オレの名前はメタル。ヨッチ族だ。
何、ヨッチ族を知らない? ああ、そこから説明せにゃならんか。
ヨッチ族ってのは、まあなんだ、時間の流れを見守る種族だ。こんなぬいぐるみみたいな見た目だからそうには見えないだろうがな。
当然っちゃ当然だが、そんなオレたちの村は一般的な時間の流れから外れた場所にある。そんなもんだから、村にいるのは全員ヨッチ族。人間を始めとした生き物はいない。
……はずだった。
「……はぁ」
人間が迷い込むわけがないヨッチ族の村。……なんだが、人間がいる。
肩口で切りそろえられたサラサラの髪に、紫の服。背中に背負った剣。そんな青年が、端っこで座ってため息をついている。
何度も言ってるが、このヨッチ族の村には人間が入り込むことはない。だが、唯一の例外がいる。それが勇者だ。
実はオレもその勇者に誘われてこの村に来たんで、あいつの事は知っている。でも、さすがにこんなにブルーな状態なのは初めて見たな。世界は平和になったってのに、何が不満なのやら。
誰か話しかけろよと思うが、周りの連中は空気を読んでるのか近づきすりゃしない。中には「憂いを帯びた勇者さまもかっこいいッチ!」なんて勘違い発言してる奴もいるが。
やれやれ。オレが出向くか。
「おい」
「……ん?」
ぺちぺちと頬を叩くと、勇者がこっちを向いた。ほー、もうちょい考え込んでるかと思ったがな。
「どうした?」
「え?」
「天下の勇者さまが、ここまで来て膝抱えてめそめそとため息ついてる理由は何だ、って聞いてるんだ」
「僕はそこまで落ち込んでるつもりは……」
「あぁ? 明らかに落ち込んでただろーが。『はぁ~』ってな」
「……」
自覚はあったらしいな。やれやれ。
「で、原因は何だ?」
「……」
拒否の沈黙ってか。これは相当時間がかかるな。……まあ余所様のもめ事に首突っ込む理由もないし、オレはここらで退散するかね。
そんな感じでそそくさと退散しようとしたら、肝心の勇者さまから「待って」とお声がかかった。
「正直、誰にも話せなかったんだよね……。少しの間、聞き役になってくれないかな?」
「それで勇者さまの気が済むんならな」
「済むよ。少しはね……」
そう言ってまたため息一つの勇者さま。悩みの原因を話してくれた。
事の始まりは、「願い事が思いつかない」ことだったらしい。
物語でよくある「願い事を叶えてやろう」って展開になったらしいが、どうも勇者たちはその「叶えてほしい願い事」ってやつが思いつかなかったんだとか。
欲張りな悩みだと思うが、なまじ「誰かの力を借りずに自分の力で何とかする」って連中がそろってるもんだから、そういう展開になると逆に困ったようだ。
「もう思いつかないなぁ……。何があるんだろう」
「己の心に問いかけてみるんだ。自分の幸せとか、いろいろ思いつかないか?」
「それでもなあ……」
「こうなったら小さい物でもいいぞ? 例えば恋の願いとか」
『神』がうっかり言った「恋の願い」。こいつがまずかった。
真っ先に仲間の方が「だったら相手がいるじゃな~い!」と食いついちまったらしい。
「もしかしてエマの事?」
「そうそう! あんなに大事にしてたんだし、ここらで一気に進展するきっかけでももらったらどう?」
「え??」
「それじゃ! ユグノアの再生を頼もうと思ったが、それなら譲るぞい!」
「でも」
「ふむ、勇者には大事にしたい相手がいるのだな! 愛する者がいる、いい事ではないか!」
あれよあれよのうちに、「勇者さまの恋を成就させる」という流れになり、押されるように勇者も「じゃあ……」と言っちまったらしい。
それが「幼馴染との結婚」という願いになって叶えられたってわけだ。
「村に着いた時は驚いたってもんじゃなかったよ。母さんも村長もみんな、僕とエマが結婚した、おめでとうって言ってくるし」
「神様がお告げみたいな感じで『こいつらはもう夫婦だから』って言いふらしたんだろ? 別にそこまでビビるほどでもないだろが」
「家には記憶にない結婚式の写真があって」
「え」
「エマからは『プロポーズされて嬉しかった』って言われて」
「……そりゃ怖いな」
願いの結果だけが、勇者の元に残ったってわけか。そうなるまでの「経過」を省略された「結果」を見せられるってのは、さすがに怖い。確かに、これは誰にも話せないな。
しかし、それだけならそのエマと離婚すりゃいいだけの話じゃないかね? 世間体には悪いが、本人が嫌な婚姻なら無理に続ける必要はないと思うんだがな。
オレが正直にそう言うと、「でも、エマが嫌いってわけじゃないんだ」と反論してきた。
「死んだと思った時は目の前が真っ暗になるくらいに落ち込んだし、生きてるのを知ってた時は本当に嬉しかった。勇者だと言われて旅に出る前は、ずっと一緒なんだろうって思ってたよ。
でも、改めて結婚するほど好きだったのかなって思うと、解らなくなったんだ」
「優柔不断かよ」
「……返す言葉もないね……」
この勇者さま、オレの正論に頭抱えたよ。自覚してるならまだマシか?
