METEOS・49

 ――覚えている。あれは、僕が廃棄される少し前のこと。

 プロジェクト・ジェネシス。それは僕らの祖体であるTELOSの後継者を生み出す計画。
 僕はその32番目の被験体。31人の兄弟の犠牲により生まれた、最後の被験体。

 ……犠牲?

 違う。
 僕が起動した時は、まだみんないた。もう廃棄されていた1号機以外、全て存在していた。
 覚えている。実験前のささやかな会話。実験後のデータを肴にしての、エネルギー補給。数少ない、「楽しかった思い出」。
 そう、みんながいた。みんな怒ったり、わざとひがんだり、泣いたり、笑ったりした。覚えている。そう、例えば……。

 例えば……。

 あれ?
 思い出せない。
 笑いあったのは覚えているのに、何故笑いあったのか、どんな言葉を発したのか、どんな顔だったのか、どんな名前だったのか、思い出せない。
 ぼやけた輪郭はあっても、正確なモノが何一つ浮かばない。

 何故?
 どうして?

 僕は『覚えている』。
 だけど、『忘れている』。
 これはいったい、どういう事?

 

 ――覚えている。あれは、フォールダウンから数日後。

 両親が死んだ記憶だけ持っていた俺は、天涯孤独になってしまった。
 俺の親戚はとうに死んでたりしていなかった。だからと言って、このままファイアムの孤児院に引き取られるには住民票などの問題がありすぎた。
 半ば浮浪児として生きることを考えていた時、祭りで知り合った軍人――フィアが自分を引き取ると言い出した。
 フィアは、まだ幼い子供を一人にさせるわけにはいかないと言い、残った自分が引き取るのが義務だとも告げた。

 ……そうだったけか?

 そんな事、言われた?
 義務とかそんな冷たい言葉を投げかけられた事が、あったか?
 ……思い出せない。

 人の声が、人の言葉が、人の感情が、思い出せない。
 全部、確かに経験したことなのに。
 自分の過去のはずなのに。

 義姉と共に過ごしたファイアムの日々、義姉の後を追うように入った軍での日々。
 全部思い出せない。

 何故?
 どうして?

 俺は『忘れている』。
 だけど、『覚えている』。
 これはいったい、どういう事だ?

「それは、貴方たちがまだ『心』を閉ざしている証拠だから」

 座敷童が答える。
「開くべき扉はまだ閉ざされている。
 メテオスという大きな過去から逃げるために作った扉は、今も心をふさぐ扉でしかない。
 GEL-GEL、君は知ってるはず。今君が持つ「過去の記憶」は、実は作られたモノだって事を。だから心を閉ざしている事を。
 ラキ、君は知ってるはず。今君が「過去の記憶」を持たないのは、君が全てを奪われた過去を恐れ、心を閉ざして生きている事を。
 その扉を開かない限り、君たちは目覚めることが出来ないよ。永遠に」

 心?
 閉ざしている?
 過去が、怖い?

「ジェネシス(創生)は、閉ざされたままでは行えない。メテオスはそれを理解しないまま、それをやろうとしている。
 止めたいと願うなら、今の宇宙を守りたいなら、心を開くしかない。自分の過去を越えるしかない。
 メテオスが君たちを止めるために過去を見せた今がチャンスだ。過去を越えて、未来への道を開くんだ……!」

 一つ一つ蘇る、忌まわしい記憶。
 失ったもののの大きさを思い、泣き続けた日。
 なくなるなら、求めなければいいという冷たい真理を見つけてしまった日。
 怖いものから、目をそらした日。
 全部、思い出したくないもの。塗りつぶしたいもの。
 だけど、それを受け入れなければ、また怖いものが増える。逃げなければならない理由が、もう一つ出来てしまう。
 逃げればもう、立ち向かうことが出来なくなる。自分にまた嘘をつくことになる。
 座敷童は、それを超えろと言った。超えなければ、災厄を止めることが出来ないと。
 ……なら、乗り越えて立ち向かうだけだ。

 ラキは銃を、
 GEL-GELはライフルを構える。
 狙い撃つのは、この幻の核。

 ――逃げ出していた自分の過去。

 

 銃声。

 

「終わったの?」
 フィアが、座敷童に聞く。
「終わったよ」
 座敷童は答える。
「これで貴女も、過去を振り返らなくて済むね。失ったものや、それによって変わってしまったことに対して、泣く必要もない。
 もう貴女はメテオスから――地球から解き放たれたんだよ」
 フィアは微笑んで目を閉じた。
 さあ、もう悪夢から目を覚まそう。現実が、待っている。