METEOS・11

 背水の陣で挑んだ戦いは、あっという間に敗戦の色が濃くなってきた。まあ、相手は無数のメテオだから仕方ないといえば仕方ないが。
 それでも執念に近い意志で惑星防衛を命じたクレスの顔は、巌のように固く動かなかった。
 ――この道は間違っていない、と信じている顔ではなく、動揺を悟られないようにあえて固い顔をしている事に全員は気づいていた。

 どぉぉん!!

「きゃぁぁぁぁっ!!」
『第四装甲完全破損! 後一撃でダメージは第三装甲にまで達します!』
「丸裸は時間の問題ですなぁ」
 レイの悲鳴とスターリアの報告にまぎれて、フォブがのんびりととんでもない事を言う。危機感がないのはヒュージィ星人の特徴だが、今回ばかりはイラつく。
 何度も揺れるブリッジの中で、そろそろ撤退を考えるべきだとフィアは考え始めた。
 元々戦艦でメテオ全てを弾き返せるわけではない。メテオが無数なのに対し、こちらにはエネルギー切れなどがあるからだ。
 地元の惑星と協力できれば何とかメテオをしのぐ事ができるが、戦艦一隻ではとても無理な話だ。
 クレスもそれが解っている。解っていても動けない何かが、このヘブンズドア星にあるのだ。
(それを突き止めるわけには行かないわね)
 問い詰めれば教えてくれるかもしれないが、それはクレスの過去を暴露させ、彼の心を傷つける事に他ならない。そこまでして得るものは何もないからだ。
 それにしても、この現状をひっくり返す何かはないのだろうか。
 GEL-GELが初陣に見せたあの力があれば、もしかしたらこの窮地をひっくり返せるかもしれない。ひっくり返せないかもしれない。
 どちらにしても、彼の力の頼るのも分の悪い賭けだ。なら他には何が……?

 だんだん窮地に追いやられていくメタモアークに、戦闘チームの苛立ちが鰻上りになっていく。
 こんな時に何もできない。こんな時のためも想定して作られたはずの自分たちが、何もできない。それが悔しいのだ。
 しかし、いくら苛立ったところで相手は自分よりサイズの大きいメテオ。しかも大量とあっては、無条件で撤退か白旗を上げるしかない。
 ビュウブームたちはそれが解っていた。長い間コメットやメテオと戦ってきた彼らは、誰よりもそれらの恐怖を良く知っている。一歩間違えれば死ぬ事も。
 だが、たった一人だけそれが解っていないのがいた。
「……行って来ます!」
「お、おい!」
 とうとう焦れたGEL-GELが勝手に換装パックを装備して、外へと飛び出してしまう。あまりにも唐突なので、誰も止める余地はなかった。
 GEL-GELの無断出撃はすぐにブリッジにバレたらしく、クレスが『発進許可は出していないぞ!』と回線で怒鳴り込んできた。
『何を考えている!?』
「すんません。説教は後で受けさせます」
 リーダー役であるビュウブームはそれだけ言うと、すぐにGEL-GELの後を追って外に飛び出した。

 戦場では、既に主砲以外の閃光の花が咲いていた。
「ミサイルとか全部撃ち尽くす気かよ!」
 換装パックはまだ設計・開発したばかりで、ほとんどテストもしていない。ラキとレグは大丈夫だと太鼓判を押したが、この状態でまともに動いてくれるのか。
 愛用の大型レーザーブレードを片手に、ビュウブームはGEL-GELの姿を探す。混戦状態の今、攻撃をかわすので手一杯だ。
「もっと戦闘シュミレーションを真面目にしときゃよかったぜ……!」
 今更愚痴ったところで始まらない。メテオをかいくぐりながら、彼の行ったであろう場所へと急いだ。
 やがて、そう遠くない場所で戦っているGEL-GELを見つけた。換装パックに備えられた武器を全部使い尽くす勢いで、メテオに攻撃し続けている。
 取り押さえようと背後から回るが、その背後からメテオが迫ってきた。GEL-GELを取り押さえる事に集中していたビュウブームは、それに気づかない。
 何事か、と振り向いた瞬間、メテオが弾かれて何とかビュウブームは一命を取り留めた。
「アナサジちゃん!」
「ビュウブーム、急いで!」
 どうやら後を追って出てきたアナサジが、ミサイルランチャーで援護してくれたらしい。これなら、少しは安全に彼に近づけそうだ。
 GEL-GELが気づきそうなぎりぎりのラインで、ブースト全開にして突っ込む。こっちを振り向いた瞬間に、その顔を殴り飛ばした。
「何を!?」
「頭冷やせ! これを全部どうにかできるほど、お前は強いのかよ!?」
 かっとなっていたGEL-GELの思考は、ビュウブームのその一言で真っ白になったらしい。手に持っていたレーザーライフルを落とした。
 どうやらあっちも話がまとまったらしく、主砲が撃たれなくなった。敗戦色が濃くなったメタモアークに、抱えるような形で強引に引っ張っていく。
「あのな、お前がどんな過去を持ってるのかは俺は知らないし、知る気はねぇ。だけどな、ここに来てここでやっていく以上、お前は俺たちの仲間なんだよ」
 アナサジの援護射撃も、どんどん回数が減っていく。こっちが戻ってくるのもあるが、弾切れが近くなってきたのだ。
 この戦いは、自分たちの負けだ。
「勝つ時は一緒だし、負けるときも全員一緒だ」

「主砲エネルギー、10%低下! 70%を切りました!」
「メテオ数、1万を突破。なおも増大」
「艦長! ビュウブーム、GEL-GEL両名着艦しました!」
 送られてくる情報は、ほとんどが敗戦を伝えるものばかりだった。それでもクレスは撤退の命令が出せず、ただ一人迷っている。
「私は…………なだけだ……」
 ぼそぼそと何かをつぶやくが、アラーム音やオペレーターの叫びにかき消され、誰一人としてその言葉を聞き取る事ができなかった。
 頭痛とともに頭が下がりそうになった瞬間、ブリッジのドアが開いた。

「このまま逃げ出してもいいですよ」

 その一言に全員が振り向くと、監視役でもあるニコやブビットと共にエデンが立っていた。
「人の命には代えられません。このまま滅亡しちゃってもいいんですよ、この星は」
 さらりとした一言に、全員が絶句してしまう。仮に七賢ではないとしても、ヘブンズドア星は彼にとっては大切な星ではないのか。
 その視線に気づいたのか、エデンはまたさらりと言葉を続けた。
「星が滅んでも、人は生きていきます。生きていけます」
 重苦しい沈黙が、ブリッジ内を満たした。
 負け戦には慣れているが、こうして星が滅びるのを間近で見るのは辛い。その星の住人が艦に乗っているのならなおさらだ。
「……メタモアークは、この星から離脱する」
 重苦しい沈黙を破ったのは、この艦のクルー全員の命を預かる艦長からだった。
「え?」
「聞こえなかったのか。この惑星から離脱する。ワープ準備を急げ」

 

 宇宙基準時間午前七時四十一分。
 ヘブンズドア星、滅亡。