METEOS・3

 GEL-GELが飛び出したのを見てから、ラキは眠気を強引に黙らせてブリッジまで走った。
 彼の戦いぶりはどこでも見れるのだが、一番よくわかりやすいのはブリッジだからだ。

 宇宙空間に飛び出すと、先に出て戦っていたビュウブームやアナサジ、ラスタルが一斉にGEL-GELの方を向いた。
「あんた誰だ? 新人か?」
 ビュウブームがGEL-GELが持っているのと同じタイプのレーザーブレード(ただしそっちは特大だったが)を振り回しながら聞いてくる。
「GEL-GELと言います。どうぞよろしく!」
 こっちもレールガンを発射しながら挨拶をした。対コメット専用に開発されたそれは、設計通りに何体ものコメットを貫いていく。
 先に出ていた三人のおかげで、コメットはだいぶ数を減らしていた。だが、背後に控えるメテオ群には全然ダメージを与えられていないようだ。
 メタモアークも主砲による援護をしているが、多勢に無勢を絵に描いたようなこの状況、攻撃はほとんど焼け石に水だった。フィアやクレスが撤退を考えるのも無理はない。
 とりあえずGEL-GELは目の前にいるコメットを、持たされた武器で排除していく。その間、ぼろぼろの仲間の援護もちゃんと忘れない。
「GEL-GEL、私の援護はいいので前線へ!」
「了解!」
 初対面のはずのアナサジの言葉も素直に聞くGEL-GEL。その素直さに、内心でビュウブームたちは感心していた。
 メタモアーク内部では、その新人のGEL-GELの戦いがモニターに映し出されていた。
「ふむ、初陣にしては緊張もしていないし、見事にスコアを伸ばしていますな」
 副長であるヒュージィ星人のフォブが、ほっほっと笑いながらGEL-GELの戦いぶりを見ている。
「確かにねぇ。持たされた武器もきちんと使いこなしてるし、いい拾い物したわ」
 隣でフィアも感心しながら、その戦いぶりを見ていた。
 二人の楽天的な見方を尻目に、ラキの表情はまだ硬い。明るい雰囲気になりだしたブリッジとは違って、彼の視線や表情は決して崩れることはなかった。
 確かにGEL-GELは強い。だがその強さは、彼の表面上のものに過ぎない気がするのだ。
 まだ判明されていない部分。それは、彼の隠された強さに直結しているはずだ。そして同時に、彼の恐ろしさに繋がっているような気がする。
 この状況をひっくり返してくれるなら判明して欲しいが、彼に対する恐怖心が上がってしまうのなら判明して欲しくない。
 ラキはずっと硬いまなざしで、前で繰り広げられる攻防を見ていた。

 GEL-GELの参入により、コメット群はあらかた撃破。後はメテオ群となった。 
 コメットとは違い、メテオには回収命令もあるので注意しなければならない。……とはいえ、大きさからしてコメットを相手にするのとは全く違うのだが。
「アナサジちゃん、残弾は?」
 リーダー的立場にあるビュウブームが、紅一点であるアナサジに聞く。聞かれた彼女は特大ガトリングガンを持っていた手で、ないないと手を振る。
「残りわずかだね」
「ラスタルはもう手持ち武器はなし…新人、お前さんは?」
 ビュウブームの視線がGEL-GELの方へと移った。途中参戦である彼は、まだ武器の弾には余裕があるが、メテオ群相手にどうこう出来るわけではない。
 困った顔で首を横に振ると、ビュウブームはふぅとため息をついてアンダーヘッドカバーについている通信装置に触れて、艦との連絡をONにした。
「艦長、フィア姐さん、俺たちは限界だ。艦の方が無事じゃないなら、転移するまではここで食い止めるが?」
 アナサジやラスタルも通信をONにしたようなので、GEL-GELも慌ててヘッドギアに付いている通信装置をONにした。
『こちらのダメージはほとんどない状態よ。でも、エネルギーが尽きることを考えると、この大量のメテオを防ぐのは無理ね』
 知らない女性の声が聞こえてくる。ビュウブームの様子から、彼女がフィアらしい。
 普通メテオは惑星付近に到達して、初めて防衛策が取られる。宇宙を駆けるメテオを押し返すのは、相当なエネルギーを要するからだ。
 だから宇宙空間でメテオと遭遇した場合は、その進路から逃げ出すか、何とか方向転換させるしか方法がない。今のメタモアークはエネルギー不足を考えて、逃げ出すしか手はないようだ。
 GEL-GELには事情は解らなかったが、逃げ出すかもしれないと言うことだけは解った。
 すでに全員その選択を飲み込んだようで、撃破するよりも生き延びることを優先して戦い始めている。GEL-GELも同じように行動した。
 ――したのだが。
(逃げ出す……)
 廃棄したはずの記憶が、鈍い音を立てて蘇ろうとしている。
 ノイズだらけの音声。
 ゴーストだらけの映像。
 バグだらけの思考。
 穴だらけの記憶。

 嫌だ。
 思い出すのは嫌だ。

 嫌だ。
 思い出させるようなことが起きるのは嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!

 

 

 

「――――――――MODE:『METEOS』ドライブ.アタックプログラム『イレイザー』起動」

 

 

 

 びゅわっ!!

 その時、一部のメテオが消滅した。
「! 何だ!?」
「き、消えた…?」
「何でメテオが……?」
 騒然となるブリッジ。
 フィアは目の前で起きたことが信じられずに目をこすり、クレスはつい腰を浮かしかけ、オペレーターたちは呆然とし、ラキはぽかんと口を開いてしまう。
 みながあっけに取られる中、一番最初に冷静な判断力を取り戻したのはフォブだった。
「艦長、このぐらいの数なら逃げ出せます。今のうちに撤退命令を」
「あ、ああ……。総員に通達、これより我が艦は転移を実行する!」
 オペレーターたちはまだぼんやりとしていたが、その中で一番の年長者であるウドー星人のサーレイがクレスの命令を復唱した。
 動揺は外にいたビュウブームたちも同じで、全員の視線がその原因になるであろう存在――GEL-GELに集中する。
 だが、GEL-GELからの反応はない。ただ無表情でメテオ群の前で、両腕を前に伸ばしていた。
 ふわり、と冷却装置も兼ねている髪が浮き、一瞬だけ彼の目を――髪の色と同じ桃色の目を全員に見せた。
「あ…」
 ラスタルが思い出したようにアナライズゴーグルを下ろして、これから起こるかもしれない出来事を記録しようとする。
 GEL-GELの口が、ぼそりと冷たい言葉を吐いた。

「アタックプログラム・続行。ターゲット:メテオI型」

 先ほどメテオを一部消した攻撃がまた繰り返され、同じようにメテオが消滅する。これで飛来していたメテオの三分の一が消されたことになる。
 後もう二回ほどやれば全部消滅だろうが、エネルギーの限界らしくGEL-GELはそのまま機能を停止してしまった。流される前に、急いで近くにいたアナサジが拾う。
 目は、硬く閉ざされていた。
「撤退するぜ!」
 ビュウブームの掛け声で、三人はメタモアークに帰還した。

 メタモアークは、メテオとの遭遇を何とか避けることに成功した。そのメテオと同じぐらいの危険性を秘めるアンドロイドによって。
 嫌なことにならなければいいが。
 ビュウブームたちによって運ばれてきた彼を見て、ラキは深くため息をついた。

 大量のメテオを消滅させた張本人は、今はエネルギー切れで眠っている。