1月23日。
才悟が目を覚ますと、陽真がおはようの挨拶と一緒に「誕生日おめでとうな!」と付け加えてきた。
「え?」
唐突な祝福な言葉に首をかしげていると、陽真は呆れた顔になってカレンダーを指さす。
「忘れてたのかよ。今日は23日。才悟の誕生日だろ」
「あ……」
言われてようやく思い出す。去年と違って陽真たちが普通にしていたので忘れていたのもあったのだが。
窓に近づいて外を見てみる。去年は雪が降りそうな天気だったが、今年は雲一つない空がそこにあった。才悟は少し残念な気持ちで窓から離れる。そんな才悟の肩を陽真がぽんと叩いた。
「ま、雪は降らないけど、仮面カフェでお祝いやってくれるって言うから行こうぜ」
「……解った」
仮面カフェ、の言葉で連鎖反応的に思い出す凜花の顔。謝った時は苦笑で「いいのよ」と言っていたが、その目が赤かったのを才悟は見逃していなかった。
彼女を悲しませたのは自分だ。それについて、しっかり謝らなくてはならない。何故なら、彼女を悲しませないと誓ったのは自分だから。
仮面カフェに行くと、もう既に深水紫苑と蒲生慈玄が来ていた。
二人はこっちの顔を見るなり「誕生日おめでとう」と言ってきたので、ありがとうと返す。最初二人はびっくりした顔になったが、すぐに笑顔になった。そのやり取りが聞こえたか、レオンが厨房から顔を出した。
「おお、魅上さま、お誕生日おめでとうございます!」
レオンだけと言うのは少し不思議に思ったが、お祝いの言葉にはさっきと同じように返す。
「ケーキは既に用意してあります。ささ、VIPルームへどうぞ」
レオンに誘われて、才悟たちジャスティスライドはVIPルームに入る。ルームには既にケーキと人数分の皿とフォークが並べられており、凜花が紙袋を持って座っていた。凜花は才悟の顔を見るや否やさっと紙袋を隠す。気になったが、今は聞かない事にした。
何か言おうとしたが、先にレオンがケーキを切り分けて「さ、魅上さまどうぞ」と差し出してくる。受け取らないわけにはいかないので、ケーキを受け取って一口食べた。去年と同じく雪をイメージして作られたそれは、才悟の口の中でさらりと溶けた。
「旨い」
「おお、お口に合われたようで何よりです!」
製作者であろうレオンが大喜びで手を叩く。それを皮切りに陽真たちも切り分けられたケーキを取り、もぐもぐと食べていく。凜花も受け取って食べていた。
「うん、美味しいわね」
久しぶりに見た凜花の笑顔に、才悟は思わず見とれそうになる。機嫌がいいのだろう、柔らかで優しいそれは、先日のそれとは大きく違っていた。
いつでも才悟の胸をときめかせる笑顔は今、自分には向けられていない。それがほんの少しだけ悲しく、そして向けられているであろう皆に少しだけ嫉妬してしまう。
(いけない)
膨れ上がりそうなもやもやとした感情をに蓋をして、才悟は残ったケーキを平らげる。幸い、自分の方に目を向けている者は誰もいなかったので、才悟の苦しみに誰も気づいていないようだった。……否。
「それじゃあ、ぼく達は先に帰ろうか」
ケーキを食べ終えた紫苑がすっと立ち上がる。その切り替えぶりに慈玄が首をかしげるが、笑顔の陽真に耳打ちされて渋々立ち上がった。凜花は不思議そうに三人を見るが、レオンが笑いながら肩を叩く。それでようやく彼らが立ち上がった理由が解ったらしい。顔が赤くなった。
レオンもいなくなったことで、VIPルームにいるのは才悟と凜花だけになる。
お互いの呼吸すら聞こえそうなぐらいの沈黙が満ちるが、かさりと紙が触れる音が鳴った。
「凜花?」
声をかけると、凜花はびくりと反応する。見てて可哀想になるくらいに慌てていたが、やがて意を決したかそっと才悟の前に紙袋を差し出した。丁寧にリボン掛けされたそれを開けると、中からデフォルメされているものの見覚えのある虫……ツノアリツノツノのぬいぐるみが出てきた。