「これでも好きになる努力はしたつもりなんだ。新婚旅行にも連れて行ったし、その……夜の方はまだだけど」
それでもまだ違和感がぬぐえない、と勇者さまは言った。
夜の方がどういう意味かは解らないが、一応夫としてやることはやってるらしい。真面目なことだが、それでどうにかなるんならここで悩みもしないだろう。
……まあとりあえず、勇者の悩みは解った。
要は、放置されていた問題が強引に「解決」したことで、心が置いて行かれたんだろう。オレたちヨッチ族は恋するって感情についちゃよく知らんが、適当に解決してはいけない問題だってのは解る。
しかもその解決の結果があの結婚。そりゃため息もつきたくなる。
仲間は勇者を思いやったんだろうが、余計なおせっかいだったわけだ。そのおせっかいもまた、勇者を苦しめている原因になっているから厄介だ。
さて、どう切り出すかね。
オレがそれについて悩んでると、隣の勇者がふぅ、とまたでかいため息をついた。
「何でこんなことになっちゃったかなぁ……。恋とか考えたことなかったのに、みんなしてエマが好きなんだろうとか、結婚して嬉しいだろうとか」
「……そりゃお前が「勇者さま」だからだろ」
切り口を見つけたんで、乗っかってやった。
「お前はな、お前が思う以上に世界の全てから注目されてるってこった。それこそおはようからおやすみまで、一言一句全てがな」
「全てが?」
「そうだ。悪く言やぁ、お前は世界中から監視されてるようなもんだ。だからお前は全ての発言と行動に対して、責任を持って行動しなきゃいけない。そう思ってる。違うか?」
「……」
思い当たる節があるらしく、勇者は黙り込んだ。踏み込むなら今なんで、思い切ってびしっと指(あるのかなんて聞くなよ?)を指して言ってやる。
「今回まずかったのは、お前が放置していた問題に踏み込まれた事だろうな。そればっかりは「勇者さま」として決める問題じゃなかったんじゃないのか?」
「……そうだね」
お。さっきまでとは違って、少しはマシな声色になったな。こんなオレの言葉でも、少しはいいものだったらしい。はぁ~っと大きく息をついた。
「確かに、『僕』が解決しなきゃいけない問題だもんな。勇者でも王子でもない、『僕』が」
おいおいこの勇者さま、王子さまでもあったのかよ。どんだけ肩書き持てば気が済むんだ。まあ、そこは黙っておこう。余所様の肩書にいちいちつっこんでたらやってられない。
「よしっ」
おもむろに勇者がすくっと立ち上がった。
その佇まいに、さっきまでのブルー状態の陰りはどこにもない。その証拠に、遠巻きにしていたほかのヨッチ族がきゃっきゃと騒ぎ出した(見てないでなんか言えよ)。
「アドバイスありがとう。おかげでどうすべきか解ったよ」
勇者がオレの頭をなでながら言った。
人間の手は暖かい。今までずっと知らなかった事だ。教えてくれた勇者さまに感謝だな。
「どういたしまして」
お礼に撫でてくれている手に、自分の手を重ねてやった。メタルのヨッチの手はひんやりしてるから、ちょうどいい刺激になるだろう。
「んじゃ、ちょっと行ってくるよ。自分の失言をどうにかするためにね」
あれ以降、勇者はここに来てはため息をつく……という事はなくなった。というか、滅多にここに顔を出さなくなった。
ヨッチ族の連中は「今度はいつ来るのかなー」とのんびり予想しているが、オレとしてはそうそうここに来ないだろうと踏んでいる。何だかんだ言って、オレたちはヨッチ族、勇者は人間。住む世界が違う。
……ああ、一度この村に来て、最後に言った「自分の失言をどうにかする」のが上手く行ったのかだけは教えてくれたな。
あの後、勇者は願いを叶えた『神』の元に行って「結婚をなかった事にしろ」と迫ったらしい。迫力に負けた『神』はその願い?を叶え、結婚そのものをなかった事にしたらしい。
その後については知らない。知るつもりもない。
改めて幼馴染にプロポーズしたのか、それとも別の女を選んだのか、もしかしたら誰とも結婚せずに自由気ままにやってるのかも知れない。不明のまんまだ。
何故かって?
そりゃ知るのは野暮だからだな。勇者でもない、一人の男の人生なんだ。人が……ましてやヨッチ族のオレがあーだこーだ言う事でもないさ。
だが、不幸せでないのは知っている。だってあいつは最後にこう言ったからな。
「幸せだよ。勇者でもユグノア王子でもイシの村の人間でもない、ただの『僕』を見てくれる人が隣にいるからね。
……何よりその人を自分の意思で選ぶことが出来たんだ。幸せじゃないわけないだろ?」