「だからさぁ、絶対に、ぜぇぇったいに、何かあったよあの二人!」
開店前のラウンジ・ウィズダム。
拳を振り上げてまで力説するのは颯。それを聞いているのは今のところ浄だけだ。
「あの二人って誰の事だい?」
解っていてもあえてとぼける浄に、颯はあからさまに不機嫌そうな顔で「才悟と凜花ちゃんのことだよ~」と答える。
ジャスティスライドとスラムデイズの騒動が終わってからしばらく。今のところカオスイズムの動きも大人しく、自分たちが出動するような事件もない。だから颯もこうして暢気に雑談に没頭できる。
さて、颯が言う才悟と凜花の関係。彼が気になりだしたのは、三回目の全ライダー集会……通称、「仮面の宴」での事だ。
「だって才悟があんな笑顔で『どんな運命だろうと、切り拓いていける。キミとなら』とか言ってたんだよ! あれで何もないとか絶対におかしいって!」
「まあ確かに、魅上の笑顔なんてめったに見れないものを見れたのは事実だけどね」
「そうだよ!」
颯がまた拳を振り上げて力説する。さすがに大声だったので、後ろで皇紀がしかめ面をしている。それでも颯は浄に向けてぶーたれる。
「才悟はともかくさー、凜花ちゃんが引っ込み思案なのがね~。いつもいつも僕たちのためにー、とか言って、自分の事を棚に上げてまで色々するし」
「それだけ自己犠牲の心が強いんだろうね」
「強すぎると思うんだけどなぁ」
颯の言葉に浄は少し「ふむ」と小首をかしげた。
必然的に一歩離れたところから見ざるを得ない自分たちウィズダムシンクスだが、それゆえにライダーとエージェントとの関係を冷静に見ることができた。そんな彼らから見て、騒動以来凜花と才悟の関係は確かに変化しているのが解る。だが、それだけなのだ。進展もしなければ後退もしない。ただただ少し前と同じような関係を続けているように見えた。それが颯には不満なのだろう。
それに何より、凜花が自己犠牲心が強すぎると言うのは浄も賛成だ。ひたむきと言えば聞こえはいいが、彼女はまだ16歳。キャパシティを超えた行動や年齢的に危険とされる行動も多々あるのだ。なのに彼女はそれをやめようとはせず、みんなのためだと言って身を削って働いている。危なっかしくて仕方がない。
浄の顔を見ていた颯がさらに声を上げようとした瞬間、その頭をはたきながら宗雲が現れた。
「みんないるな。ちょうどいい。話をしたい」
「どうしたの?」
はたかれた頭を撫でつつも、颯が聞く。その質問に宗雲は「『上』からの指令だ」と、レポートをテーブルにばっと広げた。
「ほう、政治家の吉阪幸一郎が、お忍びで虹顔市にね」
レポートの一枚を拾った浄が関心の声を上げる。吉阪幸一郎は、国会議員の一人でもある、政治家の中でもトップクラスの政治家だ。表向きは清廉潔白な政治家と言われているものの、実際は愛人が何人もいるとか立場を利用して私腹を肥やしているとか黒い噂も絶えない男である。家族構成は戸籍上は妻と息子一人だが、その息子もまた父によく似ているらしい。そんな親子が、いったい何をしに来たのだろうか。
「……金集めか」
皇紀がぼそりと呟く。高塔エンタープライズ、コスモス財閥。二つとも日本の財政界では有名な派閥ゆえ、繋がりを持っておけばさらに大きな力を得ることができるだろう。特にトップが入れ替わった今なら。
「それだけではないだろう、と上は予想している。無論、俺もだ」
宗雲が苦い顔でレポートを叩く。虹顔市はただの大きな都市ではない。聞きかじりの人間にとっては、ある意味お宝が眠る夢の場所とも言えるのだ。
プルルルル……
社長直通の電話が鳴る。
秘書の雨竜がはっとするが、戴天は首を横に振って電話を取った。
「もしもし。代表取締役の……」
『おお、戴天くん! 私だよ。吉阪幸一郎だ』
「吉阪議員ですか。お久しぶりです」
