その後の事は、凜花にとってはほぼ他人事のようなものだった。
吉阪幸一郎はスキャンダルによってほぼ失脚状態。次の選挙はもう無理だろうと周りに言われるザマで、大人しく虹顔市から出て行った。
息子の幸太郎は覇気が無くなったどころか、生気を失ったような顔でただぼんやりと日々を過ごしているらしい。たまに口を開けば「僕には何もないのか」というようなネガティブな発言が多く、父親のスキャンダルが効いたのだろうと周りは噂していた。
取り巻きの麗奈とこずえはしばらく虹顔市でイケメン……ライダーたちを追いかけ回していたようだが、けんもほろろにされ続けた事で相当ショックを受けたらしく、こちらも虹顔市を去って行った。
ホテルフロント前で宣言した通り、戴天は会見を開き、自身と吉阪幸一郎の関係は資金援助のみだと強く主張。皆が期待――想像するような関係は何一つないと断言した。
コスモス財閥も疑いの目を向けられたが、こちらも何の関係もないと主張。むしろ吉阪幸太郎が暴行を働いた(紅茶をぶっかけられた程度だが)事を話したことで、世間からしばらく同情の目を向けられた。
そして一週間後。
凜花は才悟に呼ばれて、教育地区の中央公園に来ていた。才悟は、まだ来ていない。
ベンチに座ってのんびりとしていると、子供たちがきゃっきゃと騒ぎながら横切っていく。遠くでは犬と散歩している人も見える。何一つ問題のない、平和な光景だ。
「皇凜花」
声がするのでそっちを向くと、才悟がそこにいた。魅上くん、と呼びかけると、才悟は自然に凜花の隣に座る。
それからしばらくはお互い何も言わない。才悟は目の前の光景に目を向けるだけだし、凜花も呼ばれた理由を聞くこともない。いつか話すだろうと黙っているだけだ。
待つことしばし。才悟がようやく口を開いた。
「……あの男は、帰ったのか」
「……ええ。もう虹顔市には来ないと思うわ」
最初誰のことか解らなかったが、すぐに幸太郎の事だと解って頷く。詳しい事は知らないし知りたくないが、あの状態ではもう自分たちにちょっかいをかける事はできないだろう。取り巻きの女たちもそうだ。
「そうか」
才悟がぽつりとつぶやき、また黙り込む。空気は柔らかだが、自分たちの周りだけは何故か張りつめていく気がした。この張りつめた感じを、凜花はよく知っている。
空を見上げていると、ふとこの前の為士とのやりとりを思い出した。
他者の評価、与えられたもの、それらは自身そのものではない。エージェントと言う立場も、自分自身ではなく自分を取り巻くものでしかない。だけど、才悟は。才悟だけは。
「凜花」
「……え?」
才悟の呼びかけに凜花は一瞬固まる。彼は一部を除いて、他人を呼ぶ時はフルネーム呼びのはずだ。
「先日……あの男と会った時から、オレは調子が悪かった。胸が締め付けられたり、苦しくなっていた。オレは病気になったのかと、不安にもなった」
それって、と言おうとしたが、口が動くだけでそれが言葉になる事はなかった。そんな凜花の動揺に気づかないまま、才悟は話を続ける。
「でも、伊織陽真に相談したら、その状態が何なのかを教えてくれた」
もう何も言えない。何を言われるのか予想は付いているし、それに対する返事も解ってて止めるべきなのに、止めることができない。ただただ才悟の言葉を待つことしかできない。凜花は苦し気に口を結んだ。
才悟の目が、凜花を完全に捉えた。
「凜花、オレはキミに恋をしている」
とうとう、その言葉が放たれた。
「キミからもらったものを全て大事にしたいと思っていた。だけど今は違う。キミそのものを大事にしたいし、大切にしたい。……ダメだろうか?」
「それは……」
