あなたにプレゼントを・3

 デートはまだ終わらない。
 袋や器を片付けると、凜花と才悟は中央公園を離れた。
 才悟が運転するバイクに乗って連れていかれたのは、虹顔市の外。少し高台になっている場所で、見下ろせば虹顔市が良く見える場所だった。
「阿形松之助に教えてもらった」
 その松之助もバイク仲間から教えてもらったらしい。連綿と続くその教えは、今こうして二人に素晴らしい眺めを提供している。
 さぁっと風が流れるが、寒いとは思わない。それどころか心地よさを感じるのは、目の前に広がる景色の良さからだろうか。
 改めて虹顔市を見下ろす。
「こうして見ると、小さく見えるわね」
「ああ」
 いつもあれだけ駆けずり回っている虹顔市が、ちょっと移動しただけでこんなに変わる。それが面白く、そして大事に見えてくる。
 才悟も興味深そうに虹顔市を見ている。彼にとってこの市は何なのだろうか。
「オレには故郷と言える場所はない」
 唐突に才悟が口を開く。

「仲間がいる、守るべき人々がいるこの市を、故郷と言ってもいいのだろうか」

 その言葉に、凜花は涙がこぼれそうになった。
 いびつな生まれの才悟が、ここを故郷と呼んでくれる。それが嬉しく、同時に才悟の生まれを思い出して悲しくなる。相反する感情が渦巻くたびに、才悟への想いが強くなっていく。自分はエージェントであるべきだと解っていても、だ。
 ともすれば溢れそうな想いを留め、凜花は才悟の手を握る。
「ここはあなたの故郷よ。間違いなく」
 その一言を聞いた才悟の顔はゆったりと綻んだ。

 思う存分虹顔市を眺めてから、家路につく。
 中央地区に一つだけ建てられたタワマンの玄関にたどり着いた時、バッグの中の物を思い出して慌てて取り出す。
「み、さ、才悟くん、待って」
 デートをまだ終わらせてなるものかと慌てて才悟を呼び止める。バイクのヘルメットをかぶり直そうとしていた彼の前に出したのは、彼のパーソナルカラーのターコイズブルーの毛糸で編みあげられた手袋。
「才悟くん、いつも手は何も付けてないから」
 これからの事を考えて編んだの、と言うと、才悟も思い出したようですまなかったと言いながら、慌ててバッグから可愛いチェック柄の有名ブランドのノートを出した。
 交換、と才悟からノートを贈られる。凜花も交換と才悟に手編みの手袋を贈った。
「これで良かったんだろうか」
 不安そうに言う才悟。それはこっちの台詞だと思ったが、逆に考えれば、お互い同じような事を思いながらプレゼントを選んだのかと思うと微笑ましくなる。
 だが。
「解らなさ過ぎて、一度伊織陽真たちに相談してしまった。自分で考えろと跳ね除けられてしまったが」
 その言葉に凜花の動きがピタリと止まる。
 最終的には断られているものの、才悟は仲間に頼りかけていた。自分は一人で何を贈るか考えていたと言うのに。
(魅上くん……)
 やはり彼にとって、伊織陽真をはじめとしたジャスティスライドの皆は特別なのだ。もしかしたら、自分よりも。
 嬉しい気分は少しずつすり減っていき、やがて悲しみが降り積もっていく。このままだとまずいと思い、凜花は笑顔を取り繕った。
「ありがとう。大事にするわね。メリークリスマス」
「あ、ああ、メリークリスマス」
 取り繕った笑顔のままで別れを告げると、才悟の方も言葉を返す。その顔を見る限り、自分の中の引っ掛かりには全く気付いていないようでほっとした。

 翌日から年末までは、怒涛の忙しさだった。
 財閥の仕事から仮面カフェ運営、そしてカオストーン探し。そんな流れで生きていたら、気づけば年越しそばを食べ、気づけば年が明けていた。そんな感じだった。
 才悟とは直接会えていないが、メールとのやり取りで寂しさを紛らわせている。しかし凜花は忙しいし、才悟はコミュニケーション下手なため、状況報告のようなメールのやり取りになっていた。それでも才悟の心からの言葉が、凜花の心の慰めになっているのは事実だったが。
 そして三が日が終わり、世間が新年から日常へと戻っていった頃。
「ご主人様、そろそろ魅上さまの誕生日ですね」
 グラスを磨きながらレオンが言う。その言葉で、凜花は改めてカレンダーを見る。才悟の誕生日まで、もう三週間もなかった。
「何か考えていらっしゃいますか?」
「何かって言われても……」
 誕生日イベント自体は、ジャスティスライドの皆でやるのが目に見えている。自分ができる事と言えば……プレゼントを渡す事ぐらいか。
 しかしプレゼントと言っても、何を渡すべきだろう。手編みのマフラーやセーターはもう時間がないだろうし、かといってその他のプレゼントが思いつかない。というより、そう言うのもジャスティスライドの皆が先に贈っているのではと思ってしまうのだ。
 ああ、そうだ。
 自分よりもジャスティスライド……特に伊織陽真の方が才悟の事をよく知っているんじゃないだろうか。何せ今もずっと一緒に生活しているのだ。自分よりも色んな事に詳しいに違いない。
「伊織くんに聞いてみようかな」
 ぽつりと呟くと、レオンの表情が何故か固まった。
「ご主人様、それではプレゼントにならないのでは?」
「でも、私の頭じゃ思いつかないんだもの……」
 本音だ。
 去年はライダー全員に、という名目で渡せたのだが、今年は恋人になって初めての誕生日。何か特別な物を渡したいとは思うのだが、頭が回らないのだ。
 どうすればいいのだろうかと悩んでいると、レオンが胸を叩いた。
「ご主人様、こういう時のわたくしですよ。わたくしがさりげなく魅上さまが欲しい物を聞いて参りますから」
「え、それは……」
 レオンの手助けは確かに嬉しいが、本当にそれでいいのか解らない。そもそも何が欲しいかと聞かれたら、「水」としか答えてこない気がしてきた。いつもならそれでいいのだろうけど、特別な物には程遠い。
 頼っていいのだろうか。凜花は首を傾げた。

