セッション

 彼女にとって、SoLAIREとは人生であり自分自身だった。
 代表曲の「Neon Parade」はもちろん、ブレイクする前の「Solo」、「Grand Crown」なども毎日リピするぐらいだった。周りの人間がよく解らないアイドルや俳優の話題をする中、自分は一人SoLAIREを聞き、彼らの叫びに耳を傾けていた。

「またあいつよく解らない曲聞いてるよ」
「大体付き合い悪すぎ。いつも『興味ない』『知らない』とか、ノリも悪いし」
「それでいて凄い美人なのがムカつく~」

 そんな事を言われるのも、根拠のない恨みを買われて嫌がらせをされることも少なくなかった。それでも彼女は毎日SoLAIREを聞き、他者を寄せ付けなかった。他人なんていらなかった。SoLAIREがいるのだから。
 なけなしの小遣いやバイト代は全部SoLAIREに使った。特集している雑誌やスコアブックがあれば買って読み、古いながらもギターを購入して練習もした。英語も勉強し、ファンクラブにも入った。しかし、SNS上のコミュニティに入る事はなかった。知らなかったわけではない。仲間なんてちょっとしたことで嫉妬し、揉め、無くなる。ただし悪意を除いて。そう勉強してしまった彼女に、人と語り合うと言う行動パターンはなかったのだ。
 そんな風に一人でSoLAIREを楽しんでいた彼女の元に、一大ニュースが飛び込んできた。飛び込んできてしまった。
 SoLAIREの解散。
 所詮は古いバンド。いつ解散してもおかしくない状態ではあった。だが、自分の中ではSoLAIREはいつまでも現役だと思い込んでいたのだ。目の前が真っ暗になる、とはまさにこの事だった。
 ぼんやりとSoLAIREの曲を聞き、SNSで周りの反響を見るだけの毎日。ここぞとばかりにSoLAIREの解散をネタに馬鹿にする人間に囲まれながら、いっそこのまま消え去りたいとも思うようになってきていた。そんな中、とあるライブハウスのイベントが目に飛び込んできた。虹顔市の娯楽地区のライブハウスで行われるSoLAIREトリビュートフェス。
 居ても立っても居られずチケットを買い、その日まで何度もSoLAIREの曲をヘビロテした。ライブの日まで、ずっとSoLAIREと共にあったと言ってもいいぐらいだった。
 そして当日。
 ライブハウスは人でいっぱいだった。中にはSoLAIREのその字も知らなさそうな者もたくさんいたが、それでも良かった。SoLAIREの曲が聞ける。そのためだけに来たのだから。例えそれがSoLAIRE本人でなくても、参加するバンドたちの中にはSoLAIREの魂が根付いているのだ。彼女にはそれだけで十分だった。
 何となく気まぐれにプログラムを見る。個性的な名前が並ぶバンド名の中で、異彩を放っていたのは2番目のバンド名だった。
(『ニューサンシャイン』……?)
 カタカナで単純な名前。SoLAIREがフランス語で太陽だから、それに合わせたのだろう。インディーズの若手バンドにしては、あからさまにSoLAIREに寄せていると思った。
 どのようなバンドなのだろうか。自分では気づいていないが、SoLAIRE以外のバンド――他人に興味を向けたのは久しぶりだった。
「――――ッ!♪」
 気づけば最初のバンドの一曲目が終わるところだった。余韻からするに「EXCITE!!」だろう。タイトル通り興奮を呼び起こす名曲なのに、ノる事が出来なかった。迂闊だった。自分ともあろう者が、SoLAIREの曲を聞き逃してしまうなんて。
 とにかく今は集中しようと思ってしばらく。ようやく自分が注目したバンド、ニューサンシャインが出てきた。力強さを感じさせる大柄な男のドラマーに、優雅さと繊細さが入り混じったキーボード、リーダーらしきチャラチャラしたイメージの抜けないベース、そしておそらく最年少で経験も少ないであろう赤髪のギターボーカル。見た目と腕だけを見込んで寄せ集めたようなバンドメンバーだった。
 期待外れだったか……そう思った瞬間、ギターボーカルが声を張り上げた。

「Buddy Go!」
 何の偶然か、その歌い出しは彼女が一番好きな「Buddy SouL」だった。

 それから先ははっきりとした記憶がない。気づけば赤髪のギタボの声と視線に釘付けになっていた。
 本格的なバンドと比べれば粗削りで、時折ミスも見られたけれど、それを覆すエネルギッシュさと明るさが彼女の心を捉えていた。太陽、という言葉が似合うような感じだった。
 彼らの出番が終わった後どころかライブ自体が終わった後も余韻は残り、どう家に帰ったのか解らないくらいだった。

 

 後日。
 愛読している「MUSIC ON JAPAN」の公式ブログが更新された。内容は、先日のSoLAIREトリビュートフェス。
 じっくりと読んでいるうちに、「次の時代を作る若者たち」という副題でニューサンシャインが簡単に特集されていた。そこに書いてあったのは、彼らはこのフェスのためだけに期間限定で結成された即席バンドだったと言う事、リーダーポジにプロデュースを打診したら断られた事だった。
 ――残念だと思う反面、どこかほっとしている自分がいた。
 あの時、赤髪のギタボが向けていた「太陽」は、確かに自分の心に少しだけ灯りをもたらした。それを他の誰かに振りまいてほしくない。そう思ったのだ。もちろん、あの時の彼は自分だけに向かって歌っていたわけではない。それでもだ。