自分も才悟から与えられたものだけじゃなく、才悟そのものを大事にしたいし、大切にしたい。だけど、かつて交わした永遠の契約は、自分と才悟をエージェントとライダーとして分け隔ててしまった。今後自分たちは永遠にライダーとエージェントとして生きるべきなのだ。そのはずなのに。魅上才悟と言う存在が、愛おしくてたまらない。
その生まれがいびつであっても、ちょっと困らせるところも、丸ごとひっくるめて大事にしたい。この気持ちを、これからずっと蓋をしていられるのか。
出来るわけがない。
凜花は胸の辺りをくしゃりと掴む。才悟が心配そうに覗き込むが、凜花は何とか微笑む。そして大丈夫、の代わりに口を開いた。
「私も、あなたが好きよ」
才悟の顔が固まり……やがて笑みの形に緩む。
「本当はエージェントとして誰か一人を特別扱いしちゃいけないんだろうけど……それでも、この気持ちは譲れないわ」
「そうか……」
才悟にそっと抱きしめられる。かつて自分の手を取ってくれた暖かくて大きな手は、自分を抱きしめている。
「……キミがこんなに暖かいなんて知らなかった」
「私も」
伝わり合う互いのぬくもり。あの時は手だけだったが、今は身体全体で感じている。このぬくもりを、もう手放したくない。本気で思った。
「ご主人様、おめでとうございます」
……当然と言うべきか。
仮面カフェに戻った凜花を待っていたのは、にこにこと笑うレオンだった。どういうルートで知ったんだと思うが、考えるのは止めた。スーパー執事に不可能はない。それよりも。
「……責めないの?」
「何故です? ご主人様の幸せは私の望みであり幸せでもありますよ。先代も、ご主人様の母親も、きっと今のご主人様を見ていて喜んでいらっしゃいます」
にこにこ笑ったままのレオンの言葉を聞いてると、自分だけが無駄に悩んでいたのかという気分になる。重い使命をさらに重くしていたのは自分だったようだ。なんだかなあ、と心の中で呟いてしまった。
ぴんぽん、とライダーラインの着信音が鳴る。何の連絡だと思って覗いてみると、陽真をはじめとしたライダーたちからのお祝いの言葉がずらりと並んでいた。レオンに視線を向けると、彼はわざとらしく視線を逸らして口笛なんて吹いている。どうやら、原因は彼のようだ。
率先して送ってきたであろう陽真、颯はもちろん、こう言う事には興味なさそうな皇紀、ルーイですら送ってきている。しかも誰もが義理や義務感で送っているのではなく、心から祝っているのが解るメッセージの数々だ。
一つ一つ丁寧に読んでいくうちに、涙が出てくる。文章の中には自分を責めるものは一つもなく、逆に自分と才悟の幸せを願う言葉で溢れていた(中には一つ飛ばして結婚の事も書いていた者もいたが)。
「私、こんなに幸せでいいのかしら」
思わずそう言ってしまうと、レオンが慌てて「とんでもない!」と言ってきた。
「『いいのかしら』ではないんですよ。まだまだ幸せになって欲しいんです。このメッセージだって、ご主人様が今まで身を粉にして働き、皆様に尽くしてきたからこそ、皆様が送ってきたんですよ」
それは凜花の行動の結果であり、彼女が勝ち得た信頼によるもの。ライダーとエージェントとの関係を超えた、絆によるものだった。
またぴんぽん、とライダーラインの着信音が鳴る。見てみると、今度は才悟のものだった。
『今日はありがとう。これからもよろしく』
短く何の色気もない文章だが、これからの未来を想像させる素敵な文章だった。凜花も何かお返しに文章を打とうと思ったが、こういう時に限って気の利いた文章が何一つ頭に浮かばない。こちらこそよろしくだけでは味気も何もないし、かといって回りくどい言葉では才悟には届かないだろう。
解り易くて、それでいて気の利いた言葉。それを少し考え……ふといい言葉を思いついた。
『これからもよろしく。私の仮面ライダー』