんでも、そこまで求めたくはありませんよ。私たちが欲しいのは『人手』で、『プロ』ではない」
そんなロウシェンの不安を、フォブはあっさりと一蹴する。
「もうプロはお腹一杯なんですよ」
「はぁ」
あまりにもあっさりしていて、ロウシェンは逆に言葉に困ってしまう。
ただ、悩み解決の糸口は、見えた気がした。
臨時追加クルーのための部屋を手配している中、ニコはぼんやりと外を眺めているエデンを見つけた。
「エデン様?」
声をかけると、エデンはニコの方を向く。……その表情に光は無い。
「どうなされました? お体の具合が悪いなら、レザリー先生の所へ」
「いえ、体が悪いんじゃないんです」
具合が悪いと言う可能性を、エデンははっきりと否定した。しかし、ニコは直感的にそれは嘘だと悟る。
体の具合は悪くない。悪いのは、心の具合。
(確か……クレス艦長の弟様なのかも知れないんですよね)
もしかしたら、という話はニコも聞いている。とは言え、セレンが行方不明になってからアルデバラン家に入ったニコには、いまいち何の感情も沸かなかった。
だから、クレスとエデンがお互いに気兼ねする理由も、ニコにはいまいち解らなかった。
「あの……差し出がましいとは思いますが」
余計なお世話だとは思うが、ニコは勇気を出して言ってみた。
「これから大きな戦いになるのですから、気になることは全て片付けてしまった方がよろしいですよ? 心残りを抱えたまま戦っては、支障が出るとも限りませんし」
ニコの言葉に、エデンが目を丸くした。
その十代前半の少年そのものの顔を見て、ニコは内心こんな顔も出来るんだと驚き……その顔をよく見て、また驚いてしまう。
――目を丸くしたエデンの顔と、クレスのそれが被った。
年齢も顔立ちも確かに違うはずなのに、確かに今似ていると感じた。間違いなく、クレスと同じ何かをエデンに見たのだ。
間違いない。彼はクレスの弟だ。ニコはそう確信し、エデンの背中を押す。
「急がないと、戦いが始まっちゃいますよ? メテオスがいきなり転移してくるかも知れませんし」
あえて能天気な感じで付け加えると、それがいいプッシュになったのか、エデンは早足でどこかへと行った。