 翌日。彼女は古いギターを手に、ふらりと娯楽地区のライブハウスに足を運んでいた。
「おや、いらっしゃい」
 来る者拒まずのライブハウスオーナーが、こっちに声をかける。それに対して無言で頭を下げると、背負っていたギターを降ろして軽く鳴らしてみた。初心者なりに音を調整したので、悪くはないはずだ。
 自分にもSoLAIREの曲が弾けるだろうか。そう思いながら音を出していると。
「どうもー、こんにちは!」
 何故か聞き覚えのある声が後ろから飛んでくる。振り向くと、そこにはこの間の赤髪のギタボの青年がいた。
「おっ、今日も来てくれたのかー。陽真くん!」
「へへっ、来ちゃいました!」
 ライブハウスオーナーの喜んだ声に、ギタボの青年――陽真と言うらしい――は同じようなトーンで返す。挨拶を交わしてからこっちに気づいたらしく、「お、新顔だ」と嬉しそうな顔になった。
 ギターを持ってる事にも気づいたようで、「バンドやってんの?」「好きなバンドとかある?」とか質問攻めにされる。正直、ここまで積極的に他人に干渉してくるタイプだとは思ってなかったので、自分の頭の中で思い描いていた何かが、がらがらと音を立てて崩れていったのが解った。
 だが。

「あ、もしかして、こないだのライブに来てくれてた子?」

「!」
 陽真の言葉に完全に詰まった。その反応を見て、陽真は「あーやっぱり」と笑う。
「前の方で目を凄くキラキラさせながら聞いてくれてたから覚えてたんだ! きみもSoLAIRE好きなんだなって!」
「……そう」
「最初の『Buddy SouL』が一番食いついてたから、それが一番好きなのかな」
「まあ、好き……」
「そうかぁ。おれもあれ好きなんだよ。ラストへの勢い良さもだけど、歌詞もよくてさ!」
「……」
 歌詞。英文翻訳したから解る。あれは友と共に見えぬ今を突き進むという歌だ。周りに何もいない自分とは真逆の歌。だが陽真は歌詞も含めて好きらしい。まあ友がいなければ、期間限定でバンドを結成するなんてできないだろう。
 こっちの気配が変わったのに気付いたのか、陽真は「あ、大丈夫?」とちょっと困った顔になった。
「別に」
 憐れまれるのはごめんだ。ギターを持ち直して音を鳴らすと、陽真は一旦黙ってその音に聞き入ってくれた。
 今弾いているのは代表曲の「Neon Parade」。誰もがやるであろうビリー担当の部分ではなく、もう一人のギター担当であるマクシミリアンの部分だ。SoLAIREに憧れる者は、大抵ギターでビリーの部分を演奏をするが、彼女はマクシミリアンの方を主にやっていた。何故なら、彼は屋台骨と言っていいほど曲の根幹を支えている部分を演奏しているから。
 一人で奏でていると、いつの間にか「Neon Parade」にもう一つの音色が重なった。視線を向けなくても解る。隣で陽真がビリーの部分を弾いているのだ。
 即席のセッションは狙ったわけでもないのに息ぴったりで、内心彼女は驚いてしまう。相手の領域にずかずかと踏み込むだけでなく、相手のペースにうまく合わせてくるとは思っていなかった。綺麗な音が重なり合い、二人の「Neon Parade」が出来上がっていく。
 そして最後の一音が完全に消えると、聞き入っていたらしいライブハウスオーナーが拍手した。
「いいよいいよ! 二人ともすごく良かった!」
「ホントですか!?」
「静流くんにも聞かせたいくらいだったよ。陽真くん、大分上達したね」
「ありがとうございます!」
 と、ライブハウスオーナーの視線が彼女の方に向く。
「君もいい感じだったよ。マクシミリアンのパートは難しいところもあるし、渋いチョイスするね」
 声をかけられるとは思わなかったので、「どうも」とだけ返事する。そっけない返事にオーナーは一瞬困った顔をするが、すぐに笑顔に戻った。
「まあ、うちはそれほど厳しくないハコだからさ、気が向いたら君もまたおいでよ。SoLAIREでも何でも聞かせてくれると嬉しいな」
「……考えておきます」
 それだけ答えて、ギターを背負ってライブハウスを出た。

 そのまま家路につこうとすると、後ろから声をかけられる。
「なあ、今度はいつ来る?」
「は?」
 思わず彼の方を振り向いてしまう。そこにはにこにこ笑った――しかし目が真剣な陽真がいた。
「またセッションしようぜ!」
 口説きとかの邪念が一切ない眼差し。そこには、同じSoLAIREを愛するファンとしての目があった。だから。
「……気が向いたら」
 思わずそう返事してしまった。人との接触を好まない自分が、だ。
 あっさりOKをもらえるとは思っていなかったのか、陽真の顔がパッと輝く。「約束だからな!」と手を取ってぶんぶんと振った。
「……」
 約束。
 またらしくない事をしてしまった、と思う反面、その「約束」を少しだけ心待ちにしている自分がいるのも確かだった。

 

 翌日。
 さすがに二日連続ではいないだろうと思って寄ったライブハウスで、陽真と出くわしたのはまた別の話。