連れて行かれた3人と1つのうち、グランネストのみブラーポに残された。
何故自分だけ、と聞いてみたが、回りの大人たちは何一つ答えてくれない。仕方がないので耳を済ませて会話を聞いてみると、どうやら自分には何かが隠されているらしい。
……グランネストには、それに心当たりがあった。
ジャゴンボとブビットの看護(周りでぎゃあぎゃあ叫んでいるだけだが)の甲斐があってか、ディアキグがようやく目を覚ました。
「……お前ら……」
「と、父ちゃん!」
「親父!」
待ち望んでいた「父親」の声に、ジャゴンボとブビットが飛びつく。心配そうな二人の顔を見て、ディアキグはすぐに自体を察したようだ。
「……ネスは……連れて行かれたか」
「う、うん」
不安な顔のままうなずくジャゴンボ。あの時、何故グランネストだけ連れて行かれたのか、ジャゴンボとブビットには理解できなかった。
ペルゼインのデータは常に軍に提出されているし、未知のテクノロジーが使われているわけでもない。それに、何故3人まとめてでないのかが解らなかった。
だがディアキグにはその理由に心当たりがあるらしく、神妙な顔のままぼそりとつぶやいた。
「……あの会話データ、か」
「「データ?」」
いきなり極度の眠気に襲われ――おそらく睡眠薬を注射されたのだろう――、グランネストは夢を見る。
夢という形の、自分の中に隠された“秘密”を。
――……本当なんでしょうかね?
――確証はない。だが、おそらく真実だ。
――勘、ですか? 父親としての。
「父」であるディアキグと、「教授」であるロウシェンとの会話。
――メタモライト。あの中に、お子さんの魂が入ったと?
――ああ。
お子さん――カナ・ヴィドル。
自分達のモデルとなった少年。自分達にとっては「兄」にあたる少年。
――魂を内包する石……。そんなものは今の科学レベルから考えれば、「有り得ない」。だがそれがメテオスから生まれたものなら、一つ仮説が立つ。
――あのメテオスは生きている、という事ですね。
――ああ。メタモライトがいい例だ。メタモライトが落ちた星にメテオスが来ないのも、「同胞」を殺したくないという感情からかも知れん。
――または、「我が子」ですか?
――そっちの方が的確かもな。
「メテオスは災厄の星であり、万物の父たる存在。全てを内包する星だから、その「子」たちも全てを持って落ちてくるんだ」
座敷童――カナ・ヴィドルが、グランネストの前に現れた。
「カナ……兄様」
「永い……それこそ、気が狂うほどの永い時が経った。もうメテオスは万物の父には戻れない。地球に『還る』事も」
カナは10代前半とは思えないほど大人びた顔と目で、遠くを見る。「兄」は、このメタモライトの中で成長し、変わったのだろう。
「兄様は、メタモライトの中でそれを知ったんですか?」
「ダウナスでメタモライトに取り込まれた僕は、たくさんの知識と魂達に会ったよ。そして解った。メテオスの本当の願いが」
「願い?」
「メテオスは、止めるものを待ってる」
いつしか父と教授の姿は消え、グランネストはカナと二人きりになっていた。
「……これが俺の知る全てだ」
ディアキグの告白に、ジャゴンボとブビットは絶句した。
蒼白な二人の「息子」の顔をぎこちない手つきで撫でながら、ディアキグはぼそぼそと続ける。
「最初はカナを取り戻すために始めた事だった……。ネスの中にあのデータを隠匿したのも……カナとのつながりを持たせるためだけだった。
……だが今は違う。もうカナは戻ってこない。そしてカナと入れ違うように……お前達が生まれてきた」
ディアキグの視線が、二人に移る。鋭く厳しいながらも、確かに優しげな「父親」の視線が。
「お前らは、間違いなく俺の息子達だ」
カナの輪郭がぼやけていく。
「兄様!?」
「僕は今、君の中にあるメタモライトのデータを使って君に話しかけている。メタモライトがどんどん遠ざかってる以上、長くは話せないんだ。
それに、止めないといけない人たちもいるから」
「止めないといけない人たち?」
一瞬、ネスの脳裏におぼろげながらも記憶にある人物が横切った。かつて戦闘チームを壊滅寸前まで追い込んだ、あの少年。
「望郷の念と憎しみに捕らわれ、メテオスを災厄の星とさせる人たち。それが今僕が止めないといけない人たち。放っておけば、全宇宙を巻き込むのは間違いないから」
そう言う間にも、カナの輪郭は徐々にぼやけていき、もう人の形を正確にかたどれないまでになっていた。
「兄様!」
もう一度グランネストが叫ぶ。
ぼやけたまま、カナが「弟」に向かってにっこりと笑った。
「ネス、ジャゴンボもブビットも近くまで来てるよ。君を助けに。なら君も、あの子達を助けないと」
「え?」
「力を貸してあげる。君に宿る記録を媒介に、あの力を……!」
グランネストの目が、見開かれた。
その目の色はいつもと同じ赤に見えて、全く違う――紅だった。
その時、グランネストと接続していた全ての機械が異常を起こした。
「な、何だ!?」
「計器に異常が!? で、データがノイズまみれになっていくぞ!」
「スモークがかかったみたいだ……」
モニターやグラフィックに全てノイズが走り、全てのデータを観測不可能状態に変えていく。慌ててバックアップから再生しなおすが、そのデータもノイズで満たされた。
それはまるでスモーク。ジャミングがかけられたこの一室は、全てを見通すことの出来ない煙に覆われたのだ。
あっという間に混乱に満たされる部屋内。その隙を待っていたかのように、天井の隅にさりげなく設置されていた排気ダクトから人が飛び込んできた。
「失礼するっス!」
「ネス、助けに来たぜ!」
天井から忍者のように身軽に降り立ったのは、ブビットとジャゴンボ。混乱の原因たるネスは、人々の騒ぎに目もくれず二人の元に駆け寄った。
「遅かったじゃないですか!」
「これでもかなり急いだんスよ!」
ネスの文句に、ブビットが困った顔でぶーたれる。
ロゥ達のハッキングで居場所を突き止めたブビットたちは、ステルスシェードが張られた小型シャトルを使ってブラーポに潜入。ネスが捕らわれている研究室へ急いだ。
超高技術による潜入、そしてかく乱――ブビットに備わったもう一つの能力。それが二人をここまで導いた。
「兄様が言ってた事、本当だったんですね」
ネスが何となしに口にした言葉に、2人が反応した。
「兄様? カナ兄の事か?」
「カナ兄ちゃんの事っスよね?」
「ふ、二人とも、どうしてそれを!?」
何の驚きもなくカナを「兄」として認めている二人に、逆にネスが驚いてしまう。しかし、次の言葉で納得した。
「親父から聞いた」
「心配してたっスよ。早く帰ろうっス」
「……そうですね」
短い言葉ながらも、その言葉で「父」からどれだけ大事にされているのかが解った気がした。