METEOS・14

 メタモアーク内、ヴォルドンの部屋。
 研究室もかねているそこで、ケイビオス出身の鉱石学者はいつものように回収したメテオの一つを使って研究を重ねていた。
「うーむ、もう少し情報があると思ったのにのぅ」
 酸素などの空気凝縮体メテオの欠片を片手に、ヴォルドンは研究の手詰まりを感じていた。
 はっきり言って、普通のモノでは調べられるものが限られてくる。とは言え、コメットになる可能性があるので生のメテオには触れない。
 グランネストたち合成人間なら、生のメテオを調べられるのだろうが、あいにく彼らは幼すぎて研究を任せられない。
 もっと何か別のメテオが見つかれば、もう少し研究も進むかもしれないが……。
 うーんと唸っていると、急に部屋に内蔵されているスターリアの端末が、『映像を受信しました』と告げてきた。
「映像?」
 スターリアは優秀なので、個人的なメールと仕事のメールをきっちりと分けたり、迷惑メールを門前払いさせることが出来る。
 ヴォルドンの所には、滅多にメールなどは来ない。興味もあったので、研究を打ち切ってその映像を開いてみた。
 ――映っているのは、GEL-GELの内部映像だった。
「なんじゃい、こりゃ」
 おそらく送ったのは調査中のラキだろうが、一体何の理由でこれを送ったのだろう。
 送られた映像をよく見て……ヴォルドンは目を見開いた。GEL-GELのスキャンされた腹部辺りに、見覚えのあるものがある。
「……なんじゃい、こりゃ……」
 さっきと全く同じ台詞だが、今度は声色が大きく驚愕に染まっていた。

 大揺れは一回だけでは収まらず、何回も続いた。
 揺れがどんどん大きくなるにつれ、ラキはこれは誰かの襲撃だと言うのに気がつく。慌てて通信機に飛びつくが、壊れているのか通信機はうんともすんとも言わなかった。
「くそっ! どうなってやがる!?」
 八つ当たり気味に叩くが、機械は何の反応も示さない。本当に壊れたのかといぶかしんでいると、爆発が近くで起きた。
 凄まじいインパクトに吹っ飛ばされそうになるのを何とか耐え、爆発した辺りの方に視線を向ける。煙がひどくて人影すら見えないが、声はばっちり届いてきた。
「ターゲットを目視した。これより捕獲する」
「捕獲と言うより保護でしょ」
 機械的な男の声と、生意気そうな幼い少女の声。どちらも聞いたことのない声だった。
 やがて煙が消えるにつれ、視界がはっきりしてくる。それによって、攻撃を仕掛けてきた相手が見えるようになって来た。
 一人はフルフェイスメットをかぶった大柄な戦闘用アンドロイドで、もう一人はワンピースを着た気の強そうな少女だ。背丈はアナサジと同じくらいで、十代前半か。
 少女はこっちの方は見向きもせず――というより、いると認識していないようだ――、さっさとGEL-GELが入ったカプセルに向かう。
「お、おい! 待てよ!」
 さすがに連れて行かれては適わないので、大声を上げて引き止めた。声をかけられてようやく人がいることに気づいたらしい。少女がラキの方を向いた。
「何よ貴方」
「GEL-GELをどこに連れてく気だ! 勝手に攻撃しかけといて何も言わずに帰る気か!?」
「GEL-GEL?」
 少女は今連れて行こうとしているGEL-GELの名前を知らないらしい。だがアンドロイドが耳打ちをすると、「ああ、『ジェネシス32』ね」とあっさり言った。
「ジェネシス?」
 聞きなれない言葉にラキが首を傾げるが、少女はふんと鼻で笑うだけだった。
「あんたみたいな何も知らない奴には宝の持ち腐れよ。私たちが使った方が、はるかに彼のためになるわ」
「『使う』だぁ!?」
 その言葉に、ラキが憤慨した。
 メックス星人であるラキにとって機械物というものは身近にあるものだが、同時に命と同じ存在である。メックスにとって、機械は自分を進化させてくれたものだからだ。
 だから『使う』という、ただのモノ扱いの台詞が聞き捨てならなかった。ましてやGEL-GELはアンドロイド。『使う』と言う言葉はなおさら許されないはずだった。
 しかし、少女にとってはラキはただうざったいだけらしく、アンドロイドの方に向かって「うるさいからやっちゃってよ!」と言い放つ。
「そういうことだ。お前は排除する」
 淡々と告げるアンドロイドが構える銃の焦点が、ラキに固定される。引き金が引かれようとするその瞬間。

