ビュウブームの覚醒は、七賢たちの間でも大きな騒ぎとなった。
四賢のアリアンロッドはすぐにメタモアークの襲撃を提案したが、二賢であるヒュペリオンがそれを制した。
「まだ予定が狂うほどではありませんからね。メテオは確実に、集まっています」
「だが奴がレアメタルを『手に入れる』というのは、大きなイレギュラーだ。早めの修正を施さない限り、予定の進行率は36%は落ちると推測される」
「なるほど。貴方なら分かると言う事ですか」
ヤルダバオトの意見に、ヒュペリオンが目を細めた。
五賢であるヤルダバオトは、七賢の中では唯一のアンドロイドだ。だからこそ、同じアンドロイドのビュウブームの覚醒を大きく捉えている。
まあ確かに、メタモアークの動きは注意せざるを得ない。一賢――エデンがあそこに留まり続けているのは、過去に拘っているからだけではないのだろう。あの艦には、何かある。
ジェネシス32を始めとして、最近はどんどん変わった搭乗員が乗り込んでいるらしい。予知能力を秘めたギガントガッシュの姫が乗り込んだらしいし、まだ何かいるとも聞く。
連合軍は所詮烏合の衆だが、真実を握っているのは事実だ。メタモアークがまだそれに気づいていない今が、チャンスとも言える。
「……仕掛けてみますかね」
ヒュペリオンの眼鏡がきらりと光るのを見て、三賢のイシュタルが化粧する手を止めてにやりと笑った。
「動くの?」
「前哨戦……といったところで。私はジェネシス32を見てませんし、エデン君の顔も久しぶりに見たくなりました」
「つれてかえるの?」
ヘルモーズと遊んでいたヨグ=ソトースがヒュペリオンの方を向いた。幼い彼にとって、エデンはヘルモーズと同じくらいいい遊び相手なのだ。
大きな瞳に見つめられたヒュペリオンは、その頭を撫でてやりながら「様子次第ですよ」とだけ答えた。
(そう、様子次第で。死んでしまっても仕方ないですよね? 二代目)
心の呟きまでは、話すことはなかった。
メテオス調査の命令を受けたメタモアークは、とりあえず付近の惑星警護を兼ねて何の変哲もない宙域を飛んでいた。
しらみつぶしと言う効率の悪すぎる方法だが、メテオスの座標がまるっきり解らないのでこうするしかないのだ。また手がかりがあるかもしれない、という望みも兼ねていた。
「そうですか……」
そんな話をグランネストから聞いたエデンは、手に持っていたお茶を飲み干した。隣では、無造作に姫がたくさんのおにぎりを抱えている。
七賢襲撃もあって、エデンの警護と監視は相変わらず厳しいままだ。週に一回はレザリーやクレスの元で報告しなければならないし、影で大人が常に警戒している。
それでも追い出されないよりは遥かにマシと思い、エデンはその境遇を素直に受けている。ここから追い出されたら、もう帰る場所はないのだ。
「何か知らない?」
「うーん……」
メテオスは常にかなりの速度で移動し続け、無差別にメテオを吐き出し続けている。転移でもしているのか解らないが、ヘブンズドアでもその行方を掴む事はできなかった。
座標など、こっちが教えてほしいくらいだ。
「災厄の星は、常に一つだけにあらず。そしてまた、その場所は常に一つとは限らず、だ」
おにぎりを頬張っていた姫が急に口を開いた。
「場所を掴むなど、ほぼ無理ではないか?」
姫の一言にグランネストの顔が落ち込んでしまう。無理とわかっていてもやらなくてはいけない、とロウシェン経由で聞いたからだ。
落ち込んだ彼を慰めようとエデンが何か言おうとしたその時。
空間が、揺らいだ。
「!!」
揺らぎを察知して立ち上がった瞬間、転移してきたイシュタルがこっちめがけて飛び込んできた。
踊るようなステップから大きく飛び込まれ、前にいた姫が吹っ飛ばされた。グランネストが慌てて応戦しようとしたが、一瞬の隙をつかれて姫と同じ末路を辿る。
イシュタルはまた踊るように姫とグランネストに止めを刺そうとしたが、その二人の前にエデンが立ちはだかった。
(仕方がないか!)