サインを書く手を止めて、電話に集中する戴天。吉阪幸一郎は、絶空が社長だった頃に何度か会った事のある有名政治家の一人だ。
『社長になったんだってねえ。遅くなったがおめでとう』
「ありがとうございます」
彼が喋る度に、心の中の警戒アラームが鳴り響く。この男が世間に知れ渡っているような清廉潔白な政治家ではないことぐらい、戴天は嫌というほど知っている。
そっと雨竜に目配せをすると、彼は待ってましたと言わんばかりに紙を差し出す。そこには「〇月×日、選挙」と書かれていた。カレンダーと合わせて考えると、政治資金集めの協力を求めに来たのだろうか。
『ところで戴天くん。君の会社で進められているらしいバトルスーツ計画とやらだがね』
「!」
戴天の眉がピクリと跳ねた。当然相手はそれに気づくことなく上機嫌な声で続ける。
『あれは実にいい物だと思うよ。最近は人間だけでなく害獣の相手も考えなきゃならん。そう考えると……どうかね?』
「……おっしゃっている意味が解りかねますが」
『ははは、君のお父さんはもっとうまく立ち回ったよ。ま、いい返事を期待している』
電話が切られた。
戴天の頭の中にかつてドミナにぶつけた四字熟語の罵倒文句が浮かぶが、今ここにいるのは自分と雨竜だけ。まさか弟にぶつけるわけにもいかず、戴天は頭を抱えることでこらえた。
あからさまな資金協力だけでなく、バトルスーツ計画の主導権すら強請られている。それだけならいいが、バトルスーツ計画の元とも言えるバベル計画に奴が気づいてしまったら。
バベル計画――仮面ライダーは一般人に向けられてはいけない。彼らはあくまでカオスイズムに対抗する手段であり、平和のためにあるべきものだ。欲にまみれた者たちの玩具になってはいけない。何があっても、あれだけは隠し通さなければならない。
そして何より、カオスイズムが奴の野心に付け込んできたとしたら?
カオスイズムは警察の中枢にも潜り込み始めていると言う噂だ。これで政治家――議員クラスの者にまで接触したらたまったものではない。
「雨竜くん」
「はい」
傍らに控える有能な秘書は、既に自分のスケジュールをタブレットに出していた。ずらりと並ぶスケジュールの中から、外しても良さそうなのをいくつかピックアップして消して行く。そして空いた時間は、二日後の夜。
「二日後の夜に、吉阪幸一郎議員と会食をします。あちらに連絡を入れてください。電話番号は……」
「解りました」
早速自分が上げた電話番号にかけ、会食の約束を取り付けようとする雨竜。本人ではなく秘書任せかと嫌味を言われるだろうが、それは仕事が忙しいからでスルーしよう。今はとにかく、会見の時間を作り、何とかして高塔の都合に合わせた要求を飲ませるのが先決だ。バトルスーツ計画も、バベル計画も、高塔のものなのだ。
電話を終えた雨竜がこっちを見て一つ頷く。どうやら会食を取り付けることに成功したようだ。
「そう言えば社長……兄さん、凜花さんには話すべきでしょうか?」
雨竜の問いに戴天はふむ、と口に手をやる。
彼女もまた、財閥後継者として目を付けられている可能性はある。しかも仮面ライダーと密接にしている、ある意味極秘情報の塊とも言える存在だ。
吉阪幸一郎の事。小娘程度簡単にあしらえると思っている可能性は高い。近くに自称スーパー執事がいるとしても、彼女一人で相手取れるとは到底思えなかった。なら、今すべきことはただ一つだろう。
「彼女にはまだ話すべきではないでしょう。……と言うより、執事さんが話していると思います」
「解りました」
(仮面ライダーやカオスイズムの事を知られる前に)
(バベル計画に感づかれる前に)
「――奴にはすぐにここから離れてもらわねばならん」
「――彼にはすぐ帰っていただきましょう」