ビュウブームは重傷ということもあって、すぐにメンテナンスルームへと運ばれた。
チーフであるラキが指示を出すべきなのだが、調べたい事もあってラスタルとヴォルドン、GEL-GELをつれてラボに篭ってしまった。
「少尉~。私一人じゃどうすることも出来ません~!」
「私たちだけで二人を治すんですか……はぁ」
サボンが泣きそうな顔で泣き言を言うが、現実は変わらない。ロウシェンに助手を頼んで、フォルテと一緒にビュウブームとアナサジの修理に取り掛かった。
アナサジの怪我はそんなにないからいいものの、問題はビュウブームだ。
無茶したせいで右側のウィングは折れ、ブースターはオーバーヒート寸前。ボディもあちこちが破損しているし、武器は出力の上げすぎで熱暴走しかけていた。
そして何より。
腹の辺りに空から飛来した石が埋め込まれてしまい、取り出したくても取り出せない状態になっていた。しかもその石はすっかり回路に馴染んでいる。
「何なんでしょうね、これ」
サボンが恐る恐る突っつくが、反応はない。
ラキやヴォルドン、GEL-GELあたりならレアメタルだとすぐに判別できるのだが、軍内でも下っ端のサボンたちはレアメタルを知らない。
とりあえず、それを刺激しないように修理をはじめる事にした。気を失っているので、スリープモードにする必要はない。まずは簡単な所から見ていった。
サボンたちがおっかなびっくり修理を始めていた頃、GEL-GELは姫にとっ捕まっていた。
「こらー、我の面倒を見ずにどこに行く!」
「あ、ちょっと今は用事があって……」
「そんな事は関係ない!」
ラキたちが止める間もなく、姫はずりずりとGEL-GELを引っ張る。こうなると聞かないのはよく解っているので、GEL-GELは仕方なくついて行く事にした。
(このわがままさえなければなぁ……)
姫の予知能力などは知っているのだが、彼女はとにかく無邪気すぎる。きつく言えばきちんと守るが、言わなければふらふらとどこかへといなくなったりするのだ。
時たまエデンと何か話しているのは見るが、姫の性格上、エデンは困り果てているようだった。内容までは聞かなかったのだが。
ともかく。今GEL-GELは、姫のわがままに負けてこうして引っ張られている。どこに引きずられるかと思いきや、場所はメンテナンスルームの前だった。
「姫様?」
「ビュウブームが、汝と同じ力を持ったようだな。汝よりも小さいが、汝よりもその力を理解している」
姫の一言にGEL-GELはうつむいてしまった。
偶然にもレアメタルが融合してしまったビュウブームは、自分と同じMETEOSモードを持つことになってしまった。
この事により、METEOSモードはレアメタルがなければ発動できないと言う事がわかったが、それがいいことなのかと聞かれれば首を横に振らざるを得ない。
GEL-GELが悩んでいると、姫がぽんとその背中を叩いてきた。
「あまり悩むでない。あやつ本人に話を聞けば、汝の苦しみも少しは癒されよう」
もう一度大きく叩かれたため、弾みでGEL-GELはメンテナンスルームの中に入ってしまった。
「GEL-GELさん?」
「どうしました?」
修理していたサボンやフォルテ、ロウシェンは首をかしげたが、後からついてきた姫が「ビュウブームと話がしたいそうだ」と言った。
三人はしばらく相談しあっていたが、やがて5分だけという条件を出してそれを許可した。ビュウブーム本人は、うっすらながら意識はあるらしい。
許可を出してくれた三人に頭を下げ、GEL-GELはビュウブームが入っているカプセルへと近づいた。外部の音が聞こえるスイッチを入れると、もしもしと呼びかける。
『GEL-GELだろ? 何となく来るだろうなとは思ってたぜ』
「5分だけ許可を貰いました。でも内容によっては5分では済まされないと思います」
『あれの事だな?』
「……はい」
何を指して言っているのかはすぐに解った。何故METEOSモードの事を知っているのかは知らないが、おそらくラキが彼にだけ話したのだろう。
ビュウブームはついっと自分の腹――タイムのレアメタルが入っている場所を撫でた。
あの時、空中でメテオをけん制しようとして飛んでいた自分にメテオ――レアメタルが飛来してきた。速度が普通のメテオ以上だったため、避けられなかった。
直撃を食らって、しばらくはずっと動く事はできなかった。ダメージも大きかったが、それ以上に自分を侵食しようとするレアメタルを抑えるのに手一杯だったのだ。
侵食は、声だった。
――来い……来…い………コイ…………来い……
――こ……い…………来い………来……い…………
――こっちに来い
それがビュウブームの中を犯し、ずっとわめき続けていた。
