今見る風景は過去でもなく未来でもなく現在でもない。
しかし、現実ではあるのかもしれない。
気がつくと、ラキの目の前には廃墟が広がっていた。
「……ここは?」
見たこともないその廃墟に、何となく両親の墓がある墓場を思い出しながらも、ラキはつい口に出してしまう。当然、答える者はいない。
空は白く、曇りとも晴れともつかない天気だ。メックスでも、こんな空は見ない。
一体ここはどこなのだろう。
転ばないように注意しながら、ラキは適当に歩いてみた。誰かがいるとは思えないが、何か手がかりはあるかもしれない。
建物と言う建物は全てガレキの山へと変わっていて、一体どういう場所なのかも判別できない。どういう建物なのかも想像できないくらいだった。
ただ、ガレキに染み付いたかのような跡からするに、ここは人がたくさん来る場所だったらしい。たくさんの人の影が染み付いていた。
もっと推論すると、人がたくさんいる中でここはいきなり崩壊したようだ。何か凄まじいものを中心部で受けたに違いない。
その「凄まじいもの」を想像するが、ラキの頭ではどうも思いつかない。兵器担当のレグなら、何か思いつくのだろうか。
「それにしても、ここは一体どこなんだ」
意味がないと知りつつも、もう一度その問いを口に出した。また返事は返ってこないだろうなーと思っていると。
「ここは貴方の記憶の深淵」
「うわっ!」
知らないうちに、自分の後ろには薄紅色の短衣を着た少年が立っていた。
背丈はグランネストたちと同じぐらいだが、メタモアークのどこかで彼を見た覚えはない。小さい子なら、ある程度は印象強く残るものだが……。
そこまで考えて、ソーテルたちから聞いた「座敷童」の話を思い出した。確か、彼のルックスはこういう感じらしい。
座敷童の少年は、薄く微笑むとガレキにちょこんと腰掛けた。ラキも歩くのに少し飽きたので、別のガレキに座る事にする。
「静かでしょ?」
少年が話しかける。確かにここには自分と少年しかいないから、静かなものだ。メテオスのことも、つい忘れそうになってしまう。
栄えるものはいつか衰え、やがて滅びていく。自分もやがてそうなっていく運命だ。なら、少年がここを「記憶の深淵」と言うのも何となく解る気がする。
だからだろうか。何となく懐かしい気がするのは。
何となく、こんな光景を見た覚えがあるような気がするのは。
「見覚えがある、というのは、古い血筋が何かを伝えようとしているのかも知れないよ。
――例えば、今の貴方のように」
見透かされたような一言に、ラキは雷で打たれたかのように動かなくなってしまった。
ひゅぅぅぅ……ぅぅ……
風の音が強く耳に残る。
気づけばラキの回りには何もなかった。あんなにたくさんあったガレキも、少年の姿も。
そして暗くなっていく世界。上から暗幕をかぶせられたかのように、白から黒へと回りが変わっていった。
夜目はそんなによくない。つい癖でゴーグルを下ろそうとするが、ゴーグルはいつもの場所にはなかった。仕方がないので目を凝らすと、何かが見えた気がした。
暗がりに潜むもの。それはラキがよく見る化け物――コメットだった。
「っ!?」
どう隠れていたのかは知らないが、何十、何百ものコメットがこっちに向かってくる。武器はないが、いつでも逃げ出せるように身構えた。
コメットが、同属を増やそうと手を伸ばしてくる。大きい手から小さい手、しわがれた手からつるつるな手。大小さまざまな手が、ラキに向かって伸びる。
捕まれば、自分も奴らと同じ存在に成り果ててしまう。ラキは死に物狂いで走り始めた。
そして始まる終わりのない追いかけっこ。ラキは常人ほどの体力しかないので、こういう時頭脳派な自分の体をうらんでしまう。
……なのだが、何故か自分の体に限界は来なかった。
足はいつまでも軽やかに動き、そのスピードはいつもよりも早い気がする。一体どうなっているのか。まるで夢の中にいるような感覚に、内心首をかしげた。
だがラキがその答えを見出す前に、追いかけっこは終わった。
目の前が急に真っ白になったからだ。
――……えは……なじじゃ……のか!
(え?)
意識が消える瞬間に聞いたそれは、何故か強く印象に残った。
「……あ、目を覚ましました!」
「ラキさん!」
「少尉!」
次に目を開いて見たのは、見覚えのあるクルーたちの顔だった。フォルテ、ラスタル、サボンが心配そうに自分を見ている。
「ここは……」
同じ言葉を前にも言ったなーと思いながら、ラキは自分の状況を確認する。ここはメタモアークでの医療室。そして自分はベッドの上で寝ている。つまり病人。
しかし何故ここにいるのだろう。そういえば、自分は……。
「いてっ」
思い出そうとすると頭痛がする。思い出せない痛みなのか、それとも思い出したくない痛みなのか、それは解らなかった。
だが、何故か座敷童の少年だけははっきりと思い出せた。何を話したかまでは思い出せないが、確かに自分たちは出会い、会話をした。
「一体何なんだ……」
不思議そうに顔を覗き込んでくる仲間たちを余所に、ラキはあの少年の顔をもう一度思い出していた。
「……貴方、何故接触したのですか」
「僕が決めたことだし」
「15年前、8年前、そして今。いくつもの事件がありました。でも、まだ事実は知られざるべきではないのです」
「その事件に関わった人々が、あの艦に乗っている。それってつまり、もうそろそろ終わらせた方がいいってことじゃない?」
「終わらせるのは我々です」
「貴方たちが始めてしまった以上、貴方たちが終わらせるのは確かに正しいんだろうけど。でも、この宇宙に生きてるのは貴方たちだけじゃないよ」
「ですが、全てを知りながら生きているのは、もう我々だけです」
「本当に、そう思ってる?」
「……まあ、そう思ってないからこうして表に出て探しているんですけどね」
「真実を知ったらどうするの?」
「その時次第です。でも、彼らは何て言うでしょうか」
「僕は貴方たちの仲間のことは知らないけど……。でも、多分悪い方へと考える」
「悪い記憶は、いつまでも残りますからね。僕はともかく、彼らの憎悪は深い」
「だから僕やあの艦を止めないんでしょ? 止められる最後の手段として」
「それは買いかぶりすぎです。僕も奴らは憎い」
……そう、僕は奴らを許さない。全てを消した奴らを許さない。
残った自分を『殺した』奴らに鉄槌を下すまで、僕らは死ねない。
そうつぶやいた黒髪の少年に、座敷童の少年は悲しい笑みを漏らした。
ジオライト星。宇宙連合軍本部。
ここでは常に宇宙地図に載る惑星ほぼ全てを観測しており、メテオに対しての防衛策が練られている。全宇宙共通の脅威、メテオスに対する最大の砦だ。
当然、全連合軍の居場所も出来る限りサーチし、連絡を取っている。メタモアークも例外ではない。
上層部では、そのメタモアークに対しての会議が開かれていた。
「たかが特務部隊一つに、何故そこまで」
これは会議に参加する、一人の大佐の言葉である。
「……ではみなさん。これでよろしいですかな?」
今回の会議の議長役である少将が会議の終了をたずね、参加者全員がうなずいた。
そして彼は、メタモアークに対する命令書に「メテオスの調査」と書き込んで判を押した。