ワープが始まると、足元がふらつくほどの激しい揺れがメタモアークを襲った。
普段はもう少し揺れが大人しいのだが、どうも七賢の攻撃でかなり艦体がダメージを食らっているらしい。この調子だと、何処へ飛ぶのかは運任せのようだ。
『全クルーに告げます。この艦は予想以上のダメージを負っているために、ランダムワープ状態となりました。跳躍距離、時間、両方とも予測不可能状態です。
勝手な行動は艦全体に悪影響を及ぼしかねませんので、どうか自室などの安全な場所での待機をお願いします。なお、通常業務に問題はないと思われます。
繰り返します……』
タイミングよくというか何と言うか、スターリアがクルー全員に伝わるように艦内全領域にアナウンスしてきた。
ラキはそれを聞いてから、皆――サボンやフォルテも含めて――を見回した。
「っつーわけで、説明の時間は大量にあるようだな」
「あうう……」
「うう……」
にやにやと笑って――ただし、目だけは陰険な光を携えて――サボンとフォルテを見ると、二人はかわいそうなくらいに縮こまっていた。
少し怖がらせすぎたかな、と内心で反省しながら、ラキはしゃきっとした顔に戻る。その視線は、水色のアンドロイド・GEOLYTEに移っていた。
「お前、とりあえず自己紹介してみな」
GEOLYTEは少しきょとんとしていたが、すぐににかっと笑って自己紹介し始めた。
「コードナンバーはチャイルドの596-FFで、特にニックネームはないですのだ! 基本武装はレーザーソードにミニバズーカ、MMマシンガン。
で、得意な戦術は……思いつかないですなのだ」
最後の辺りは尻すぼみになったが、それでも彼はぺこりと頭を下げて「よろしくお願いしますなのだ!」と自己紹介を締めくくった。
GEOLYTEの自己紹介に、全員が「よろしく!」など歓迎の挨拶をするが、GEL-GELだけが面食らった顔である。おそらく言葉遣いに驚いてるのだろう。
まあ無理もない。「~のだ」や「~なのだ」は、ジオライト弁とも言われるほどの特徴的な口癖だ。当然、ジオライト製である彼もそれがインプットされている。
GEL-GELはそれを知らないので、その特徴的な口癖に驚いているのだろう。
「ま、そういうことだ。よろしくしてやれや」
ラキはそう言ってGEOLYTEの背中を軽く叩く。勢いで彼はGEL-GELたちの所に飛び込んでいくことになり、照れくさそうに笑った。
早速打ち解けさせようと陽気に話しかけるビュウブームを見て、ほっと一息つく。アクシデントだらけの中ではあったが、どうやら彼はチームの仲間になれそうだ。
同じように安堵の息をついているサボンとフォルテを手で招く。二人は少しおどおどしていたが、素直にこっちの方に寄ってくれた。
「……機体設定したのは、お前らか?」
唐突にささやくように聞いたからか、サボンはすぐに顔を真っ赤にしたが、すぐにフォルテと一緒にこくこくとうなずいた。
「コーティングの仕方が甘いし、まだまだ骨格を無視した改造が目立つぜ。あとパワーを跳ね上げたせいで、反応速度が遅くなってる」
ラキの指摘に、二人は深くうつむいた。自分たちのできる最高のことだったのだろうが、ラキにとっては二人ともまだまだではある。
「でも、軽量化でスピードアップを狙い、武装はあくまでもコンパクト……。マルチのチャイルドの特質をきちんと掴んでんじゃねぇか」
だが同時に、まだまだ上達するところはある。それを暗に告げると、落ち込んでいた二人の顔が見る見るうちに明るくなった。
現金な所があるが、それが自分の愛すべき部下である。
(こいつらもな)
ラキは口元に笑みを浮かべながら、まだ騒いでいるGEL-GELたちを見た。
『全クルーに告げます。この艦は予想以上のダメージを負っているために、ランダムワープ状態となりました。跳躍距離、時間、両方とも予測不可能状態です。
