METEOS・55

「オメガファイル、ですか」
 ネスたちの行方を追うために上層部にハッキングを仕掛けていたロゥがふと気になって持ってきた情報。その情報に、フォブが食いついた。
「噂程度なら聞いたことがありますな。極秘情報の中でもトップクラスの情報。全宇宙を大きく揺るがすほどのモノだとか」
「メテオス……でしょうか」
 聞いた事のないフィアが一番可能性のあるものを上げるが、フォブには答えられなかった。

 

 ジオライト星、連合軍本部。
 ブラーポにある転送装置で一気に飛ばされてきたGEL-GELとエデンは、メタモライト――カナの導きで本部中枢へと降りていた。
「オメガファイル……メテオスと地球の情報?」
「パンドラさん……メテオスからの使者は、その情報を全宇宙に公開しようとしてるんですか?」
 エデンとGEL-GELの問いに、幻影のカナはこくりとうなずいた。
『彼らの望みは同僚達と共に亡き母星に帰る事。だけど、その望みと同じくらいに消えなかった憎しみがある。
 メテオスになる地球を捨てて、宇宙へと逃げ出した者達への』
 カナの言葉に、二人は怪訝そうな顔になる。
『隕石が来る事自体は、大分前から予想されてた事だったんだ。だけどそれはごく一部のみしか伝えられず、地球人口の9割以上がその命運を星と共にした』
「……まさか!」
 エデンの言葉に、カナが深刻な顔でうなずいた。
『地球から逃げた地球人は、大半がこのジオライト星に住む事になった。パンドラ達メテオスからの使者にとって、復讐すべき対象なんだ』
「会議室のあれは、そういうわけだったんですか……!」
 ここまで来る途中で見た会議室の惨劇。GEL-GELは詳しく知らないが、死んでいたのは全員連合軍の上層部にいるメンバーだったはずだ。
 無論、上層部全員がジオライト星人――逃げ出した地球人ではないはず。だがパンドラにとって、ジオライト星人のトップという理由だけで充分だったのだろう。
『連合軍は消す事のできない自分達の暗部を、オメガファイルとして中枢に封印した。そこならまず誰も気づかないだろうし、手も届かないからね。
 でもまさか、こんなところにまで潜りこんでいるとは……そもそも、生き延びた地球人がいる事自体考えていなかったから』
 それに関しては同感だ、とエデンは心の中でつぶやいた。
 ヘブンズドアもメテオスが地球である事は突き止めていたが、そのメテオスにいる彼らはメテオス自身が生み出した者だと思っていた。
(ヒュペリオンの考えがここまでドンピシャだとはね……)
 いつだったか聞いたヒュペリオンの「気になる事」。それはメテオスは誰かによって動かされているのではないかという説だった。
 あの時は馬鹿馬鹿しいと思って聞き流していたが、今考えると確かにとうなずけるところはあった。メテオスが移動し続ける事や、コメットについてなど。
「全てを知っているとか言われてる僕らだけど、知らない事はやっぱり知らないんだな……」

