ラキたちがGEL-GELそっくりの男を見た時、ロゥは見知らぬ廃墟で一人彷徨っていた。
「連絡が通じない……一体どうすれば……」
電子生命体とも言えるワイヤロン星人は、電波がない場所を極端に恐れる。電気の流れを読み、それによって飛び回る彼らは、電気がなければ生きていけない。
故にこういう場所になると、ロゥは極端に言葉が少なくなり、表情に怯えが入る。普段は冷静でレイをいさめる役割だが、彼女はまだ未成年なのだ。
早く仲間と合流を、と思うが、気持ちが焦れば焦るほど消耗も激しくなり、気持ちが沈んでいく。情報も入手できないこの状態は、ロゥにはかなり辛かった。
そして、とうとう足が疲れを訴え出し、ロゥはへたり込んでしまった。
最初目覚めた場所からかなり歩いたはずなのに、景色は相変わらず廃墟のまま。廃墟が広すぎるのか、それとも自分はあまり歩いていないのか。ロゥには解らなかった。
「休んでる場合じゃ……」
自分を奮い立たせて立ち上がろうにも、足が一向に動かない。仕方ないのでこのまましばらく座っていると、不安で焦っていた心が少しだけ和らいだ。
何となく、自分が座っているガレキに手を触れてみる。元は建物の一部だったのだろうか、材質は硬くて座り心地はお世辞にも良くない。
と。
ガレキを眺めているとあることに気づいた。ちょっと身体を動かして、手のひら大のガレキを手に取り、しげしげと眺める。
「……これは」
彼女の口が、その答えを出そうとした時。
「……あれ? ロゥさんですか?」
近くのガレキから、最近聞き慣れてきた声が聞こえてきた。
一瞬身を硬くしてしまうが、エデンがひょっこり顔を出すと、ほっとして緊張を解く。エデンの方も知り合いに会えたからか、硬い表情が一転して柔らかい顔になった。
「他の皆は?」
ロゥが聞くと、エデンは首を横に振った。彼も探し回っていたのだろうか、たくさん汗をかいている。
「あ、でもここから元の場所に帰れる方法なら見つけましたよ!」
こっちが落ち込んでると見たのか、エデンが慌てて取り繕うように言った。内容はかなり重要なものだったが。
ここが何処なのかは解らないが、元の場所――メタモアークに戻れるのなら朗報だ。正直、本当に帰れるのかと不安になっていたところだったのだ。
「バイパスが無事だから、みんなまとめてというわけには行きませんが、少なくとも2人なら楽に帰れます」
「バイパス?」
「ここと元の世界が繋がってるトンネルと思えばいいです。ただ、ちょっと狭いですけどね」
つまり、そのトンネルを通れば自分の意志はちゃんと自分の身体に戻る事ができる、ということだ。
(……?)
一瞬何か引っかかるようなものを感じたが、ロゥがそれに気づく前に、エデンは手を組み合わせて何か呪文のようなものをつぶやいていた。
「ごめんなさい。遠すぎて会話の半分ぐらいしか聞き取れませんでした」
開口一番、グランネストはそう言って頭を下げた。
「そうか……」
バレないように遠くにやったのは失敗だったらしい。一番聴覚に優れているグランネストでも、距離が遠すぎて全部を聞き取る事はできなかったようだ。
聞き取れた内容は、ラキが近くで聞いたのとほぼ同じ内容だった。さっきの二人は軍の関係者で、これからのミッションについて話し合っていたらしい。
「結局、ここがどこかは解らないままッスね」
「ロスト・パラダイスのどこか、なんでしょうけど……」
しかし、今まで見てきたロスト・パラダイスの惑星で、ここまで緑あふれる惑星はなかった。人が住んでる形跡があった惑星もだ。
このままここで色々考えても、答えは出そうにない。とはいえ、迂闊に動いたら何者かに見咎められる可能性は高い。
一体どうすればいいのだろう。ラキが頭をかいたその時。
「……あ!」
辺りを警戒していたジャゴンボが、木々の影を指差した。全員がその指の先を凝視し……目を疑ってしまう。
赤衣の少年――座敷童が、そこに立っていた。
彼もこっちに気づいたらしく、おいでおいでと手を振ってくる。遠くから見ているにもかかわらず、全員がその表情――悪意のない顔をはっきりと見た。
罠ではない。それは解る。だが彼はどこに自分たちを導こうとしているのか。
「どうするよ?」
ラキは四人の顔を見渡したが、彼らもどうすればいいのか解らないという顔だった。特に合成人間の三人は、揃って微妙な顔をしている。