 カプセルが、半ば強引に開かれた。

 ほとんど一瞬の間に、ラキとアンドロイドの間にGEL-GELが割って入る。スリープモードを解除していないはずなのに、だ。
「GEL-GEL!」
「ジェネシス32!」
 ラキと少女の声がかぶる。その間GEL-GELは手刀でアンドロイドの銃を跳ね飛ばし、流れるように蹴りを決める。
 大きく吹っ飛ぶアンドロイド。少女がそれを見て、「ヤルダバオト!」とアンドロイドの名前を呼んだ。
「ヤルダバオト?」
 少女が呼んだ名前に、GEL-GELが一瞬いぶかしげな顔をするが、すぐに迎撃体制をとる。相手は武器を持っているが、こっちは素手なのだ。
 GEL-GELが警戒心を崩さずに見つめる中、アンドロイド――ヤルダバオトがゆっくりと起き上がる。フルフェイスメットが邪魔で、その表情は見えなかった。
 跳ね飛ばされた銃を拾い、今度はGEL-GELに狙いを定める。ラキをかばったままなので、GEL-GELは受け止めるために体勢を立て直した。
 火花が散る音も聞こえなくなるほどの張り詰めた空気が、ここら一帯に広がっていく。誰もがわかっているのだ。この次の攻撃で、全てが決まると。
 ……均衡を破ったのは、どちらでもなかった。
『ラキ少尉、聞こえますか!? こちらはメタモアーク! 応答してください、ラキ少尉!』
 通信が復活したらしく、切羽詰ったサーレイの声が飛び込んできた。思わずラキがそっちを向いた瞬間、ヤルダバオトが飛んだ。狙いは……ラキ。
「っ! しまった!!」
 慌ててGEL-GELがラキのガードに回ろうと動くが、それより先にヤルダバオトの銃がラキを狙う方が先だった。
 ここでやられるわけには行かない。ラキがその狙いから逃げようとした瞬間、通信機からまたサーレイの声が聞こえた。
『ラキ少尉! メタモアークが襲撃を受けています! 至急GEL-GELを連れて戻ってきてください! ラキ少尉!!』
「何だって!?」
 サーレイからの通信に、ヤルダバオトが狙っているのにもかかわらず、そっちに注意を向けてしまった。ヤルダバオトにとってはチャンスだが……。
「……なんだ、もうあっちは仕事が終わってるのね」
 少女の一言に、ヤルダバオトの動きが止まった。GEL-GELが、その隙にラキの元に駆け寄る。だが二人にとっては、もうどうでもいいことらしい。
 ヤルダバオトは少女の元に戻り、何かを話す。そのまま二人で相談していたようだが、すぐに話がまとまってこっちの方を向いてきた。
「運がいいわね。こっちの仕事は失敗だけど、あっちは仕事をこなしてくれたみたい。だから帰るわ」
「アリアンロッド、ジェネシス32はいいのか」
 ヤルダバオトの一言に、少女――アリアンロッドが肩をすくめた。
「時間切れよ。しばらくはあいつに預けておくわ。……それじゃあね」
 最後の言葉はラキたちに残して、アリアンロッドとヤルダバオトは消えた。

 最初ぼーっとしていた二人だったが、通信の事を思い出して、すぐにメタモアークに戻った。