METEOS・44

「8年前のファイアムだって!? そんなバカな!」
 フィアの断言に、最初に飛びついたのはビュウブームだった。隣で、ラスタルも激しく首を縦に振っている。
 だがフィアは硬い表情を崩さず、視線を固定したまま淡々と告げた。
「あのビルは、今はないのよ。8年前に崩されたんですもの。それがあるってことは、8年前かそれよりも昔のファイアムだって事」
「ま、まさかそれって」
「フォールダウンよ。あのファイアムの惨劇」
 その言葉に全員が絶句した。
 8年前、ファイアムにメテオが襲来し、防衛むなしく大量のメテオがファイアムに落ちたのだ。だが、一番の被害はメテオではなかった。
 メテオから発せられる異質エネルギーにより、たくさんの人間がコメット化した。異形化した人間たちにより、1万人近くの死者が出てしまったのだ。
 大量の犠牲者が出たのは、メテオの落下地点が主要都市のど真ん中だったことにある。しかもその日は、ファイアムでも重要イベントの日だった。
 最悪の偶然が重なり、史上稀に見る惨事へとなってしまった。被害者は今でも、その惨事をトラウマとして抱えていると言う。
 連合はこれを教訓として、様々な対策を打ち始めたのだが……。
「時空を超えてここに来るってのも、その対策の一つなんでしょうか」
 グランネストがぼそりとつぶやいた。
 いかに技術が優れていても、時間を越えるのは未だに未知の領域だ。技術が発展していくにつれ、それがタブー視されてきているのもあるのだが。
 だからこの状況に巻き込まれた場合、これからどうすればいいのか解らない。このまま先に進むべきなのか、それとも引き返すべきなのか。
「……ラキ様?」
 グランネストに背中を叩かれ、ようやくラキは意識を現実に戻した。
「どうしたんですか?」
「いや、何でも……」
「そんな顔じゃないわよー」
 適当にあしらおうとしたが、アナサジにまで顔を覗き込まれてしまったので、ラキは深々と溜息をついてしまう。
 ファイアムを襲ったあの悲劇に巻き込まれたのは、ファイアム星人のフィアだけではない。ラキも、その悲劇に巻き込まれた一人なのだから。

 ラキがその話を聞いたのは、フォールダウン一週間前のことだった。
 アンドロイド開発を仕事としている父が、その技術を提供しにファイアムへ行くと言い出したのだ。
「ふぁいあむってどういう星なの?」
「炎の惑星さ。とても暑くて、あちこちで火が燃えてるんだが、危険ではないよ」
「でも燃えてるんでしょ?」
「それはファイアムの人が上手く制御してるから大丈夫なのさ。パパも最初は怖いと思ったけど、行って見たらそんなに怖くなかったぞ」
「ふーん……」
 父は軍部にも関わっているので、その関係で色々な惑星を飛び回っている。ファイアムもその一つだったようだ。
「パパは軍のほうに行くから遊んでやれないけど、ちょうどその日にお祭りがあるんだ。ラキはそこで遊ぶといいよ」
「お祭り? 本当!?」
 目をきらきらと輝かせて父の顔を見ると、父はしっかりとうなずいた。
 最近はほしい物がないので、お小遣いは少し溜まっている。お祭りでぱーっと使うのも楽しそうだ。
「行くんだな?」
 今更だが、父が聞いた。
 当然、ラキがそれを断る理由はなかった。

 忘れもしない。フォールダウンが起きた日は、宇宙基準時間にて6月15日。その二日前に、ラキたち一家はファイアムに来た。
 盛大な、というわけでもないが、ファイアムからの歓迎はそれなりだった。漫画の世界が一気に飛びこんできたような気がした。
 そして……。
「ラキ、もうちょっと先へ行くわよ。まだ状況がわかりにくいもの」
 義姉が呼びかけてきたので、ラキも仲間たちと同じように先へと走り出す。

