METEOS・32

 こんな星を知ってるか?

 資源も環境も恵まれた美しい星。
 だけどそこで息づいた生命によって少しずつ滅んでいった星。
 美しすぎる故に自分勝手な考えを持つに至った星。
 意味のない争いばかりが続いた星。
 傲慢で無意味でもあった星。

 一番最初にメテオスの被害にあったといわれる星。
 だけど誰一人として名前を知らない星。

 そんな星を知ってるか?

 

 

 砕かれたヘルメットは、半日もかけずに完全修復された。
「調子はどうです?」
「問題ない」
 現状を見に来たヒュペリオンに対し、ヤルダバオトは淡々と答える。元々、感情に関するプログラムは極端に減らしてあるからだ。
 しかし。
 あの時に自分の顔を見られたと言う事実は、彼に深い怒りと言う感情を根付かせていた。
 見られてはいけないものを見せてしまったのと同じくらい、自分の過去――形式番号しか持たない自分の事をリロードさせてしまったことに、彼は怒っていた。
 元は形式番号しか持たない自分に『ヤルダバオト』という名前を与えたのは、先代の七賢の一人だ。今はもういない。自分がその座を受け継いだ。
 アンドロイド工学に詳しかった彼は、せめてらしい名前を、とこの名前をつけてくれた。形式番号で呼ぶのを、誰よりも嫌がったのだ。
 その名前に誇りを持ったわけではないが、少なくとも形式番号で呼ばれるよりかははるかにマシだった。
 ――自分は、捨てられた存在だったのだから。
 忘れもしない第七次ヘブンズドア領域観測部隊。その部隊に入っていたのは、ただ「機能テスト」という名の姥捨て山に過ぎない。
 捨てて誰かに拾われるのを、開発者たちは恐れたのだ。自分は、歩くブラックボックスに等しいほどの存在だったから。
 そして開発者たちの目論見通り、自分はヘブンズドア領域にて「行方不明」となった。それから……。
「昔の事を思い出しているので?」
 こっちの心を見透かすように、タイミングよくヒュペリオンが声をかけてきた。その一言で、ヤルダバオトは思考を過去ではなく現在へと戻す。
 だがそっちの方は、それで話を切り上げるつもりはなかったらしい。
「ジェネシス32……ああ、今はGEL-GELでしたか、彼に顔を見せてしまったのは問題でしたね。我々にとっても、貴方にとっても」
「その事に対しても問題はない」
 いささかつっけんどんに答える。相手が何を言いたいのかを、即座に察知したからだ。
「任務が下るまで、待機する」
 愛用のライフルを背負い、ヤルダバオトはその場を離れる。もうヒュペリオンは何も言わず、笑みを浮かべて自分を見送った。
 七賢となってから長いが、今だヒュペリオンには薄ら寒いものを感じる。イシュタルは「ただの思わせぶり」と言うのだが。
(思わせぶり……? ああ、そういう事か)
 彼の目は、あいつらの目に似ていたのだ。
 自分たちジェネシスナンバーを創った科学者――プロジェクト・ジェネシス実行メンバーに。

 

 

 こんな星を知ってるか?

 誰もが名前を知らない星。
 誰もが名前を忘れた星。
 誰もがあった事を知らない星。
 誰もがあった事を忘れた星。
 誰もがあった事を隠匿されているのを知らない星。

 もし仮に、その星の住人が生きていたら、どうする?
 もし仮に、その星の住人を蘇らせようとしたら、どうする?

 もし仮に、その星を復活させようとしたら、どうする?

 

 

「GEL-GELー!」
 レアメタル回収から帰ってきたGEL-GELたちを、真っ先に姫が出迎えた。
 にこにこではなくにやにやな笑顔を見て、GEL-GELが深いため息をつく。実は彼女の相手をしている途中に、レアメタル回収任務が割り込んできたからだ。
 予想通り、さあ早く相手しろと言わんばかりにぴったりとしがみついてくる。腰の辺りに引っ付かれたので、上手く引き剥がす事もできない。
「あ、あのー……」
 助けを求めようと他のメンバーの方を向くが、もう姫の相手はGEL-GELに一任というのが暗黙の了解なので誰も助け舟は出してくれない。
 そのまま引っ張られるかと思いきや、姫の視線は珍しく別の方に向いていていた。
 不思議に思ったGEL-GELがその視線を追うと、運ばれようとしているレアメタルがあった。このままヴォルドンの研究室か、ラキのラボへと運ばれるのだろう。
 彼女はちょっと首をひねっているようだ。レアメタルが気になるのだろうか。
「姫様?」
「……んー、何でもない」
 声をかけると、やはり珍しく言葉に詰まったように答えた。予知能力を持つゆえに、何かを感じたと言うのだろうか。
 少し――いやかなり気になるが、それを聞いたらへそを曲げるのが目に見えている。GEL-GELはあえて黙っておく事にした。

 姫に引っ張られる形で歩いていると、プレイルームでわいわいとはしゃいでいるネスやエデンたちを見つけた。
 ネスたちは監視役のはずなのだが、年齢が近いということでついその任務を忘れてしまうのだろう。とは言え、無邪気に歓談するのを止める気にはならないが。
 ふと、ブビットがこっちの方を向いて手を振ってきた。GEL-GELは軽く手を振り返す程度だが、姫は大はしゃぎで「何やってるのだー?」と四人の元へ駆け寄る。
「エデンさんのお話聞いてたンスよー。聞いてみるといいッス」
「面白いですよ」
「ん、エデンはオイラたちが知らない話を知ってるぞ」
 三人が口々に褒めると、エデンが照れくさそうに頭をぽりぽりとかく。そういうところは子供らしく、つい笑みがこぼれてしまう。
 姫も興味を持ったらしく、顔を輝かせて四人の間に座り込む。GEL-GELの足を掴んでいる辺り、どうやら自分もお話にお付き合いしないといけないようだ。
 当のエデンは、一気に二人も観客が増えたので、ちょっと困った顔になっている。聞いてみると、どうもお話のネタはネスたちに話したものしかないらしい。
「ネスさんたちはもう聞き飽きたでしょうし」
 エデンがそう言いどもると、三人は揃って首を横に振った。一度聞いた話をまた聞きたがると言う事は、相当面白い話らしい。
 何となくGEL-GELも興味を持ったので、ぺたりと座って話を聞く体制になった。ラキたちも呼びたいなーと思ったが、呼びすぎるとエデンが困りそうなのでやめた。
「……仕方ないですねぇ」
 とうとうエデンも諦めたらしく、一息ついてからさっきまでネスに話していた「お話」をもう一度語り始めた。

 

 こんな星を知ってるか?

 失われた楽園の名を与えられつつある星。
 楽園の名を押し付けられた星。
 皆が真相を知らない星。
 ただ夢想だけで塗り固められてしまった哀れな星。

 こんな星を知ってるか?

 全ての始まりであり、終わりとなるであろう星。
 その名前は……。