勝手な行動は艦全体に悪影響を及ぼしかねませんので、どうか自室などの安全な場所での待機をお願いします。なお、通常業務に問題はないと思われます。
繰り返します……』
「正に分の悪い賭けね」
フィアはそう言って自分の頭を抑えた。
最近の激務のせいか、何故か頭痛がひどい。まあ激務が体調不良の理由なら、一番最初に倒れるのは艦長のクレスだろうが。
バレないように振舞っていたつもりだが、長年の親友であるサーレイにはわかっていたらしく、「医務室に行けば?」と素晴らしいアドバイスを貰った。
今はまだ任務中なのだから動けないのだが、何故か今はひどく頭が痛む。薬を貰ってゆっくり休んだ方が、逆に皆に迷惑をかけないだろう。
フィアはクレスに許可を貰ってから、ブリッジを出た。ワープ中だが、移動ぐらいならそんな負担をかけないはずだ。
ここから医務室は歩いて十分程度。今は体調不良もあるので、十五分はかかるだろうか。自室までの距離まで考えると、医務室で寝たほうが早そうだ。
少し足取りがおぼつかない状態で歩いていると、目の前に一人の少年が立った。
一瞬、噂の座敷童かと思ったが、それにしては聞いていたのと全く違う。確か髪は赤だったはずなのに、目の前の少年の髪の色は黒だ。
それに肌の色も本当に白い。抜けるような白さ、など形容詞に使う時があるが、これはそういう意味ではなく、本当に真っ白だった。病弱そうな印象を与える。
「貴方は?」
七賢の例もあるので、携帯している小型銃を取り出す。しかし、少年は銃に臆する仕草は全く見せなかった。
このまま膠着状態が続く。頭痛が治まらないフィアが、頭を抑えた時。
「……今はまだ、お前たちの勝手な行いを許す」
凛、とした声が届いてきた。脳裏に、直接。
黒髪の少年は、その黄金の瞳にフィアを映したまま、口を開かずに語りかける。
「大地を守りし最後の番人。その始まりにして終わりの一欠けを手に入れ、お前たちは真実に近づこうとしている。あってはならない。真実は、見てはならない。
だが、お前たちの中に我らに近い存在がいる。限りなく、我らに近い存在が」
最初の言葉で、フィアの脳裏にあの赤いアンドロイドがよぎった。 確か、彼の正式名称にそのような単語がなかったか?
だが、その想像が真実なのかを知る前に、フィアはとんでもない事を先に知らされてしまう。
「お前は、我らに近い」
何故か、その一言をきっかけに、フィアの意識は遠のいていった。
「かつて、ここには星がありました」
誰かの声が聞こえる。鈴を転がすような、やさしい女性の声。
「緑あふれる、美しい青の星でした。ですが、そこに住まう生命体が星を傷つけ、やがては全てを食い尽くしてしまいました」
誰の声だろう。母親を思い出すようだ。
「ようやく気づいた所で、もう全てが手遅れじゃった。困り果てたものが視線を空に向けたその時、星の欠片が落ちてきてもうた」
声が変わった。今度はしわがれた老人の声だ。
「欠片は星を砕き、全ての生命体を飲み込みおった。あっという間の出来事じゃった。生命は全て、星の欠片へと還元されてもうたのじゃよ」
誰の声だろう。穏やかで、落ち着ける。
「星は砕かれた。何が理由なのかは、その時誰も理解できなかった。……理解できるほど、残っていなかった」
また声が変わった。抑揚があまりない、冷たい男の声だ。
「全てを理解した時、彼らの心にあったのは……」
――復讐。
メタモアークを、激しい揺れが襲った。今度のは、ワープを終えた揺れだった。
「っ、場所はどこだ!? それから、艦の損害状況を報告しろ!」
ショックに耐えながらもクレスが状況を報告させる。
すぐにオペレーターたちがモニターなどにかじりつき、クレスの命令を遂行するためにコンソールを叩く。
やがて。
「…………艦長」
あまり物事に動じないはずのロゥが、珍しく狼狽した声で現在位置を告げた。
「ここ、『ロスト・パラダイス』です」