初デートから一か月は経った。
あれから二人は一度もデートらしいデートはしていない。カオストーンは色んな所で発見されているし、何より相変わらずカオスイズムは暗躍を続けているのだ。それがなくても仕事持ちの二人は日にちが合わない事も多く、デートをしている暇がなかなかない。
寂しい、と感じることはない。
毎日連絡は取り合っているし、会いたいと思えば会いに行ける。そう思えるようになってきたのだ。
現に。
「そうか。カオストーンは取られてしまったか」
「ええ。雪見さんがあっちに行ってから、カオスイズムのやり方も巧妙になってきているみたい。こっちの裏をかかれたわ」
中央公園のベンチで、凜花と才悟は昼食を取りつつ最近の事を話していた。
やれこの間カフェでああいう客が来た、やれ仮面ライダー屋の仕事でこういうのがあった。話す内容は色々あれど、最終的にエージェントとライダーとしての会話になってしまうのは、一種の職業病か。
それでもいい、とは思う。何故なら、こうして少しでも才悟と一緒にいられるだけでも幸せを感じられるのだから。
びゅう、と冷たい風が吹く。
ぶるりと身体を震わせると、才悟が慌てて自分の仮面ライダー屋のジャンパーをかけようとしてきた。
「い、いいわよ。今でも十分暖かいし」
「いや、キミが風邪を引いたら大変だ。皆を支えるエージェントでもあるからな」
「才悟くんだってライダーなんだから、身体は大事よ」
オレは平気だと言い張る才悟を抑え、にっこりと微笑む。実際、ちゃんと着込んでいるので風邪を引くと言う事はないはずだ。才悟はまだ何か言いたそうだったが、こっちが大丈夫だと言い切っている以上、もう何も言えなくなったようだ。
寒さで思い出す。そろそろ年末年始の事も考えないといけない。心の中で予定を思い出していると、才悟も同じ事を思ったのか、ぽつりと「そろそろ年末年始の事を考える時期だな」と呟いた。
恋人同士になって初めての年末年始。せめて一日ぐらいは二人きりで過ごしたいのだが……。
「才悟くんは年末年始、どうするの?」
凜花が聞くと、才悟は首をかしげる。おそらく自分の予定を思い出しているのだろう。
「……クリスマスは、ジャスティスライドのみんなと過ごそうって話になっている」
「あら、そう……」
「キミの方が、仕事があるんだろう? 執事から聞いた」
そう。クリスマスはイブも合わせて、コスモス財閥代表として参加しなければならないパーティーがある。凜花は未成年なのである程度早めに帰してもらえるものの、その頃には才悟は寝ているはずだ。
恐らく先にレオンから話を聞いて、それならとジャスティスライドでクリスマス会となったのだろう。気を遣わせたな、と思う。
「でも前日は」
才悟が話を続ける。
「空いているんだろう?」
唐突な問いに首を傾げつつ、こくりと頷く。彼が何を考えているのか解らないので、そのまま続きを促した。
「その日に、どこか出かけよう」
調査でも何でもない、ただのデートを二人で。
彼はそう言わなかったけれど、確かにそう聞き取れた。
虹顔市の外に出るのは難しくても、虹顔市自体まだまだ知らない場所、解らない場所があるから、そんな場所を探すのもいいだろう。そもそも、二人で歩けるのなら、どこだってきっと楽しい。
凜花はくすりと笑う。
「いいわ。23日に二人で出かけましょう」
当日じゃないならある程度都合は付くはずだから、と付け加えると、才悟の顔もやんわりと緩む。久しぶりのデートに喜ばない恋人はいない。
と、そこで凜花はちょっと思いつく。
「良かったら、プレゼント交換もしてみない?」
そう提案すると、才悟の表情が少しだけ不思議と言う形で固まった。
「今年もライダー全員にプレゼントを用意するつもりだけど、個人的に才悟くんにはプレゼントを渡したくて」
去年はみんなにプレゼントを渡すぐらいだったが、今年からは違う。恋人同士になった今年は、個人的にプレゼントを渡したい。まだ何を渡すかは決めていないけれど。
才悟も凜花の言葉になるほど、と頷く。
「プレゼント交換は面白そうだ。でも」
「でも?」
「何を贈ればいいのか解らない」
ストレートな彼の言葉に、思わずくすくすと笑ってしまう。笑われた方は「何故笑うんだ」と拗ねた顔になるが、それもまた愛おしくてくすくすと声を漏らして笑った。
「才悟くんが贈りたいと思ったモノでいいのよ」
「それだとまた水になってしまう。キミはもらった時、微妙な顔になっていた」
どうやらいつぞやの事を言っているらしい。特別な水を持ってきた、と言って渡された水は確かに格別に美味しかったが、確かにもらった時はこれをプレゼントと言えるのは彼だけだなと思ったものだ。
去年はどうだっただろう。何が欲しいかと唐突に聞かれ、慌てて思いついたのが「食パン買って来て」。ちょうど家にあるストックが切れかけていたなと思っていた矢先だったので、ついおつかいのようなプレゼントをねだってしまったのだ。もちろん後々気が付いて頭を抱えたのだが。
そして今年。恋人同士になって初めてのクリスマスだから、雰囲気のある物を贈りたいと願うのは当然のことだろう。だから凜花は一つ、欲しい物のヒントを上げることにした。
「……そうね、何か可愛い文房具とか欲しいかもね」
「!」
才悟の顔が見る見るうちに明るくなる。彼のセンスによる「可愛い」が何なのかは解らないが、酷い物ではないと信じたい。そう考えた凜花は、自分のプレゼントも考え始める。短期間で用意出来て、それでいて才悟のいつもの活動の邪魔にならない物。いくつか候補を上げ、その中で一番合いそうな物を心の中で決める。
