それは過去より来たる・6

 吉阪幸一郎との会食の日。
 高塔戴天はいつものように雨竜を連れて、約束の小料理屋に来ていた。
「お連れ様はしばらく来られないとおっしゃられてました」
「そうですか」
 さすが大物政治家。相手を待たせるのは当然と言わんばかりに、まだ来ていないようだった。呆れを心の中に仕舞い、しばらく待つ。そして十分後。
「やあ、待たせたね」
 すでに飲んできたのか、少し赤い顔をして吉阪幸一郎が秘書を伴って姿を現した。彼は一度雨竜の方に目にやってから、ふっと軽く笑う。あからさまに舐められていると解った戴天は、心の中で悪態をついた。
「戴天くん、まずは社長就任おめでとう。乾杯といこうじゃないか」
 席に着くなりまずは酒。浮かれているのがよく解る。まあ乾杯に関しては何の異論もないので、戴天もお猪口を取る。
「高塔とそちらの仲がこれからも続くことを願って」
「願って」
 一口飲む戴天。一流の小料理屋なので出される酒も旨いはずなのだが、味を感じなかった。一方の幸一郎は一気飲みしてさらにご機嫌そうな顔になっていた。
 それからはごくごく普通の雑談が続く。お互いの近況報告やら家族の様子やら。その間にもお互い箸をつけるペースは変わらない。戴天はスローペースだが、幸一郎はハイペースで酒と料理を消費していく。
 そんな幸一郎の視線が、また雨竜に移った。
「そう言えば、君の『弟』は一時期行方不明だったんだね。よく無事に戻って会社に入れたもんだ」
「ありがとうございます」
 端々から感じる嫌味を、あえて気づかないふりをして礼を言う。隣の雨竜も無言で頭を下げた。
「高塔は以前からごたごた続きだったが、ようやく落ち着いたようだな。ようやくこっちの願い事も聞いてくれそうだ」
「次の選挙での資金提供、ですか?」
「はっはっは、それだけじゃないだろう? ば、ば……何だっけかな?」
「……」
 バトルスーツ計画、ひいてはバベル計画の引き渡しを暗に強制する言葉に、戴天は内心再度悪態をつく。赤ら顔で女秘書の腰に手をやる幸一郎は、既に計画の引き渡しを確信していると言う自信に満ち溢れていた。確かに、日本有数の政治家である彼とのパイプを作っておけば、今後の会社経営にも大きな発展が見込めるだろう。だが、しかし。
 改めてこの男にだけは渡すまい、と戴天は心に誓う。高塔の支配も仮面ライダーも、私利私欲のためではないからだ。
 手元のお猪口を見る。残り少ない酒は、彼との縁の切れ目を予見しているかのようだった。ぐいと飲みほしてから、戴天はあえて苦笑の顔を作る。