ぬいぐるみと凜花を交互に見る。誕生日に渡されたと言う事は、つまり。
「せっかく恋人同士になったんだし、個人的に何かを渡したかったの。でも何を渡せばいいのか解らなくて、伊織くんに相談しようと思って……」
……ようやく先日のことが解って来た。
凜花が何か隠していた事、陽真やランスの「待った方がいい」というアドバイス。それは全部、今日のためだったのだ。
「伊織陽真に相談して、これを作ったのか?」
才悟が聞くと、凜花は首を横に振る。
「私なりに考えて渡した方がいいって言われちゃったから、頑張って考えて作ったのよ。才悟くん、虫が好きだから」
「そうなのか……」
改めてぬいぐるみを見てみる。デフォルメながらもツノアリツノツノの特徴を掴んでいるそれは、こちらに向けてにっこりと笑顔を浮かべていた。
ふと、凜花の手を見てしまう。もじもじしているその手は、絆創膏が何枚か張られていた。慣れない裁縫で怪我をしながら作っていたのだと解り、才悟はツノアリツノツノのぬいぐるみをひとまず脇に置いた。
傷のある手をそっと握ると、凜花がはっとして才悟の方を見る。
「オレのために無茶をさせてすまない。キミには謝ることだらけだ」
深々と頭を下げると、凜花は慌てた顔になる。
「謝る事なんて全然ないわよ。プレゼントしたいと思ったのは私自身の意思だし、怪我をしたのも私がしっかりしてなかったからだもの」
「しかし」
「気を遣わないで、ね?」
そう言って微笑まれると、もう何も言えなくなる。ついうつむいてしまうと、凜花は手を握り返してきた。
「だったら、私の誕生日に何かプレゼントをしてくれる? 期待してるから」
「……! そう言う事なら頑張る。キミに喜んでもらえるプレゼントを絶対に用意する」
凜花に「宿題」を出され、才悟は目を輝かせる。凜花の誕生日は3月21日。その日までに、彼女に相応しいプレゼントを用意しようと心に決めた。
それにしても。
恋人というだけで色々と新鮮だ。プレゼント一つでもこんなに感情が揺さぶられるなんて思わなかった。嫉妬もこんな気持ちは初めてで、才悟にとっては何もかもがどきどきとわくわくで満たされている。
と。
才悟はある事を思いついた。ドラマの恋人たちがやっていた事。あれをやってみたくなった。
「凜花」
声をかけると、彼女はさっきとは打って変わって普通に「何?」と聞いてくる。その唇は柔らかな笑みをたたえたままだ。そんな彼女の顔をまっすぐ見ながら、才悟はねだってみる。
「き、キスを、してみないか」
すっと言うつもりだったのに、何かがひっかかったような言い方になってしまった。だがはっきりとは言えた。
凜花の方はと言うと、さっきまでの柔らかな態度から一変して顔が見る見るうちに赤くなっていく。目は真ん丸で口はぱくぱくと開いているものの、言葉になっていない。
「……どうだろうか」
かすれ声ながらも迫れば、凜花は顔を赤くしながらもこくりと頷いた。
キス。唇と唇を重ね合わせる行為。当然だが才悟は初めての経験だ。凜花は解らないが、りんごもかくやと言わんばかりの顔色を見ていると、経験はなさそうだ。
凜花の身体を引き寄せると、彼女も覚悟を決めたのか、腕を才悟の後ろに回した。その必死な顔を見て、才悟も唾を飲み込んで彼女の唇に自分のそれを重ねた。
初めてのキスは柔らかく、さっき食べたケーキの味がした。
息苦しくなる前に唇を離すと、凜花はぽふっと才悟の胸に飛び込んだ。
「才悟くんの唇、柔らかかった」
蚊の鳴くような声で呟かれ、才悟の顔も赤くなってしまう。見られないように抱きしめてから、キミもだ、と答えた。
たった一度のキスでこの始末。こんなに恥ずかしく、幸せなものだとは知らなかった。これも恋がもたらすものなのだろうか。
「……キミが好きだ」
何もかもが熱いまま思いのたけを打ち明ければ、凜花も腕の中から私も、と答える。
そのまましばらく、二人は抱擁を交わし合うのであった。