危うく飲み込まれそうになったが、自分が倒れればそこでチームが総崩れになるかも知れないという不安と、自分がリーダーなのだからと言う自覚が、地獄から解放した。
『一歩間違えれば、レアメタルそのものになっていたのかもな』
話を聞き、GEL-GELは顔を青ざめる。
自分が捨てられるきっかけとなったあの事故。あれは、自分がレアメタルを抑えきれないから起きた。ビュウブームも、もしかしたら自分と同じになっていたかもしれない。
レアメタルとは、それだけ恐ろしいものなのだ。そして同時に、どのようなものなのか解らない物質なのだ。
「取り外す事はできませんか?」
GEL-GELがそう聞くと、ビュウブームは首を横に振った。
『回路を強引にジャックして、取り外せないようにしやがった。無理やり外せばどんな悪影響が起きるか解らねぇな』
「そうですか」
引き剥がしたい所だが、そこまで食い込んでしまった以上、ビュウブームはもうレアメタルと共に生きるしかない。つまり、彼はいつ暴走するかわからないと言う事だ。
爆弾を抱えているのに等しい。
視界の端で、フォルテがもうすぐ時間だとジェスチャーしてきた。もっと話をしたい所だが、これ以上はダメだろう。
元気になったら、ラキを交えて改めて話をしよう。GEL-GELはそう思った。
『ああ、GEL-GEL』
帰ろうとした時、ビュウブームが自分の名前を呼んできた。何だろうと振り向くと、「メテオの数が少なかったな」と言ってきた。
『俺たちが落とした数や打ち上げた数に比べて、回収できた数が凄ぇ少なかった。これってどういうことか解るよな?』
「七賢……ですか」
GEL-GELが答えると、ビュウブームは無言でうなずいた。
『奴らが何でメテオを集めてるのかは知らねぇが、油断は禁物だ。あまり悩んだりするなよ?』
GEL-GELと別れた(というより、姫が無理やり引っ張って行った)ラキたちは、そのままラボに篭ってビュウブームのデータを調べていた。
暗いラボの中、ラスタルの出した映像はばっちりと見えて細かい点がよく解る。目が悪くなるのが難点ではあるが。
「ほら、ビュウブームの目」
ラスタルが自分が記録したデータのある一点を指した。
遠めでよく解りにくいが、ビュウブームの目はいつもの色とは全く違ったものになっていた。ラキのセンスが悪いわけではないが、この色の方が彼にあっている気がする。
GEL-GELもそうだった。METEOSモードが発動した時、彼の目の色は青ではなく桃色になる。これは一種のサインだろうか。
ヴォルドンはラスタルから貰ったレアメタルのデータを、ずっと自分のモバイルに入力している。前GEL-GELが提供したデータとの違いを調べているのだ。
「レアメタルがエネルギーとなってるから、こんな高出力が出せたってのかよ」
ラキが冷め切ったコーヒーを飲み込んで、ぼそりとつぶやいた。
レアメタルを装備した後の彼の動きは、自分が設計した以上のものになっている。スピードやパワー、高度すら超えているのだ。
高出力のエンジンに取り替えれば、このような芸ができると言うのか。
「でも、フレームが良く持ちましたよね」
「ジオライト製が一番フレキシブルなんだがな……」
ラキがビュウブームとアナサジとラスタルの基本フレームにGEOLYTEを選んだのは、フレームの柔軟性を見てのことだった。
ワイヤロン製はデータ蓄積量は他星の追随を許さないが、代わりに融通が利きにくい。メックスは様々な性能が優秀だが、その分柔軟性がなくて使いづらい所がある。
カスタマイズを施すのならジオライト製、それもGEOLYTEが一番なのだ。基本を抑えているフレームなので、それだけ弄りやすく、フィットするのも早い。
だが、まさかレアメタルもフィットするとは思わなかった。
「ラッキー、なのかぁ……?」
ビュウブームの覚醒により、色々なことが判明したが、その代わりにとんでもない爆弾を背負わされた気がする。
謎を突き詰めようとすればするほど、その謎がロクでもない事件や状況を引きずってきているように思えるのだ。これも、謎を解明するために必要なことなのか。
流石に暗い部屋での作業に目が疲れたので、ラキは電源をつけた。
映像はメテオ防衛線の最後あたり――つまりビュウブームがエネルギー体をぶつけているシーンになっている。
殴りつけたようなインパクトの後、メテオの塊が爆砕した。ただコントロールが出来ないらしく、その対象は打ち上げているメテオなどもあった。
ラスタルは、これをトールハンマーと名づけていた。
「トールハンマー、な。なかなかいいセンスしてるじゃねぇか」
そう言ってラスタルの頭を撫でようとした瞬間、ラキの意識は何故か急に薄れ、何にも感じることが出来なくなってしまった。