その顔の理由は解らないが、とりあえず反対するものはいなそうだ。ラキは先陣を切って、座敷童の導く先へと向かって行った。
「本当に参ったわね」
「何が?」
「?? どういう意味なのだ?」
「貴方たちの力に、頼れそうにないってこと」
レイとGEOLYTEを引き連れて探索していたフィアは、そうぼやいた。
これは彼女らが役に立たない、というわけではなく、彼女らの特性がこういうサバイバル状況に向いていないということなのだ。
オペレーターに特化した合成人間と、戦闘に特化したアンドロイド。この状況では、どちらも役に立つとは言いにくい。
逆に唯一の大人であるフィアが、彼らの面倒を見つつ、ここを調べ、出口を見つけ出さないといけないのだ。まあ、その時はもちろん彼らの力を借りるのだが。
とりあえず最初に調べてもらった事として、ここは人が住むには絶好の気候だということ。その割には、人の気配が少ないという事が解っている。
「もうちょい先に進みましょ。いざとなったらちょっと乱暴な手を使うかもしれないけど」
「始めからそうすればいいのに」
レイのつっこみはさらりと無視して、フィアは適当な道を歩き始めた。
歩いていると、故郷のファイアムの事を思い出す。ファイアムでは草木が茂らず、このような光景は絵本か別惑星でない限り見られなかった。
だが、何故かこの景色が懐かしく感じる。
ヒールが草を踏む音を、どこかで聞いたような気がする。新鮮な空気を、どこかで大きく吸った気がする。
(気のせい、よね。それか、前サーレイと一緒に旅行に出かけた時の記憶)
自分の記憶に、こんな場所はない。あったとしても、似ているだけで全く違う場所のはずだ。
「大尉?」
「え?」
どうもぼーっとしていたらしい。気がつくとレイがこっちを覗き込んでいた。
デジャ・ヴのような感覚を振り払い、フィアは改めて前を見据える。しばらく歩いたはずなのだが、景色は相変わらず緑一色だ。
……いや。
ぼんやりとだが、遠くに影が見える。目を凝らして見ると、どうも建物のようだ。
「GEOLYTE!」
「……建物なのだ! 間違いないのだ! 距離は2キロといった所なのだ」
GEOLYTEも影を確認したらしく、視力センサーをフルにしてその影の正体を突き止める。2キロほどなら、走ってもバテはしないだろう。……多分。
建物なら、電気系統もちゃんとしているだろう。そうすれば、レイのオペレート能力が役に立つかもしれない。
三人は揃ってうなずくと、その建物の影目指して走り始めた。
プロジェクト・ジェネシス。通称「G計画」
惑星脱出者の内の一名である、科学者リリス・エンティスが発案した計画。
テスト機体である「ジェネシス」は、基本フレームから最終OS設定までほぼ彼女一人が設計しており、その性能は当時のアンドロイド技術を遥かに上回った。
G計画の目的は「汎用人型破壊兵器開発」となっていたが、実の所、パトロン問題など謎は多く、内部でも疑問を持つ者は少なくなかった。
そんな問題を抱えていたからか、「ジェネシス」は1号機からことごとく失敗する。廃棄処分の決定を下さなかったのは、ブラックボックス解析を恐れたのだろう。
ただ1体、1号機だけは保存の問題からか廃棄処分の決定が下され、危険宙域に棄てられたという。
時は流れ、テスト機体「ジェネシス」の32号機がロールアウトする。前の31体の失敗例に全て対応されており、完全体とも言えるほどだった。
だが、テスト中に「ジェネシス」32号機は暴走。保存されていた30体の「ジェネシス」を破壊、研究員が残る施設を木っ端微塵に吹き飛ばした。
暴走した「ジェネシス」32号機を止めたのは、開発者であるリリス博士本人だった。方法は不明だが、彼女は32号機をカプセルに封印することに成功した。
この事故の後、G計画は凍結。発案者であるリリス博士も姿を消した。
唯一つ、「Terra,Eternal Law,Omniscience Sage(大地と永遠の法、無限の知識をも持つ賢者)」という走り書きを残して。
そう。
それが僕の記憶。
僕が持つ、GEL-GEL――僕になる前の記憶。
ジェネシス・ナンバー32。
それが僕のかつての名前。僕になる前の名前。
――ヤルダバオト。
貴方がヤルダバオトとなる前の名を、僕は知っている。
ジェネシス・ナンバー1。それが貴方のかつての名前。