仮面カフェ用の仮面をつけたまま、ばたばたと奥の奥――ライダーステーションまで走った。泣ける場所があってよかった、と凜花は心の底から思う。
あの時店にいるのが陽真と才悟だけで良かったと思う。関係ない店員や客がいたら迷惑をかけてしまうし、最悪店の評判に繋がってしまう。自分のせいで他の人たちに迷惑をかけたくなかった。
(もう、かけてるか)
取り残された陽真やレオンを思う。今頃、才悟に何故何故と詰め寄られているに違いない。彼の事だからプレゼントについて口を割る事はないとは思うが、それでも隠し事を抱えさせてしまったので困り果てている事だろう。
……いっそ、ぶちまけてもらった方がいいのかも知れない。
お前が好きになった女はこんな事を言ってたぞ、ぐらいの笑い話にして、才悟を落ち着かせてやってほしい。そうすれば、才悟も困らずに済む。自分ではきっと、逆に困らせるだけだろうから。
結局、自分ではダメなのだ。そう思うと、また悲しくなって涙があふれてくる。
才悟に渡すプレゼントを考えたい。それだけだったのに、どうしてこうなったのだろうか。自分の頭と要領の悪さにも情けなさを感じて、更に涙が増えていった。
もう走る気力もなくして座り込んで泣いていると、近くでドアが開く音がした。それでも目を閉じて泣いていると、「さて、風呂にでも入るかな」と聞き覚えのある声が上から降って来た。
「凜花!?」
声の主――阿形松之助もこっちに気づいたらしく、そっと背中を撫でられた。頭ではなく背中と言う部分に優しさを感じ、さらに涙が溢れ出てしまう。今度の松之助は慌てる事もなく、背中をさらに優しく撫で続ける。
やがて涙が落ち着くと、凜花はポケットからハンカチを出して涙を拭く。その間、松之助は何も言わずに隣で座りこんでいた。
「一体何があったんだ?」
松之助に問われてどこまで話すか悩む。元々は自分の思い込みから始まったようなものだし、才悟や陽真に迷惑をかけさせたくない。しかし。
「才悟のことか?」
松之助は何となく察してしまったらしい。まあ滅多に泣かない自分が泣く理由など、大抵は才悟関連の事だから解るのだろう。誤魔化したりする理由もないので、凜花は素直に頷いた。事情をざっと説明すると、松之助はがりがりと頭をかいた。
「なるほど、才悟にプレゼントを渡したくてリサーチしようとしてたわけか。でもなぁ……」
「でも?」
「陽真だって才悟の事をよく知ってるってわけじゃないぞ。あそこまで仲良くなったのも、色々苦労してのことだからな」
「苦労……」
二年間の間、ずっと一緒にいたのだろうから、それなりに苦労はしてきたのだろう。凜花も今こうして苦労しているのだから。そんな当然なことを、松之助はなぜ今になって言うのだろうか。
全く解らない顔をしていたのか、松之助が「俺はBクラスだから又聞きな部分もあるんだけどさ」と苦笑を浮かべた。
「才悟はああいうマイペースな男だからさ、会話を続けるだけでも大変だったんだよ。ジョークとかいじりとか解らないから、『何故?』とか『興味ないな』ばっかりで、あいつと会話するのはまず不可能って言われたぐらいなんだ」
「……」
何となく想像が出来た。
「それでも同じ部屋だからとか言って、陽真は何度も話しかけて、ようやく会話が出来るぐらいにはなったんだ。その時才悟の気になるものとかいっぱい調べてたから、あいつの事をある程度解るんだよ」
「そう……」
松之助に説明されて、更に気が重くなっていく。
陽真も二年間コツコツと努力をして、才悟の事が解るようになったのだ。たかが恋人になった程度で、自分が彼に勝てるわけがなかった。だが。
「だから陽真は驚いたんだろうな。自分の方が才悟の事を知ってるなんて言われたことにさ」
「へ?」
松之助の言葉に凜花は目を丸くする。驚いた? 本当に?
