METEOS・45

 走ってしばらくして、目標としていたビルがようやく近く見えてきた。それはつまり、人がいる場所が近づいて来たと言うことでもある。
 ビュウブームやグランネストたちはともかく、フィアは迂闊に人目のある場所を歩けない。ラキはまだ幼かったからいいものの、その頃から成人だったフィアはそうそう変わっていないからだ。
 知り合いに出会って不信がられては、こっちも動きづらくなる。
 と言うわけで、フィアはどこかで身を隠すという話になるはずだったのだが。
「でも大尉がいないと道が解らないよー」
 アナサジの反論に、みんながうなってしまった。ファイアムはフィアとラキ以外来た事がなく、ラキは幼い頃一回来たっきりなので道に詳しくないのだ。
 フィアには来てほしい。だが、彼女を目立つ場所には連れて行けない。ならどうするか。
 ……彼らの出せる答えは、一つしかなかった。

「変装っちゃ変装だけど、そのまんまと言えばそのまんまね」
 いつものポニーテールを解いてラキのとジャケットを交換したフィアが、呆れたように溜息をつく。
 何で持っていたのか知らないが、目にはカラーコンタクトを入れている。これでフィアの面影は少し消えた事になっていた。
 しかしこの変装も、友人の目にはただのイメチェンぐらいにしか見て取れないだろう。危険なのは変わっていない。
「とりあえず、姐さんがヤバイと思った場所には近づかない方がいいな。行って二人ぐらいか」
 ビュウブームの意見に全員が賛成した。目立たないように行動すること。これは、いつどんな時でも必要なことである。
 まあそんなわけで、方針を決めた彼らは街中へと入っていく。フィアが言うには、ここがファイアムで一番大きい街らしい。
 活火山やマグマと共に生きるこの惑星は、柵一つまで徹底的な防火加工をしており、それが独自の雰囲気をかもし出していた。赤が多いので、少しだけ目が痛い。
 だがその街の色に、青や緑などの涼しげな色が混じっている。あちこちに吊るされたランプや、屋台のテントの色がこの街の色にアクセントを与えていたのだ。
「記念祭、か……」
 フィアがぼそりとつぶやいた。

「きねんさい?」
 初めて聞くらしく、ラキが首をかしげた。
「そう、記念祭。何の記念かはもう忘れられてるんだけど、ファイアムでは今日から一週間、あちこちで祭りが開かれるのよ」
 昔父親に聞いた気がするが、あいにくその時の記憶はぼやけていて、今のフィアにはさっぱり思い出せない。まあ正月とかそういうのと同じものだろう、と勝手に納得しているのだが。
 現にラキは記念祭の由来よりも、目の前に広がる祭りの光景に気を取られているようだった。まあ屋台の豪華ラインナップを見れば、仕方ないとは思うが。
 ファイアムは銀河連合に所属しているので、通貨は統一通貨となっている。ちらりと見た、ラキの財布の中にある硬貨は、全て統一通貨の物だった。両替はしなくていいだろう。
 祭りと言うこともあり、どの店の食べ物も安い値段に設定されている。子供の普段の小遣いなら2つ3つが精一杯だろうが、それゆえ親が奮発して特別に小遣いを上げているようだ。
 ラキも例外ではなく、軍資金はなかなかのもののようだ。舌なめずりしながら食べ物の屋台を見ている姿だけで、それがよく解る。
「へへっ、どれから食べようかなぁ~」
「お父さんに無駄遣いするなって言われてるんじゃないの?」
 一応釘をさすが、今のラキの耳には全然届いていないようだ。
 ここでラキを引き止めておくのは得策ではない。少し自由に歩かせても、迷子にはならないだろうと見越し、フィアは繋いでいた手を離した。
「あまり遠くに行かないようにね」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
 晴れて自由の身となったラキは、笑いながら祭りの中へと飛び込んでいった。
 ほっと一息ついてから、本当に現金だなと苦笑してしまう。いくらお守りから少しの間だけ解放されたからと言って、ここまで安堵することはないだろうと我ながら思う。
 まあ、しばらくは自分に自由時間を与えても良いだろう。
 フィアは自分にそう言い聞かせて、ゆっくりと屋台が並ぶ道を歩き出した。