お互い喜べる物だといいけれど。
凜花は心の中でそうつぶやいて、ふうっと一息ついた。白く大きな息は、少しだけ不安の色が宿っていた。
12月23日。
さすがに寒さを感じるこの時期。ひざ下までのコートに身を包み、厚底のボアブーツを履いていた。暖かな格好をしても、風が吹けば寒さに震えそうになる。
(魅上くん、大丈夫かしら)
去年の誕生日の服装を思い出し、その疑問は即座に打ち消す。専用スタイリストが寒い恰好をさせるわけがないだろう。
(専用スタイリスト、か……)
ふと頭に浮かぶ、才悟の「親友」の姿。
解っている。彼との関係は親友であり、自分の絆とは違う絆がある。それでもその絆の深さに、無駄に嫉妬してしまうのだ。自分も身の世話が出来るぐらいには才悟の事を知りたいと。
「凜花」
唐突に、後ろから才悟に声をかけられる。
自分の邪な考えを見抜かれたかのような登場にびくりと身体を震わせてしまうが、才悟の方は「寒いのか」と手袋で包まれた手で頬に触れた。
「ひゃっ」
「冷たい。やっぱり寒かったんだな」
待たせてすまなかった、と凜花の首に自分のマフラーを巻こうとする才悟。当然だが慌てて止めた。自分が震えたのは寒さからではないし、才悟に風邪を引かせてまで暖まろうとは思っていない。才悟は心配そうな顔のままだったが、凜花は大丈夫と微笑んだ。
クリスマス一歩手前と言う事で、道行く人も結構多い。この中の何割がカップルなんだろうかと適当な事を考えてしまう。
「どこから行こうか」
顔を見合わせる。イベントと言えばやはり娯楽地区。だが、人は相当多いだろう。となると、商業地区か、教育地区か。どっちがいいかな、と凜花が考えていると、才悟が「そう言えば」と手を叩いた。
「教育地区の中央公園で、大きなクリスマスツリーを作った。オレ達仮面ライダー屋も手伝ったのを思い出した」
「あら、いいわね」
今日は寒いが晴れている。近くのスーパーで何か買って、二人でベンチで食べるのも悪くないだろう。本当は二人分のお弁当を作って来たかったのだが、久しぶりのデートで浮かれて寝坊しかけたため何も作れずに来てしまったから。
才悟がバイクのヘルメットを手渡したので、それを受け取って被る。
二人のデートはここからが本番だ。
中央公園はいつも以上に人でにぎわっていた。
普段でもペットの散歩をする人、軽くランニングやウォーキングする人、子連れのママさんグループなどでにぎわっているが、今日は特ににぎわっている。と言うのも、飾りつけされた樹を取り囲むように、いくつもの出店が並んでいたのだ。
近づいて見てみると、ジンジャーブレッドクッキーをはじめとした手作りお菓子や、ハンドメイドのアクセサリー、暖かそうなおでんなどが売られていた。スーパーで買う必要がなくなったな、と才悟がぽつりと呟く。
じっくりと堪能した二人が選んだのは、星や木などクリスマス風の形が揃ったクッキーに、具がたくさん入った豚汁。そして木彫りの鳥が鳴く小さなフォトスタンドだった。
「一番お気に入りの写真を入れたいわね」
「そうだな」
凜花は才悟の写真を入れるつもりだが、才悟は何の写真を入れるのだろうか。できればそれが自分の写真でありますように、と彼女は心の中で密かに願った。
偶然にも二人分空いたベンチに座り、買った豚汁に口を付ける。ほくほくの里芋に、甘味を残した人参、あえてぐちゃぐちゃにした豆腐などを口にすれば、あっという間に体の芯から暖まっていく気がする。隣の才悟は黙々と食べているが、しっかり暖まっているらしく、時折「あつい」とつぶやいていた。ボリュームもあるので、これとクッキーだけで充分昼ご飯になりそうだ。
食事を済ませると、自然と目に行くのは飾り付けられた樹――クリスマスツリーになる。
ひときわ大きな木を飾り付けたそれは、よくよく見るとイルミネーション用の電灯も見受けられる。高いところまで巻き付かれているので、夜は華やかな輝きを放つのだろう。
「オレが天辺まで電灯を巻き付けた」
その時のことを思い出しているらしい。やや柔らかな目で才悟が言った。ここから見ても高いのが解るので、相当高い樹なのだろう。それを天辺まで。さぞかし大変な作業だったはずだ。
「危険だったでしょう?」
思わず聞くと、才悟はいつもの顔に戻って「伊織陽真が支えてくれたから問題なかった」と答える。
「安心してくれと言われて、オレも安心して作業が出来た」
「そう……」
何気なく言われた彼の親友の名前に、胸が少しだけ痛む。つい先ほどまであった、澱みのようなものがゆっくりと浮かび上がりそうになるのを微笑む事でこらえた。
悲しいかな。求めているのは結局のところ、才悟の「全て」なのだ。
今だに穢れを知らぬその魂を愛おしいと思いつつも可愛がりたいと願い、果てには独り占めしたいと願う。大げさで、浅ましい願いだと凜花は思う。
発泡スチロールの器に視線を落としていると、そっとその手を才悟が握る。
視線を向ければ、置き去りにされた子犬のような目と合った。
「悲しまないでくれ」
悲しんだ覚えはないけれど、才悟にはそう見えてしまったらしい。才悟の楽しい思い出を、自分の勝手で悲しいものに塗り替えたくはない。だからちょっとだけ本音を言う事にした。
「違うの。ちょっとだけ、ヤキモチを妬いちゃっただけなの」
「ヤキモチ?」
「ええ」
何に対してかは言わない。
それを言ったら壊れてしまう。凜花はそう本能で察していた。