「凜花は才悟とあっさり会話できるようになったし、自分から恋をしていると言わせただろ? そんな君から『自分より知ってる』なんて言われたらびっくりもするさ」
「びっくり……」
全然考えた事もなかった。
思えば才悟とのやり取りでマイペース加減に困ったことはあるが、会話ができないと思ったことはない。話す言葉一つ一つをちゃんと紐解けば、彼自身本当に疑問に思っている事がよく解ったし、逆に深く考えたことがなかったからこその新鮮な驚きもあった。いざとなったら会話の内容を大きく変えるという事も出来た。
そして告白。あの時の才悟はアドバイスこそもらったものの、自分から恋という感情を打ち明けた。その時から、自分たちは友情やライダーとエージェントとの関係とはまた違った絆を得たのだ。
「プレゼントは大変だろうけど、自分で考えろって事だな」
「……ですね」
凜花は苦笑いを浮かべた。恋人になって初めてのプレゼントなのだから、自分……否、二人で解決すべき事なのだ。
「難しい問題だろうけど、凜花ならやれると信じてる。頑張れよ」
大きな手で頭を撫でられる。その手が暖かくて、本当にできそうな気がしてきた。
一方才悟はいきなりいなくなった凜花に対して首をかしげていた。
いつものように隣の陽真に聞くが、陽真は困った顔で「何でだろうなぁ」としか答えてくれなかった。そんな中、ドアベルが鳴って入って来たのはランス天堂だった。
「いらっしゃいませ」
凜花の代わりに挨拶するレオン。ランスはそんな彼にコーヒーを頼むと、気になったのか才悟の隣に座る。何かあったのかい、と聞かれたので、才悟はぽつりぽつりとさっきまでの事を話した。
話を聞いたランスはふむ、と顎を撫でてから「それは悪手だったね」と呟いた。
「あくしゅ? オレはエージェントと握手していないが」
「そっちじゃないよ。悪い手だったねってことさ」
はっきりと言われて、才悟がしょぼんとした顔になる。悪い手……自分は、間違っていたらしい。
「凜花も凜花で悪いところはあるが……、魅上、少し君は焦り過ぎたね」
「そうなのか?」
「ああ。こういう時は相手がちゃんと話すまで待つべきだったんだろう。特に凜花は背負い込みやすいから、必要なのは寄り添う事だ」
「寄り添う……」
確かに、言われてみればそうなのかも知れない。自分は焦って何かあったのかとばかり聞いていた。あの時の彼女は何か隠しているような気がしたから。
……否、それだけではない。
あの時間違いなく、自分は凜花の隣に陽真がいたことに対してもやもやした。伊織陽真に話せて自分に話せない何か。それが知りたかったのだ。そう言えば、世間ではそれを「ヤキモチ」と言うのだと、かつてドラマか何かで言っていた気がする。
「オレはヤキモチを妬いていたのか?」
ランスと陽真にそう聞くと二人はがくっと肩を落とした。
「どういう流れでそういう結論になったんだよ……」
「ま、まあ、君がそう思うのならそうなんだろうね」
お互い顔を見合わせるランスと陽真。
ともかく、自分が悪かったことと、今すべきことは解った。なら、他に何をすべきだろう。
「オレは後どうすればいいんだ?」
才悟の問いに対し、再度顔を見合わせるランスと陽真。二人そろって悩む素振りを見せた後、ランスがコーヒーを口に付けながら言った。
「まあ、さっき言った通りだよ。相手が話すまで待つ。話す様子がないなら……それとなく聞いてみるしかない」
「……オレに、出来るだろうか?」
ランスのアドバイスに、ぽつりと呟く才悟。それに対しては、「いざとなったらおれが聞いてくるって」と陽真が答えてくれた。
陽真の笑顔につられて、才悟も薄く笑う。こういう時の彼は本当に心強い。
才悟は置かれたままの水を一気にあおる。いつもと変わらない味のはずなのに、今回は何故かちょっとしょっぱく感じた。何故だろうかと思ったけど、聞くのは止めた。多分、自分の心が感じている味なのだから。
それからというもの。
気が急いて責めたような事になった事に対して凜花に謝った後、才悟はのんびりと待つことにした。幸い仕事は多かったし、仕事がない日はトレーニングに集中する事で彼女の事を少しだけ忘れられる事が出来た。
だからこそ、才悟はすっかり忘れていた。自分の誕生日が何日かを。