ガオナの女王・1

 ――あんたたち、懲りずにまたそうやって喧嘩して!

 誰かの声が聞こえる。

 ――仲良くしろとは言わないけど、周りに迷惑かけるような事だけは止めてくれる?

 呆れるような声。気が強く、やや高いその声には、聞き覚えがあった。だからこそ、これが過去の夢だとすぐに解った。
 自分の腕を見ると、見覚えのある黒い詰襟の制服。アカデミーの制服だ。
 ぼやけた顔の級友たちの中で、その声の主だけははっきりと解る。何故なら、その声の主は。

「――――っ!」

 高塔戴天はがばりと身体を起こす。ヒヤリとしたのでガウンパジャマを見ると、びっしょりと濡れていた。
 時計を見ると、自分が起きる時間。朝に弱い自分にとって、この時間に起きられたと言うのは称賛に値すべきことだ。……それが普通の事なら、だが。
 こんこん、とドアがノックされる。この時間帯に正確に来るのは、一人しかいない。
「おはようございます、兄さん」
 中に入ってくる弟の雨竜。おはよう、と返すと雨竜は目を丸くした。
「珍しいですね。兄さんがちゃんと起きてる」
「ええ。少し夢を見ていたので」
「夢……ですか?」
「ええ」
 頷くことで話を打ち切る。正直内容は覚えていないし、覚えていたとしても話すべきではない。そう思った。

 それからというもの、食事をしても、会社に行っても、仕事をしても、今朝見た夢の残滓がこびりついている感じがあった。
 雨竜をはじめとした人々が何度も声をかけてくるが、原因がはっきりしているわけでもないし、何より社長が情けない姿を晒すわけにはいかないといつも通りの毅然とした態度で振る舞い続けた。心配してくれる人々には悪いが、今日も忙しいのだ。
「社長、本当に大丈夫ですか?」
「ええ」
 もう何度も行われたこのやり取り。倒れるつもりはないのだからもう心配しなくていいと思うのだが、それだけ心配されているのだろうと思うと少し申し訳なくも思う。
 そんな感じで今日のノルマを黙々と片付けていると。

 ピピピーッ ピピピーッ ピピピーッ

 デスク上に置いておいたライダーフォンが珍しい音を鳴らした。雨竜が慌てて自分のライダーフォンを確認するが、そっちのライダーフォンは何の反応もなかった。
「しゃ……兄さん、これは?」
 会社の所用ではない事を瞬時に察した弟が、こっちに視線を向けてくる。さもありなん。この音はクラスリーダーへの通達音であり、緊急の要件があったと言うアラームの音でもある。
 もしライダーフォンがこの音を鳴らしたら、如何なる状態でもライダーステーションに馳せ参じるべし。それは先代の頃からの取り決めだ。
「私は出かけます。今日の用事は一旦すべてキャンセルでお願いします」
 戴天はそう言って立ち上がった。

 ピピピーッ ピピピーッ ピピピーッ

 当然ながら緊急要件のアラームは、他のクラスのリーダーのライダーフォンでも鳴った。
「今日のウィズダムは臨時休業だ。全員、俺が帰ってくるまで持ち場を離れるなよ」
「え~、今日は宗雲指名のお客さんがたくさん来るんじゃないの?」
 宗雲の命令に颯がぶーたれるが、ライダーフォンの事情を知っている浄がまあまあとたしなめる。颯も一応アラーム音の意味を知っているので、それ以上何も言う事はなかった。
「さっさと済ませて来い」
 皇紀の言葉に宗雲は頷いた。

 ピピピーッ ピピピーッ ピピピーッ

「……緊急回線? だりぃ……」
 一人用のゲームだったのがラッキーだった。ルーイはセーブを済ませると、コントローラーを置いてパソコンの電源を切った。

 アラームが鳴ってからしばらくして、クラスリーダーたちが徐々に集まり始めてきた。
 仮面ライダー屋の仕事を切り上げてライダーステーションに来た伊織陽真に、同じように仕事を切り上げてきた阿形松之助と駆が声をかける。
「陽真!」
「よう、赤髪!」
「松之助、駆さん! 2人ともアラームを聞いて?」
 陽真の問いに、松之助は一つ頷き、駆は「クラスリーダー、早急に集合されたし」というポップ画面を見せる。陽真も同じポップ画面を見せると、2人の顔が更に渋くなった。
「まさかこの回線が本当に使われるなんて思ってなかったぜ」
「俺もだ。まさかカオスイズムが……」
 松之助が足を止めかけるが、陽真が背中を叩いて急かす。それを受けた松之助は、陽真と一緒に執務室へ走り出した。
 後に残されるのは駆のみ。
「……やっぱり、アレか?」
 その言葉は、誰かに拾われることなく落ちて行った。

 さて。
 クラスリーダー6人揃った執務室。
 執事こと藍上レオンを脇に従えたエージェントの少女・皇凛花は、全員を確認してからにこりともせずに「みんな揃ったわね」とだけ言う。本来ならライダーサミットでもなかなか揃わないこの状態に対して微笑みの一つぐらい浮かべるものだが、硬い表情を微塵も変えない辺り、事情は一刻を争うのだろう。全員そう判断した。
「で、何があった」
 そんな空気の中、先陣を切るのはやはり面倒くさがりのルーイ。その目には「ロクでもねーことなら許さねー」という圧があるが、その圧に気圧されることなく、凛花は話を切り出した。
「先日、ギャンビッツインがカオスワールドで奇妙なものを見たの。ガオナクスを中心に統率が取れたガオナ。そのガオナたちに守られるようにいた――女性」
「はぁ!?」
「!?」
 事情を知っている駆以外の全員が反応する。ある者は声を上げ、またある者は目を見開き……それぞれが驚きを隠せない状態だった。
「それって本当に女の人だったのか?」
 陽真の質問に頷く凛花。駆もひょいと肩をすくめる形でそれに賛同する。
「何故それが解る?」
 次の質問は宗雲だ。確かに、駆の情報だけで女性とはっきり断定するのは冷静な彼女らしくない気がした。実際に写真でも見たのか、それとも……。
 凛花の方はその質問も予想済みだったらしく、宗雲の方をはっきり見ながら答える。

「実際に、会ったから」

 …………………………。
「「……へ?」」
 さすがにこれには全員が絶句した。