「申し訳ありませんが、高塔として出来ることはもう何もないでしょうね」

「なっ……!」
 予想だにしていなかったらしく、幸一郎は口をパクパクさせる。
「わ、わしと手を組めば、更なる繁栄と支配が望めるかも知れんのだぞ!? それにそっちの計画さえあれば、あれこれ五月蠅い外国の連中を黙らせることも……!」
「残念ながら、あなたの持ちかける話は高塔の信念とは少しずれましてね。それに、我が社が進めている計画は人々を守るためのモノであって、あなた達のような『上級国民』の玩具ではない」
「話にならん!」
 激昂した幸一郎ががたっと立ち上がる。おそらくその足でもう一つの金蔓――コスモス財閥に話を持ち掛けるつもりなのだろうが、そうはいかない。
「ああ、コスモス財閥の方に行っても無駄ですよ。おそらくあなたの息子が今も無礼を働いているので、印象は最悪でしょう」
「……!」
 社長として、ライダーとして、既に凜花と幸太郎の関係は調べてある。過去の事もそうだが、先日彼が彼女に接触して魅上才悟を怒らせたことも既に把握済みだ。
(魅上くんもいい加減、彼女への想いに気づけばいいのですがね)
 ぼんやりとそう思う。あの二人の絆はエージェントとライダーと言うだけでない、それ以上の深く強い絆――愛を感じる時がある。
 思わず笑みを浮かべてしまっていたらしく、幸一郎が「若造が!」と更に激昂した。酒も入っているらしく、秘書がなだめているもののその勢いは止まらない。手近なところにあったコップの水を戴天にぶっかける。
「大体本家に取り入っただけの奴に、高校も出ていないガキ、そんな底辺のクソどもの金など何の価値もないわ! 落ちぶれジジィにそう言っておけ!」
 捨て台詞を吐いて足音も荒々しく出ていく幸一郎。水をかけられた戴天は、最初に手を拭いたお手拭きで顔をぬぐう。
「社長、お怪我は……」
「水をかけられただけです。問題ありません。ですが被害届だけは出しておきましょう。それより……」
「はい、録音はばっちりです」
 雨竜が「うっかり」起動したままだったマイク機能は、先ほどの罵声もばっちり録音済みである。後はこれを少しいじっておけば、いざという時の「保険」となるだろう。
「ああ、後ランスくんにも連絡を。彼なら調査員として最大級の仕事をしてくれると思いますからね」
「解りました」
 調査員としても探偵としても優秀なランス天堂。彼ならこちらの望むような情報をかき集めてくれるはずだ。それと今回の会見の録音を合わせれば、あの男を引きずり落とすことも可能になる。そう戴天は見ていた。
 自分だけでない。愛する弟も侮辱した男を、このまま帰すつもりはない。徹底的に落ちぶれてもらおう。
 我ながら根に持つ性格だな、と戴天は苦笑を浮かべて、酒を自分で注いだ。今度の酒は、ちゃんと味がした。

「解りやすいヤツだなぁ……」
 高塔戴天の依頼を受けて半日。少し走り回ってかき集めた情報を前に、ランス天堂は呆れのため息を付いた。
 元フェイスレスとしての実力もあるが、この吉阪幸一郎と言う男、脇が甘すぎる。バレていないと本気で思っているのか、色んな所で黒い噂を聞き取る事が出来たのだ。Qも協力してくれるなら、更なる情報を手に入れることができるだろう。多分無理だろうが。
「おい、言われた株買い占めといたぞ」
 ルーイがひょっこり顔を出す。つい先ほど、吉阪幸一郎と繋がる会社の株をある程度買い占めてほしいと頼んだのだが、株取引が上手い彼はさくっと片付けてくれたようだ。後で手放せば、会社へ大きなダメージを与えることができるだろう。
 後できる事は……。
「静流」
 バーボンを開けようとしていた静流に声をかける。まだ素面な彼は、呼ばれた事で何かを頼まれることを察したらしい。すぐにランスが手渡してきた書類をざっと見始める。その内容は、全て吉阪幸一郎と幸太郎に通じるスキャンダルだ。
「OK、これをその手の筋に流せばいいわけね」
「そう言う事」
「お任せあれ~♪」
 ライダーフォンをちょいちょいと動かす静流。「お、ウィズダムシンクスの方も動いてるっぽいねぇ」とつぶやきつつ、専用アカウントを使ってスキャンダルを流し始めた。
 SNSは今や新たなマスコミと言ってもいい。静流のアカウントからの情報を元に、いろいろな噂が元気よく動き始めてきた。
「あとこれ、知り合いのジャーナリストに渡しちゃっていい?」
「問題ないよ」
 あいよ、と返事をして、静流は外に出て行った。
 リアルとネット、二つのフィールドで情報を流せば、彼らはもう好き勝手出来なくなるだろう。これで戴天からの依頼はコンプリートだ。そして。
「凜花に余計なちょっかいをかける事もなくなるね」
 ランスはにやりと笑った。その笑いに釣られてルーイも笑う。何故なら、スラムデイズにとっても彼女は大事な「仲間」なのだ。