じー……じじ、じー……
ノイズ音。
――……が、成功すれば……
――危険…………失敗……可能性が…
――サンプルはいくらでも……
――………く、稼動すれば……
爆発して消えていく、自分と同じ『型』。
びーっ! びーっ! びーっ!
ブザー音。
――…失敗作……研究……
――…………さまの責任で!!
――…へ廃棄を……。………領域は危険……
真っ暗になる視界。
閉ざされる全ての感覚。
押し出される。
そして
「っ!!」
夢から逃げ出すように、GEL-GELは目を覚ました。
目の前に広がる光景は、自分の記憶にも記録にもない場所なので、一体どこなんだと混乱しそうになった。
ただ、記憶のいくつかにはこの部屋に係わり合いがありそうなものがあった。二度目の目覚め。自分を目覚めさせてくれた人間。その彼に頼まれての戦闘。そして。
記憶はそこで途切れている。ただ、記憶とは違って、データバンクには少しだけ情報が残っていた。
「METEOSモード……」
廃棄原因の一つでもある謎のモード。自分の中にあるデータバンクをどれだけひっくり返しても、それについての情報は全てデリートと言う闇の中だ。
とりあえず、そのモードになるとエネルギー切れが早まり、行動不能になる時間も長くなるようだ。とりあえず、データバンクにその情報を入れておく。
一度自分の情報をまとめた後、先送りにしていた問題――ここは一体どこなのか――を考え始めた。
今までのことを考えると、どうもここは自分を修理してくれた人が乗っている艦のようだ。名前は知らない。情報を仕入れる前に戦闘に借り出されたのだから。
「どうしようか」
うーんと唸っていると、突然ばしゅっと空気が抜ける音と共に、視界の端でロックされていたドアが開いた。
慌ててそっちのほうに視線を向けると、朱色の髪の少女が「あー、起きたですか!」とぱっと笑顔を見せる。どう返せばいいのか解らず、手を上げてしまった。
パフスリーブのブラウスにエプロンドレス、というスタイルは、この艦では微妙に浮いていたが、少女のほうは気にしていないようだ。逆にこっちが首を傾げそうになる。
さて、その少女はポケットからメモを取り出すと自分と交互に見る。どうやら、名前を確認しているらしい。
「えーと、貴方の名前はGEL-GELさん。最近入った新人さんですね。私はアーニマ星から来ているニコといいます」
「あ、どうも、GEL-GELです」
さっき名前を確認してもらったはずなのに、つい無意識にこっちも名前を名乗ってしまう。ニコは「結構な事です!」と感心したようだが。
「で、GEL-GELさん。貴方傷も回復したようですし、これから艦を案内したいと思います。これはウチのご主人様…もとい、艦長からの命令でもあるので」
「艦長?」
「クレス艦長です。詳しい事はブリッジにて」
それでは出発しますよー!と威勢よく飛び出そうとしたニコは、まだ開いていないドアに見事正面衝突をした。
ニコは元はクレスの家のメイドだったのだが、クレスがメタモアーク艦長に抜擢された時にここに移動したのだ。理由は、家とのパイプが必要だからだったとか。
でも真の理由はたぶんそのドジだろうな、とGEL-GELは思った。何せ開いてないドアにぶつかり、段差数センチ程度で躓いたのだから、これはクレスでなくても心配する。
「本当は民間人を軍事に参加させるのはよくないのですが、このメタモアークは特務部隊という特別部隊ですから、民間からの有志も多いんです」
ブリッジに行く途中、ニコはそういう風に説明してくれた。銀河連合軍、メタモアーク。GEL-GELはその言葉をきちんとインプットする。
歩いて数分。GEL-GELとニコはブリッジに到着した。
「ご主人様…じゃなかった、艦長! GEL-GELさんをお連れしました!」
「ああ、ご苦労様」