 間違いない。これからフォールダウンが起きる。
 ラキとフィアは同時にそう思った。
 だがフォールダウンを詳しく知らない子供たちは、目の前の祭りの光景に心を奪われ、真っ先に飛び込んでいく。落ち着きのあるラスタルですら、我先にと走り出していた。
「お、おーい!」
「離れての行動は危険です。今すぐ戻ってきてください」
 ビュウブームとOREANAが声をかけるが、子供たちの耳には届かないらしい。処置なしと肩をすくめたビュウブームが、ラキに視線を移した。
「どうするよ?」
 呆れた声で聞かれても、ラキにはどう答えればいいのかわからない。これから先のことを考えると、すぐに戻らせるのが正しいのだが、過去の自分と鉢合わせという可能性が怖い。
 聞いた方もそれが解っているらしく、詰め寄りはしなかった。ただ困ったように頭をかいてから、すぐに子供たちを捜しに飛び込んでいく。
 OREANAは一度判断に迷ったようだが、ビュウブームが飛び込んだのを見てすぐに後を追った。
(このままここにいても、埒明かねーってか……)
 ラキはもう覚悟を決めた。要は、子供の頃の自分に出会わなければいい――過去の自分が行った場所以外の所を探せばいいのだ。
 義姉の方が少し気になったが、そっちの方まで気を回している余裕はない。ラキは道を大きくそれながらも、祭りの中心地へと向かった。

 この街のシンボルは、中央広場にそびえる時計塔である。
 近くにある軍事ビルに並ぶほどの高さを誇り、そこから見た景色は絶景だと賞賛されている。また、滅多なことで、時間が狂ったりしないという事でも有名な塔だった。
 その時計塔の時計は、今16時56分を指している。祭りが始まってから、56分経ったと言うことだ。
 記念祭はこれから。様々なイベントが目白押しで、夜中まで人々を飽きさせないことだろう。
「次はどこに行こうかなあ」
 遠くに行くな、というフィアの言葉はすっかり忘れた状態で、ラキはちょこちょこと歩き出した。
 屋台はもうほとんど見たし、ほしい物は買った。小遣いをほとんど使ったが、そこはまあ、明日辺り父に小遣いをねだればいい。
「ん?」
 ふと辺りを見回したラキは、多くの人々がどこかに向かっているのに気がついた。
 ここの地理には全然詳しくないが、どうもこの先には広場があるらしい。人々が向かっているのは、どうもそこのようだ。
 これは何かあると見たラキは、その流れに加わる事にした。何があるのかは解らないが、きっと面白い事に違いない。

 腕時計で時間を見てみると、16時56分を指していた。
 中央広場には、これからのイベントを期待している人々が集まり始めているらしく、そこに至る道は揃って混雑していた。警備員の誘導が上手いからか、事故らしいものは起きていない。
 そんな光景を、ラキは道外れた場所からぼんやりと見ていた。ここは屋台の陰に隠れていて、そう人が来る場所ではない。
 ビュウブームたちには悪いが、過去の自分との邂逅は流石にやばいので、しばらくはここにいる事に決めた。
 遠くでにぎやかな歌声や音楽が聞こえる。
「あいつらも中央に行きそうだな」
 子供は、何か楽しそうなことにすぐに食いつく。グランネストたちも例外なく、中央へと向かっていることだろう。
 過去の自分もそうだった。中央で何かやるのがわかると、真っ先にそこに行こうとした。手に持っているお土産を落とさないように気をつけながら、大人たちの間をかいくぐって。
 だが、自分は行けなかった。中央への道が閉ざされたのではない。単純に、そこまで行けなくなったのだ。
 その理由は……。
「……時間!」
 ようやく“それ”に気がつき、ラキは慌てて腕時計をもう一度確認した。

 現在の時間、16時58分。17時まで後2分。

「やべぇ!」
 8年前のフォールダウンは、時計の鐘の音の余韻が消えた瞬間に起こった。今ここが8年前のファイアムだとしたら、同じ時間に事件は起こる。
 ラキは人ごみを掻き分けるように走り出した。今はとにかく仲間と合流しなくてはならない。
(間に合えよ……!)
 中央に全員いるのかは解らないが、ラキは真っ直ぐにそこへと向かった。人が集まりやすい場所は、仲間が集まりやすい場所でもあるのだ。
 しかし時間はない。この人ごみでは、たどり着く前に時間切れになる可能性が高い。
 それでもわずかな望みをかけ、ラキはひたすら中央広場へと走る。
「悪い、ちょっと通してくれ!」
 やや強引ながらも走ったのが功を労したか、意外に早く道が開けそうになる。後もう少しだ、と自分に言い聞かせて、足に力をこめた瞬間。

「お兄ちゃん?」

 小さな声に、足を止めてしまった。

 振り向いた視線の先には、8年前の自分がいた。
 そして。

 鐘が、鳴った。