時間は少しだけ巻き戻る。
頭痛が治まらないギガントガッシュの姫は、ずっと医務室で寝込んでいた。
レザリーが薬をくれmニコがずっと世話を焼いてくれていたのだが、それでも頭痛は治まらずに起きる事も出来なかったのだ。
うとうとと眠る間、姫は夢を見る。
暗い。暗い場所。
明かりも何もなく、ただ暗いだけの場所。
だが。
目を凝らせば、それは目の前にいた。
「……目?」
赤と黄色が入り混じった、災いの輝き。それは人間の目によく似ていた。
災いの「目」は、盛んに明滅する。瞬きを連想させるそれは、ますます不安をかきたてた。
そして、「目」がひときわ激しく輝く。
ぐぉん!
「……え!?」
「目」が、三つに増えた。分裂したのでも創造されたのでもない。隠れていたのが明らかになった、という感じで二つの「目」が現れたのだ。
三つになった「目」が、歌い始めた。過去の幻影ファイアムで『ラキ』が歌っていた歌と同じなのだが、姫がそれを知るよしもない。
歌にあわせて、メテオが生まれる。三つもあるので、その数は途方もない量になっていた。
親である「目」から離れたメテオは、右へ左へとあちこちに散らばっていく。自分の方にも来そうな気がして、姫は思わず身を硬くした。
「げ、GEL-GEL!」
つい思わず、彼の名前を呼んでしまう。その時。
――ジェネシス32……。
――プロジェクト・ジェネシス……。
――我が、後継……。
「え?」
自分の声で目が覚めた。
「あら、起きた?」
レザリーがこっちを見て微笑むが、姫には何が何だかさっぱりである。確か、頭痛がひどくてここで寝ていて……。
(……あの夢!)
さっきまで見ていたあの夢。あれが予知夢だとしたら、いったいどういう未来だというのだろうか。
三つに増えた「目」は、やはりメテオスなのだろうか。しかし公式の記録ではメテオスは一つきりで、増えた事は一度もない。
「うーむ……」
考える事は苦手だが、これは考えざるを得ない。まず話すべきか話さないでおくべきか。
とりあえず、目の前の女医には話すべきかと顔を上げた時、船体が揺れた。
一番に目についたのは、巨大な黒い十字架だった。
次に顔のほぼ全体を覆う黄色い目。マスクなのだろうが、その異質さが恐怖感を煽らせる。
そんな男が、GEL-GELを修復中だったサボン達の元に襲撃をかけてきた。間違いなく、GEL-GELを殺しに来た敵だ。
唯一覆われていない口が、ゆっくりと開いた。
「ここにいたか……ジェネシス32」
「じぇ、じぇねしす?」
GEL-GEL本人やラキなら解る言葉だが、ここにいる者にはまったく解らない言葉だった。
……ただ一人、座敷童を除いて。
「貴方が直接来るなんてね……TELOS」
「……貴様か。パンドラの報告にあった『石の宿り人』は」
「座敷童、でいいよ。それじゃ混乱するから」
「名前など、所詮は当人が理解するためだけにあるものだ。……GEL-GELという名前もな」
TELOSと呼ばれた男の顔――視線が、修復途中のGEL-GELに移る。
視線を向けられたわけでもないのにフォルテが立ちすくみ、ロウシェンも表情をこわばらせる。そんな中、サボンは必死で思考を働かせた。
ビュウブームたちはまだ動けない。ここにいる人間は、全員戦闘訓練を受けていない。見事なまでの、八方手詰まり状態だ。
それでも自分は、GEL-GELを守らなければならない。ラキがまだ起きない以上、彼を守れるのは自分しかいないのだ。
(武器は……武器はどこですか?!)
必死になってあちこちに目を向けようとすると、その動きをTELOSに読まれた。
「愚かな」
黒い十字架がうなり、その先端にある刃がサボンを捕らえるその瞬間。
――起動できないはずのGEL-GELが、動いた。
ためらう事なく自分の左腕で刃を受けると、黒い十字架を引き寄せ、その勢いでTELOSを投げ飛ばす。
「GEL-GELさん!?」
「ジェネシス……ッ!」
腰が抜けたフォルテの叫び声と、投げ飛ばされたTELOSの恨みのこもった声が重なる。
まったく違う二つの声を受け、GEL-GELは拳を振り上げた。
「とド……」
「遅い」
修復中なのがたたったらしく、TELOSのカウンターをもろに食らったGEL-GELが吹っ飛ぶ。破壊されたドアを超えて、大きく通路の壁にたたきつけられていた。
「GEL-GEL君!」
今度はロウシェンが声をかけるが、GEL-GELは機能停止したらしく、ぴくりとも動かない。
改めて立ち上がったTELOSが、黒い十字架をGEL-GELに向けた。
「……死ね」
黒い十字架がGEL-GELを斬るために黒々とした輝きを見せるが、結局それはGEL-GELを斬る事はなかった。
ぴたりと何かが止まったような感覚がその場を満たしたかと思うと、GEL-GELとTELOSの間に青い影が割り込み、あっという間にGEL-GELをさらったのだ。
続いて降り注ぐ銃弾の雨。銃弾が飛んできた方向に仲間達――ようやく目覚めたラキ達の姿を見て、サボンはようやくほっと胸をなでおろした。
「少尉! 皆さん!」
「あぁ、全員起きたんですね」
「ひぇぇぇ……」
喜ぶサボン達の声を聞いて、ラキが安堵させるようにVサインを出す。
「OREANA、GEL-GELを頼むぜ!」
「了解」
応答するOREANAの声で、サボンはさっきの青い影が彼女だと言うのに気がついた。自分自身にタイムアクセルをかけた事で、あの速度を出したのだろう。
GEL-GELを破壊する事も出来ず、両脇もとられたTELOSは、ゆっくりとラキに視線を向けた。
「我らに逆らうか。地球の子」
TELOSの言葉に、気絶したGEL-GELを除く全員が驚くが、当のラキは冷静な顔だ。
「俺は地球星人じゃねーよ。メックス星人だ」
「……!」
ラキの言葉に、TELOSの表情が怒りに変わる。また攻撃がくるか、とOREANAたちが身構えるが。
「その言葉、伝えておこう」
怒りのにじんだ声で言い捨てると、転送装置(自身に搭載されているらしい)でその場から姿を消した。
とりあえず、これで襲撃はしのげたのだろうか。サボンがラキに視線を向けると、彼は真剣な顔でこう告げた。
「GEL-GELを修理したら、すぐに皆に全部教えてやるよ。……メテオスの到来も、近いしな」