防御フィールドを発生させて、イシュタルの攻撃を受け止める。その行動にイシュタルは目を少しだけ見開いたが、それに対して躊躇している暇はなかった。
力をこめることでフィールドを強化する。強い防護壁によって攻撃のインパクトを返されたイシュタルが吹っ飛ぶ。やられてくれるかと思いきや、彼女は受身でそれ流した。
「相変わらずの力ですこと」
位の高い相手だからか、イシュタルは礼儀正しい言葉でエデンを褒めた。
「でもよろしくて? ここに来たのは私だけとは限りませんわよ」
「なっ……!?」
その一言でエデンだけでなく、姫やグランネストも顔を青ざめさせた。
気配を探ってみると、確かにいる。5つの感じ慣れた気配が。メタモアーク内に。
イシュタルの言った通り、メタモアーク各場所にて七賢とクルーとの戦いが始まっていた。
とは言え、非戦闘員は全員避難しているので戦っているのは戦闘チームと武装した大人何人かぐらいである。状況は、いたって不利だった。
「脇が甘いんだよ、おめぇは!」
「おわっとぉ!」
高速戦闘が得意のビュウブームは狭い廊下内でヘルモーズと戦わざるを得なくなっていたし、アナサジは主な重火器が使えず、弾を全てヨグ=ソトースに消される有様だ。
そしてGEL-GELは、何と食堂でヤルダバオトと戦っていた。
食堂でご飯を食べていたブビットやニコはアネッセが逃がしてくれたが、こういう場所での戦い方を知らないGEL-GELは思わぬ苦戦を強いられていた。
アリアンロッドは武器格納庫でラキたちを相手に陣取り、ヒュペリオンはブリッジを掌握しようとしていた。
「悪いのですが、今から艦長職を交代していただけませんかね?」
「それは出来ないな!」
何とか援護に駆けつけてくれたラスタルと共に、クレスは狭いブリッジ内で戦う事になった。元々ここは自分のフィールドだが、相手は七賢。油断は出来ない。
全員それなりに善戦してはいるが、メタモアーク内という場所と相手が七賢という事でかなり追い詰められていた。超能力の恐ろしさを、まざまざと見せ付けられる。
そんな中、エデンはイシュタルを振り払って二賢のヒュペリオンの元へと急いでいた。自分がいない今、彼らを指揮しているのはヒュペリオンだ。
何とかして彼を追い払えば、七賢は帰るのではないだろうか。頭さえ抑えれば、勝機はある。
一番楽なのは自分が彼らと一緒に帰ることだが、その選択は一番最初に捨てた。ヘブンズドアを出た時から、もう彼らと行動を共にしないと決めたのだ。
彼らがいる場所は特定できるが、そこに誰がいるのかまでは特定できない。とりあえずカンでエデンはその一つであるブリッジまで走る。
最近になって、ようやくスターリアのナビゲートなしで目的地にたどり着けるようになった。戦闘中の場所は避けながら、全速力で急いだ。
と。
ふわり、と隣で誰かが走っているような気がした。
背丈からしてグランネストたちかと思ったが、格好は全く違う。
「君は?」
声をかけると、隣で走っている子はにっこりと微笑んだ。
――僕に任せて。
口が、そう動いた。
笑みに見とれていると、あっという間に少年は消えた。
そう、文字通りに。
「え? ええ?」
立ち止まって辺りを見回しても、あの少年はどこにもいない。気配すら感じられなくなってしまった。
「幽霊?」
そんな言葉が思わず口に出てしまうが、実際にそういう存在がいるとは思えない。人の思念があそこまで実体化しているものなど……。
――そこまで考えて、ある可能性が頭に浮かんだ。
「……そういう事か」
いない人間の思念は、長い間留まる事ができない。だが、何かしらの媒介さえあれば。
エデンにはその「媒介」が何なのかがすぐに解った。この艦内で、レアメタルと並ぶほどの凄まじいエネルギーを秘めた物質。それと関係がある。
(迂闊だったな。気づかなかったなんて)
レアメタルやGEL-GELばかりに気を取られていて、ほかの事まで頭が回らなかった。七賢がこのことに気づいたら、もっと事態は混乱するかもしれない。
気づかせないようにしないと、余計な情報まで与えてしまう。余計な情報は、人を混乱させ、歯車を狂わせてしまうのだ。
エデンは急いでブリッジまで走り出す。少年に追いつかないだろうが、ヒュペリオンが少年の正体に気づくまでには間に合うはずだ。
ぶつん
その時、メタモアーク全体が停電となった。
原因は保管庫にある電気メテオ。そのメテオが何故か特殊反応を起こし、メタモアーク全体を通っているスターリアのラインを全て切ったのだ。
電灯が全て消え、コンピュータも全てストップした。データこそ全て保存してあるが、外部からのアクセスは受け付けられないようになってしまった。
まるで、メテオ自体が全ての証拠を抹消しようかとしたかのように、電源は落とされたのだった。