ニコが大声を張り上げると、苦笑しながら艦長席に座っていた男が立ち上がった。オペレーター席では、三人の女性がくすくす笑っている。
「君がGEL-GELだね。私がクレス。ここメタモアークの艦長を務めている」
GEL-GELがぺこりとお辞儀をすると、クレスは苦笑して「一応軍なのだから敬礼で返して欲しいな」と握手を求めてきた。つられて苦笑しながらも、それに応じる。
クレスが紹介したので、副長のフォブと後ろにいた女性たちも立ち上がる。
「と言うわけで、私が副長のフォブです。まあ慣れるのも一苦労ですが、慣れるといい艦ですぞ、ここは。…美人も多いですし」
「副長、セクハラ発言はやめてください。…私はサーレイ。ここのメインオペレーターを務めています」
「あたし、レイ! サブオペレーターやってるんだけど、よろしくね!」
「レイ、あんたうるさい。……私もサブオペレーターで、名前はロゥ。ワイヤロン出身」
「あー、私は戦術アドバイザーで少尉のフィア。『フィア姐さん』って呼んで頂戴ね♪」
いきなり流れ込んでくる人の名前やその言葉の数々に、GEL-GELは半分どころか八分の七は流されかけていた。
(本当に、『慣れるといい艦』なんですかー!?)
ほっほっと笑いながら髭を撫でるフォブに向かって、GEL-GELは心の中で突っ込んでしまった。
「はぁ……」
ニコに連れられ、艦内を案内してもらったGEL-GELは、なぜか心身ともどもに疲労を感じていた。
あの後、ニコのドジのサポートをしながらクルー全員に挨拶して回った。時たま、女子トイレに入れられそうになると言うトラブルもあったが。
武器整備および開発担当のレグ(本人からは「おやっさん」でいい、と言われた)、合成人間の研究、開発をしているグラビトール出身のディアキグとその助手であるメガドーム星人のロウシェン。
医療代表であるフロリアスの女医・レザリーからはアロマにいいという花をプレゼントされ、食堂長のサードノヴァ星人・アネッセからは記念に、と調味料をもらってしまった。
フリーザム・ヒートヘッズで修理工を務めていたという、ソーテルとベルティヒには体格に驚かされたし、メテオ研究第一人者というヴォルドンには、何故か変な目でも見られた。
合成人間であると言うジャゴンボ・ブビット・グランネストに、揃って「お兄ちゃん」となつかれたのには悪くはなかったのだが。
一休み、と言う事で、GEL-GELは適当な通路に置いてあるベンチに座って一息ついていた。ニコは「ラキさんたちに連絡してきます」とどこかに行った。
「確か、スターリアっていうコンピュータはどこにでも繋げられるんじゃなかったっけ…?」
道すがら説明してもらったのだが、その説明した本人が連絡を取るために席を外すのはありなのだろうか。まあ、何か悪巧みしているような顔ではなかったが。
それにしても。
今まで紹介してもらった人々や、説明された場所は、どれもGEL-GELの過去のデータには全くないものばかりだった。
いや、データバンクにはあるのだ。だがそれは彼らの階級や職業、役割、場所についての説明なだけで、「自分自身が見たもの」としてのデータではなかった。
(自分が見たもの……)
それを思い出そうとすると、必ずノイズが入り、ゴーストが邪魔をする。……いや、自分が「見たくない」と、自ら斜をかけて覆っているのだ。さっき見ていた夢のように。
でもここなら。
ここなら、斜をかける必要もないのかもしれない。思い出すたびに、「思い出すな」と暗示をかけなくてもいいのかもしれない。
この艦には、人がいて、暖かいから。
冷たい記憶しかない、「あの場所」とは違うから。
「遅くなりましたー! GEL-GELさん、ラキさんさっき起きたそうですー! そっち行きます?」
どたばたと騒がしく、ニコが戻ってきた。
おかまいなく、と手を振ると、ニコはその手を取ってラキたちがいる開発ラボへと連れて行くのであった。