「護衛任務ですか」
「ああ。このイベントにあわせて、メックスから技術師が来る。その技術師の護衛が、我々の主な任務だ」
 ファイアムの軍施設にて、新入りのフィアは隊長からそう話を切り出された。
 新人養成部隊とも言われるこの部隊は、フィアが始めて入った部隊でもある。軍に正式入隊してから数ヶ月、中々の昇格スピードと言える。
 その部隊に与えられた任務は、どうやら要人護衛のようだ。
「無論、この任務は我々以外の部隊も参加している。今年は大規模に呼び寄せたらしく、我々も借り出されたと言うわけだ」
 隊長は、フィアに一枚の紙を手渡す。その紙には、フィアが護衛する技術師のプロフィールが事細かく載っていた。
 名前は、メディス=リフォバー。メインはアンドロイド工学で、メックスではそれなりの名の知れた技師らしい。年は30代後半。
 どうやら彼は家族連れで来るらしく、その家族の詳細も少しだけ載せられていた。子供は一人で、その子の年はまだ11歳との事だ。
 要人護衛は、その人物のみを護衛していればいいわけではない。関係者も守らなければ、任務達成にはならないのだ。
「最年少のフィアには、子供の相手も楽勝だろう?」
 隊長の冗談には苦笑いで答えた。
 フィアは小さい子を相手にしたことがないので、どうすればいいのか解らない。どのような教科書にも、子供の付き合い方は載っていなかった。 
 だが、軍では上からの命令は絶対。出来ません、の言葉は何の意味も持たないのだ。
 とりあえず、会ってから考えるか。出会うまでまだ時間はある。
 フィアはこっそりと溜息をついた。

 走れば走るほど、ここが8年前のファイアムであることがよく解る。あちこちから吹き出る火、暑い空気と、全てが8年前と一致する。
 だからこそ、先へ進むのが怖い。
 過去のトラウマを刺激されるだけでない。ここには8年前の自分がいるのだ。それに出会うかもしれないという恐怖が、足を遅くさせていた。
「ラキ、もっとスピードを上げて走ってください」
 後ろをついてくるOREANAが、冷静な声で注意する。彼女は、何かあった時のために、後ろを警戒しながら走っているのだ。
「こっちは頭脳派なんだよ」
 悪態をつきながらも、遅くなっていたスピードを早くする。同じくらい(多分)の頭脳派グランネストは、自分の一歩前を走っていた。
 子供はこういう時気楽でいいよな、と本気で思った。

 まるでサウナに入り込んだようだ。
 それがラキの、ファイアムについて最初の感想だった。
 メックスからファイアムまでは遠い。一般客船なら1日はかかる距離だが、そこは軍の最新鋭クルーザー、たった3時間で目的地に到着した。
 クルーザー内は快適な温度だったが、外に出た瞬間すごい熱気がラキたちを襲った。それでさっきの感想と言うわけだ。
「ようこそ、ファイアムへ」
 何か偉そうな人が父に握手を求め、父もそれに応じた。それから二人は、ラキにはよく解らない難解な事を話し始める。大人の話、というやつだ。
 どうすればいいのか解らず、母の方を向くが、母は姿勢を崩さずに二人の話を聞いている。つまらないが、ラキも両親に倣って、ちゃんと立った。
 とは言え、幼い子供に動くなと言うのは酷なもの。1分足らずでラキは飽きて、きょろきょろと首をせわしなく動かした。
 機械だらけの母星と比べ、ここは硬い岩が多く草木は少ない。これは火山などが多いからだと、前日読んだガイドブックにあった。
 ラキは土と言うものをあまり見たことがない。メックスは自然部分が片っ端から機械化しているので、こういうものは本で読んで覚えるしかないのだ。
 適当にすくってみると、手が汚れた。これもめったにない体験だ。
「わぁー……」
 手のひらに収まった土をぐっと握ると、それはあっという間に固まりになる。面白いのでもっともっと握ってみると、それは硬くなった。
 それからは、土をすくっては団子を作ったりしてみる。つまり土遊びだ。
 大人たちはラキの行動が見えているはずだが、あえて無視しているようだ。下手に騒ぐよりも、こうして遊んでもらった方が早いのだろう。
 ただ、ラキは遊ぶための土を集めるために、どんどんと別の所に移動していた。ふらふらとあっちへ行き、こっちへ行き……と遠くへ行こうとする。
「へへ、もうちょっともうちょっと」
 親と見知らぬ大人はまだ何か話しているようだし、少し遠くへ行っても大丈夫だろう。迷子になることはないだろうし……。
「こら、どこに行くの」
 ラキの歩みを止めたのは、長い足だった。
 その長い足を視線で追うと、そこには見た事のない女性がにっこりと笑いながら立っていた。
「お姉ちゃん、誰?」
 首をかしげたラキに、女性は笑いながら名前を名乗った。フィア=シオンと。

 ラキとフィアが、出会った瞬間だった。