「そうして、わたしはガオナをしゅっさんした」
叢雲――宗雲の説明を補強するように、いつの間にか目を覚ましていたガオナの女王――美哉百子が付け加えた。
「美哉!」
「美哉さん」
「むらくも、たいてん、ひさしぶり。たいてん、かみのびたね」
昔の彼女からは想像できない、のんびりとした舌足らずな喋り方。これもガオナの影響なのだろうか。
かつて栗色の髪に青い目だったその色は、白い髪に黒い目と大きく違っている。それでも、その眼差しは過去のそれと全く変わっていなかった。
『ガオナを出産したってどういう事なんだ?』
才悟の問いに百子は首をかしげる。その仕草も過去と変わってないな、と戴天はぼんやりと思った。
「あくまで、わたしがそうおもっただけ。あのとき、わたしのおなかのなかには、なにかがいた。それがおもてにでた」
戴天はその時、百子の腹から出てきた黒いナニカを思い出していた。あれがガオナの幼体だと言うのだろうか。
「そのあと、わたしはながいあいだねむっていた。きづいたら、たくさんのガオナ、ガオナクスにかこまれていた」
「それからはずっと、ガオナの女王としてカオスワールドに?」
凛花の言葉に百子はうなずく。
「ガオナ、わたしによくなついた。わたしもガオナいて、たすかったことがあった。きづいたら、わたし、じょおうのようになってた」
それが「ガオナの女王」の異名に繋がったのだろう。百子自身も否定する理由がないので、そのまま名乗っていたと言う事か。
以降彼女はカオスワールドで暮らしつつ、気まぐれに地上に出るという生活を繰り返していたらしい。この間もその気まぐれで外に出て、凛花と会ったわけだ。
『その出産とやらを、カオスイズムは危険と踏んで女性をさらうのをやめた……そう言う事なんだろうか』
松之助の言葉に、百子は「おそらく」と答える。無理もない。カオスライダーとして鍛えても、肝心の卒業試験で死んでしまっては(百子は奇跡的に生きていたが)元も子もない、と判断したのだろう。トルスと言う成功例がいたとしても、だ。
『体の方はどうなってる』
今度の質問は皇紀だ。肉質を気にする彼らしい。
その問いに対し、百子は着ている病院着の腕をまくる。手の部分は人間の肌の色だが、腕はガオナの黒が入り混じっている。
「おなかのほう、かんぜんにガオナになってる。にんげんのちりょうで、どこまでなおるかわからない」
『ふん』
興味を失くしたらしい皇紀が鼻を鳴らした。
沈黙が落ちる。
『それで』
その沈黙を切り捨てたのは、狂介だった。
『これからどうすんだよ』
単純だが重要な質問。
百子を連れていく時、残っていたガオナたちは己たちの女王を連れて行くライダーたちを止めることはなかった。自分たちの実力では彼らを止めることはできないと解っていたのか、それとも女王を託されたのか。それは解らない。どちらにしても、もう百子はガオナの女王として君臨することはできないだろう。
彼女もそれは十分わかっているのか、小首をかしげる。しかし誰も何も言わないからか、ぽつりぽつりと自分の言葉で語り出した。
「ひととして、いきていきたい。むらくもやたいてんにまたあえたのに、たたかうのはいや」
「……決まりだな」
「ええ」
「そうですね」
百子の言葉に宗雲、戴天、凛花が頷く。百子が不思議そうに目をぱちくりさせていると、レオンが「お任せください!」とどこからともなく仮面カフェの制服を取り出した。
「これ、なに?」
「仮面カフェの制服でございます! 美哉さまは、これより住み込みで仮面カフェで働いていただこうと思いまして」
「かめん、カフェ? はたらく?」
いまいち状況を理解していなさそうな百子。そんな百子に、凛花が説明を補強した。
「百子さん、行く当てもないだろうし病気とかで何かあったら大変だから、仮面カフェ――ライダーステーションで暮らしてもらいたいんです。色々制限が付きますが、着のみ着のままで放り出されるよりかはマシだと思います」
「わたしが……?」
今だに疑問符まみれの百子だが、今は困惑の色の方が大きいようだった。視線はうろうろと彷徨い、口はぽかんと開きっぱなしだ。
「いいの?」
「ええ、仮面カフェは常時従業員募集中ですので、美哉さまが入ってくださると大変助かります。……ついでに料理の腕も良ければ、調理スタッフにも回っていただけて助かるのですが」
「美哉さんは裁縫とDIYは得意ですよ。手先が器用で飲み込みも早いですから、料理もできるかと」
レオン独自の要望に対し、戴天が苦笑いで答える。その答えに、レオンはぱっと顔を輝かせた。
話に置いていかれかけている百子はまた目をぱちくりしているが、ようやく自分がここで暮らす事、仮面カフェで働くことが決まりかけている事が解ってきたようだ。
「わたし、ここでいきていいの?」
百子の言葉に、頷く者もいれば『余計な事をすれば即座に潰す』と言う者もいる。だが、大っぴらに反対する者は誰一人いなかった。
「だったら、いきたい。ここでいきていきたい」
それは。
ガオナの女王ではなく、美哉百子としての言葉だった。
その言葉に、元同期の宗雲――叢雲と戴天が微笑む。
「まさか今になって、こうして同期と再会できるとは思わなかったな」
「いうの、それだけ?」
「……全く、外柔内剛なところは相変わらずですね」
「おかえり」
「ただいま」
ぱたり、と凛花は今回の騒動の報告書をまとめたファイルを閉じる。
「全てが丸く収まりましたね」
レオンがにっこりと笑うので、凛花も笑い返した。
あの後、百子は正式に仮面カフェのスタッフとして働くことになった。
半ガオナ故に皿などを割ることも多く、当面はパワーコントロールを完璧にすることが目標になった(それをドジと好意的に受け取る客も多いが)。
たまに一緒に調査に出ると、カオスの匂いがすると言ってカオストーンを見つける事もある。元の戦闘力も高いので、ライダーと同じように出ることも増えてきた。
そして何より、男だらけの境遇で疲れる時もある凛花にとって、百子は頼れるお姉さんという存在だった。レオン含む男には相談できない事も、彼女には相談できると言うのは何よりも気が楽だった。
とんとん、とノックの音が鳴る。ノックの主に聞こえるように返事をすると、ドアの向こう側から百子が声をかけてきた。
「りんか、そろそろ、ひとおおくなるころ」
「解ったわ」
時計を見れば11時間近。百子が言う通り、そろそろ昼食目当ての客がわんさかやってくることだろう。凛花は立ち上がり、レオンを従えて仮面カフェに出た。
仮面カフェのドアが開く。それを見た凛花と百子は開けた主――客に向かってあいさつした。
「いらっしゃいませ!」