「それは好都合だ」

 いつしか後ろについていたパンドラが、エデンの呟きを拾った。
『パンドラ……』
 カナが一歩前に出るが、パンドラは視線を向けない。それよりもはるかに大事なものが、目の前にあるからだ。
「オメガファイル……ジオライト星人が隠し続けてきた真実は、公表する。我らを見捨て、繁栄を極めた奴らを許しはしない」
「公表すれば、貴方達は引くんですか?」
 GEL-GELの問いに対し、パンドラは無言で一歩前に出た。……つまり、引く姿勢はないと言う事。
 取り戻したスライドブレードを構えつつ、GEL-GELはどうするべきかを考えあぐねていた。
 カナやパンドラの言う事が正しいのなら(カナを疑うつもりはないが)、ジオライト星人はオメガファイルを公表、正式に謝罪すべきなのだろう。
 しかし公表することで、メテオスの真実が全宇宙に明かされることになる。今ジオライト星に住まう人々が、偏見に晒される可能性だってあるのだ。
(それに……)
 GEL-GELの心の中では、「パンドラは信用するな」という警鐘ががんがん鳴っていた。言ってる事は正しいのかも知れない。だが……。
「話は終わりだ」
 GEL-GELの思考は、パンドラの言葉で打ち切られた。
 パンドラが青白い右手をそっと虚空に添えると、そこから赤・青・黄色・緑…とカラフルな光の玉がいくつも出てくる。サイズこそ小さいが、それはまさしくメテオだった。
 手が振られ、メテオがこちら目掛けてまっすぐに飛んできた。
「ああもうっ!」
 エデンがGEL-GELとカナの前に立ち、不可視のバリアを張る。メテオはこれに全て弾かれて霧散するが、それにより少し視界が悪くなってしまう。
 空気が切る音が聞こえたかと思うと、次の瞬間GEL-GELの目の前にはパンドラが迫ってきていた。
「っ!?」
 あまりの速さに、GEL-GELは一瞬対応を忘れてしまう。そしてそれは、見事な隙になってしまった。
 再び放たれたメテオをもろに食らい、吹っ飛ぶGEL-GEL。まだ修復中だったこともあり、いくつものシステムがダウンしてしまった。
 何とか立ち上がるものの、いつものような動きはとても取れないとGEL-GELは判断する。この状況では、かなり不利だ。
「ジェネシス32……。完成型、か」
 パンドラが嘲るように視線を向けた。
「所詮、TELOSのデッドコピー。30体の試験型を破壊できても、我一人は殺せぬ」
「……!」
 パンドラの言葉に、GEL-GELの記憶がフラッシュバックする。
 自分を創るためだけに生まれ、完全体にするためだけに破壊された30体の「兄弟」。ヤルダバオトを除く全ての機体を、自分は破壊「した」。
 破壊「してしまった」のではなく、破壊「した」。暴走ではなく、パンドラ達によって操られて。
 元々自分達――自分は、メテオスを守るために生み出された存在。言うなれば、彼らの手駒だ。マスターの望む結果を出すのも、殺せないのも当然の事。
(……そうか、解った)
 パンドラに感じた不信感の正体。それはこびりついた主人への忠誠心を抑えようとする力。明らかに道を間違えた主人を止めろと言う、GEL-GEL本人の心。
 なら、為すべき事は一つ。刺し違えてでもパンドラを止める事だ。
 杖にしていたスライドブレードを構え直してから、GEL-GELはパンドラに飛び掛る。反撃は予想していたのか、パンドラは冷静にメテオを生み出した。
「イレイザー!」
 GEL-GELは内蔵している二つのレアメタルを呼び起こし、METEOSモードになる。すぐさま特定のメテオを消す力が発揮され、パンドラのガードが崩れた。
 防御の弱くなったパンドラに、スライドブレードを滑らせる。見た目はただの人間だが、今の彼はこれで致命傷を食らうほどもろくない。
 続いてエデンが大きく手を振って衝撃波を放つ。コメットを一撃で消滅させるそれを、パンドラはメテオと腕でガードする事で防いだ。
 しかし、さすがにこれをノーダメージで防ぎきるのは無理だったらしく、パンドラの腕からいくつも傷が走る。当人もふらふらとよろめいていた。
「……今だ!」
 隙と取ったエデンがもう一発放ち、パンドラは膝をつく。自身を守っていたメテオも全て消え、抵抗する力はないように見えた。
 あまりの呆気なさに、GEL-GELは少し首をかしげる。彼は、こんなに弱かっただろうか。
 今までずっと様子を見ていたカナがおずおずと近づき、パンドラの肩に触れようとしたその瞬間。
「愚かな……」
 幻影であるはずのカナを吹き飛ばし、新たに生み出したメテオをエデンにぶつけるパンドラ。二人の少年が倒れる中、GEL-GELはパンドラの笑みをはっきりと見た。
「くっ!」
 思わずスライドブレードで切りつけるが、パンドラの足は止まらない。血まみれの笑顔に凄まじい恐怖を感じ、勢いに任せてもう一度スライドブレードで切る。

 ぐしゃ

 鈍い音を立てて、パンドラの左腕が落ちる。落ちた腕はあっという間に腐り、風化していずこへと消え去ったが、パンドラは気に止めずに突っ込んできた。
 メテオによる攻撃を予想してガードするものの、来た攻撃は原始的な体当たり。だが全力の篭ったその一撃に、GEL-GELは思わずよろめいてしまった。
 バランスを崩してしりもちをついてしまうGEL-GEL。おまけとばかりの蹴りももろに食らってしまい、パンドラを前に進ませてしまう。
「しまっ……!」
 何とか立ち上がってパンドラを捕らえようとするものの、時すでに遅し。彼はまだ無事な右腕を、思いっきり中枢システムの末端に突き刺した。
『パンドラ!』
 カナが叫ぶ中、パンドラの体が徐々に崩れ始めていく。その顔に笑みを張り付かせたままで。
「中枢システムをハックし、オメガファイルを公表する。それが我に与えられた役割。後は全宇宙がジオライト星を断罪する。
 これで我が役割は終わりだ。そして今こそ、我は与えられた使命を果たす時」
「使命?」
 エデンの問いに、パンドラの笑みがますます深くなった。

「同胞を……メテオスを呼ぶ」

「!?」
 GEL-GELとエデンの顔が驚愕一色になるが、カナは冷静な表情だった。
『自らメテオスの呼び水となれ……。それが、あの3人から与えられた使命だと言うの?』
「ああ」
 捨て駒となれという使命を受けた少年は、その体を崩壊させながら笑う。課せられた使命を果たしたという達成感からなのか、その声は静かなものだった。
 そして笑みも、消えるまで変わる事はなかった。