メテオスを歓迎するかのように響く、メテオスの歌。
その歌に酔いしれるかのように、少年が笑う。最後のシーンを迎えたオペラ歌手のように、両手を広げて彼も歌いだした。
「おい、何だよこれは!?」
歌を止めるように大声で叫ぶが、陶酔した彼にはまったく聞こえないらしく、歌をやめることはない。
ラキは呼びかけるのをやめ、メテオスが浮かぶ空を見上げた。
メテオスはもうメテオを吐き出すこともなく、ただそこにとどまっているだけだ。目に見える表面が、何となく明滅しているようにも見えるが……。
「……!?」
見上げているうちに、ラキは気づいた。メテオスは確かに鼓動をしている。それも、歌にあわせてだ。
災厄と言われているが、メテオスも星である以上一応生きてはいる。だが、今までメテオスがこうして生物めいた動きをするのを見たのは、今回が始めてだ。
珍しいのでつい見上げたままにしていると、服の袖を引っ張る者がいた。最初は気づかなかったが、徐々に引っ張る力が強くなる。
あまりにも強く引っ張るので、そっちの方を見ると、そこには座敷童がいた。
「何だよ」
「飛ぶよ」
あまりにも単純明快な答えにもう一度聞こうとした瞬間、視界が真っ白になった。
次に目を開いた時、目の前に広がっていたのは8年前のファイアムではなく、廃墟だった。前に夢で座敷童と会話した時も、こんな風景だったなとふと思う。
「驚いた? メテオスの真実に」
座敷童が語りかけてくる。
「まあな。メテオスが、失われた惑星地球で、メテオにやられた奴の中に、コメットにならない奴もいる。そして俺やフィア義姉さんは、そのうちの一人だった」
「8年前のフォールダウンが有名らしいけど、他にもこういう現象は起きてる。生き延びたのは、メテオの中にいるモノに近づかなかった人か、取り付かれなかった人だけ。
彼が言う『使徒』は、取り付かれなかった人たち――つまり、純血の地球人となった人たち」
「地球人!? ……じゃあ、俺とフィア義姉さんの体組織とかがほぼ一致してた理由は」
「そう。8年前のフォールダウンで、君らの遺伝子情報等がメテオによってすべて書き換えられていたからだよ」
……絶句した。
「当然、すべての人が書き換えられるわけじゃない。長い人と人の交わりで、地球人の血が濃くなっていった者が、メテオの書き換えに耐えられる。
もっとも、書き換えに体が耐えられるかどうかはその人次第だけどね」
つまり、地球人の血が濃くても書き換えに体が耐えられなければ、やはりコメットとなるということだろう。自分の両親も、もしかしてそうだったのか。
背景がまた大きく変わる。今度は、ファイアムの前にいたあの緑の場所だった。
……が、突然ラキの足元が大きく崩れる。落ちるのを覚悟して身構えたが、足場がなくなってもラキは落ちることがなかった。
一種のホログラムだろうか、と何となく思った。
「ある日、地球に隕石が落ちた。その隕石は巨大で、地球を削るどころかそのコアまで達し、自身がそのコアになった。
隕石をコアとした地球は、地球の形をなくした。それは隕石をばら撒くだけの存在になった。……それがメテオス」
ラキの周りの風景が、宇宙へと切り替わった。
中心にあるのは、メテオスに成り果てた地球だ。表面は小規模な破壊と創造を繰り返し、メテオを生み出している。
「メテオスのメテオは、地球の成分が混じったもの。火、水、大地、空気、植物、鋼鉄、生物、電気、光、闇。……そして、人々の意思。
中でもレアメタルである時間と魂は、人々の意思の塊。だから、強大なエネルギーを生み出すことが出来るんだ
GEL-GELたちが言っていた「人の声が聞こえる」というのは、その固められた人々の意思。上手く利用できれば強大な力を発揮できる。
でも流されれば……待ってるのは暴走」
ラキは、GEL-GELの最初のMETEOSモード発動の事を思い出した。あの時彼は自分の意思を持たず、ただ闇雲にメテオを消し去るだけの存在だった。
あれはレアメタルの中に押し込められた意思が、GEL-GELを動かしていたのだろうか。