 そうして意気揚々とレオンが聞いたところ、やはり返って来たのは「水」だったらしい。

「……無念です」
 しょぼくれるレオンをまあまあとなだめていると、ドアベルを鳴らして陽真がやって来た。
「いらっしゃいませ!」
「よっ、近くに来たから寄ってみたぜ!」
 相変わらず明るい陽真。しょぼくれていたレオンもすぐに接客モードになり、「牛乳でよろしいですか?」と注文を取る。当然陽真は笑顔で頷いた。待ってる間、にこにこと笑っているのが気になった。
「何かあったの?」
 思わず聞いてみる。陽真は「特に何もないけど」と先に言ってから話し出す。
「そう言えば才悟の誕生日がそろそろだから、何を用意しようかってジャスティスライドの皆で考えてるんだよ。いやぁ、二回目となると結構大変でさぁ」
 大変だと言いつつも、その顔には笑みがこぼれている。やはり大事な誰かにプレゼントを上げると言うのは、何時だって楽しいのだろう。何にせよ、凜花にとってはこれはチャンスだと思った。
「それ、私も乗っていいかしら?」
 陽真の隣に座りながら言うと、彼は不思議そうな顔になった。
「乗っていいかって、才悟へのプレゼントの事か? 凜花は凜花で何か上げるつもりじゃないのか?」
「そうなんだけど、何を上げればいいのか解らなくて」
 先程レオンが玉砕したことを話すと、陽真は「あーあ」と大げさに嘆く。
「そりゃはっきり聞かないと『水』の一択だよ。才悟、そういう遠回しなやり方とか全然理解してないしさ」
 凜花もそう思う。才悟は言葉をストレートに受け取りがちだ。だが才悟に直接「誕生日プレゼントは何がいいか」と聞いても、本人はきっと悩む事だろう。去年もそうだったから。
 でも、と陽真は不思議な顔で凜花を見る。
「わざわざおれ達に聞くことか? 才悟は凜花がくれる物なら何でも喜びそうだけどさ」
「……」
 それは嬉しくもあり、困る事でもある。何でもの範囲が広すぎて、何を渡せばいいのか解らなくなってしまっているのだ。例えば醤油のような生活必需品でも喜んでくれるのは嬉しいが、それを誕生日プレゼントですと言い張る勇気は凜花にはなかった。
 そして何より。

「私より、伊織くんの方が魅上くんの事解っているから」

 陽真の動きがぴたりと止まる。
 ずっと抱えていたもやもやを、少し吐き出せたような気がした。どれだけ濃密な一年を過ごしたとしても、彼らがアカデミーで共に暮らしていた二年間以上の物になるとは全く思っていない。結局のところ、才悟の事をよく知り、理解しているのは陽真であり、自分ではないのだ。
 恋焦がれる余裕が出来てしまったからこそ、彼我の差を感じる。たった一つのプレゼントすら決められない自分が、とても悲しく感じられた。
 陽真の方は困った顔をしつつも「おれだって全部を知ってるわけじゃないさ」と返す。そんな態度もまた余裕の一つに感じられて、凜花は胸が苦しくなった。
「才悟の『好き』を探してみんなであーだこーだ騒いだの、凜花だって知ってるだろ?」
 去年の事を思い出しているであろう、頬をかきつつの反論に対して、「それでも、よ」と凜花は答える。
 結局あの時は雪が好きと言う事で丸く収まったけれど、また同じように雪を願う事はできない。まだ当日の天気ははっきりしていないが、おそらくしばらくは雪は降らないだろうと言うのが天気予報士の見解だった。
「何を上げても伊織くんのチェックが入るんじゃないかと思うと、直接聞いた方が早い気がしたの」
「いや……」
 そこまでする気はないとかぶつぶつ言っているが、凜花は無視した。
「凜花、だったらなおの事自分で考えなきゃダメなんじゃないか? 『伊織くんと一緒に選んだ』なんて言ったら、才悟は悲しむぜ」
「……」
 思わず、「ほら、そういうところ」と言いそうになるのをこらえる。だが確かに恋人へのプレゼントを自分以外の誰かと一緒に探した、なんて言うのは、才悟には酷だろうと思い直し、そこまで考えられなかった事を恥じる。
 再度頭を抱えていると、からんとドアベルが鳴り、誰かが入って来た。慌てて接客モードになって立ち上がると、そこには話題の才悟がいた。
「み、魅上くん、いらっしゃい」
 何も知らない才悟は当然のごとく陽真の隣に座り、水を頼んでくる。その注文を受け、すぐに水を彼に渡した。だが、その手を才悟に捉まれてぴたりと止められる。
「どうしたの?」
 才悟の目が、何かあったのかと真剣に訴えてきている。その何かを悟られまいと、陽真も困った顔で視線を逸らしていた。
 何でもないと言うにはあまりにも重すぎて、凜花の口から「ごめんなさい」とうっかりこぼれてしまう。当然だが、才悟がそのつぶやきを聞き逃さないわけがない。
「どうして『ごめんなさい』なんて言うんだ?」
「……」
「何故、黙るんだ?」
 才悟は別に詰問してるわけではない。ただ、いつも通り淡々と聞いてきているだけだ。それなのに、まるで自分が責められているように思えて辛い。
 もう何も言う事が出来なくなり、もう一度ごめんなさい、とだけ告げて奥へと引っ込んだ。