ビュウブームはかつて言っていた。レアメタルは、装着した者の強い意志にあわせて力を発揮すると。それもまた、メテオに押し込められていた意思が力を与えていたのだろう。
相反する二つの効果は、レアメタルが人の感情そのものだからだろう。
座敷童の説明は続く。
「地球は、メテオスとなった。その影響で、人々は死滅した。生き延びた地球人は、メテオスになる前に宇宙へと飛び出した人たちだけ。
メテオスは目的もなくメテオをばら撒き、星を圧殺する存在に成り果てた。
……そのはずだった」
ここでまた背景が変わる。
今度はマグマなどが吹き荒れる荒れた場所で、見所などどこにもないように見えた。
が、ある一点に黒い何かが固まっている。よく見ると、その塊は、人の姿にも見えなくはない。
「え!?」
ラキは自分の目を疑った。どう考えてもこんな場所に人が生きていられるわけがない。なのに、彼らは間違いなく動いているのだ。
「生きていた人が、いたんだ。
彼らは変化していく惑星と合わせて、自分の体質や遺伝子を変えていった。そして、自らの意思でメテオスを操る術を生み出した」
「何だって!?」
座敷童の言葉に、ラキはショックを受けた。
銀河最大の天災であり災厄の惑星と呼ばれるメテオスが、実は何者かの意思で動いているとしたら、それはとんでもない問題だ。
つまり、今銀河は一握りの存在により苦しめられているということになる。それも地球という滅びた星の住人による悪意によって。
「彼らは生きている。生きてメテオスを動かしている。その目的は、間違いなく地球の再生と同胞を呼び戻すこと。
ただ、その目的を果たそうとしているのは、彼らだけとは限らないけど」
「え?」
予想外の言葉に、ラキは改めて座敷童の顔を見た。
「艦長! フィア大尉とラキ少尉以外の全員が目を覚ましました!」
「何!?」
メタモアークでは、エデンとロゥの努力で何とか助け出す策を搾り出していたところに、ラキとフィアを除く全員が目を覚ましていた。
いったい何が起きたのか解らないが、とりあえず起きたことは朗報だと思い、クレスは会話できそうな者だけブリッジに来るよう命じた。
「これで少しは何とかなるか……」
「いや、そう上手くいくとは限りませんぞ」
クレスの楽観的予想を、フォブが否定した。
反論しようとして口を開くが、次のサーレイの報告でその否定が正しかったことを知る。
「メタモアーク内に転送反応! 反応にデータはありません!」
「ちっ……」
一方こちらはGEL-GELの修理中のサボンたち。
何とか応急処置は済ませ、機能停止を避けることは出来たが、そこから先が難しい。
何せオーバーテクノロジーの塊であるGEL-GELを、修理だけでなくパワーアップさせるのだ。ラキでも無理に近い作業だろう。
それでも座敷童が上げてくれたアイディア――限界までのフレーム対応処置とオールラウンダーの調整があったので、基本ラインが決まってるのが幸いだ。
「GEL-GELさんを開発した人はすごすぎますよ……」
フォルテが随時そう言うのも解る。
サボンも、ラキがいてくれればと思うほど、GEL-GELのレベルは高すぎる。これほどの強さを持ちながら、感情OS他の性能も高レベル。
完全に修理など、一生かけても無理な気がした。
それでもめげずに修理し続けている途中、艦全体にアラームが鳴り響いた。
『ワーニング! ワーニング! 艦内に侵入者! 繰り返す……』
「ええっ!?」
スターリアの放送にフォルテが身をすくめ、ロウシェンが珍しく眉を寄せる。
「拙いですね。GEL-GELは今動かせる状況じゃないですよ」
「ええ……」
敵の目的が何だか解らないが、GEL-GELの方に来る可能性もある。それだけは避けたいが……。
だが現実は非常で、流れは冷たい。サボンの願いむなしく、爆風とともにドアが開け放たれてしまった。
記憶。僕の記憶。それはデータ。
記録バンクにあるデータが、僕の記憶。
僕が見てきたもの、聞いてきたものは、全てが記録される。
――全てが。
――全てだと認識している、ものが。
――――――本当に?