(だ、大丈夫。バレてないわよね)
人ごみに紛れて、フードを深くかぶる。近くに自分の知り合いはいないが、それでも警戒するに越したことはない。
周りが友達や恋人と一緒に盛り上がる中、私は一人で周りを警戒しつつ列に並ぶという異様な状態だった。
私は今、とあるアニメのコラボカフェに並んでいた。
SNSでは毎回放送される度にトレンドに上がるほどの人気作品だが、私はそれを隠れてこっそりと見ていた。何故なら、私はいわゆるがり勉で真面目な生徒だから。
もちろん、最近の学生がアニメ……サブカルチャーに全く触れずに育つなんてありえない。しかし私にこびりついているであろうイメージは、私からそれらを遠ざけてしまっている。そんな私がアニメのコラボカフェに並んでいると知られたら……間違いなく噂になるだろう。
それが学校内での噂ならまだいい。問題は、何も知らない親がそれを知る事だ。
私のアニメ鑑賞の趣味は親すら知らない。蝶よ花よと育ててきた娘がアニメ鑑賞という趣味に没頭しているなんて知ったら、嘆き悲しむのが目に見えるからだ。
だからこそこの趣味は誰にも気づかれないようにするべき。私は今までそう戒めてきた。
幸い、周りは同行者とアニメの話で盛り上がっているので、近くにいる私に気を向ける人はいなかった。まあこういうイベントは大体誰かと一緒に行くのが定番だし、私は私で一人で楽しむのには慣れている。だからそれほど困らない。
そう思っていたのだが。
「ん? お前も一人なのか?」
いつの間にか隣にいた男の人に声をかけられた。カラフルな髪と同じぐらいカラフルな服を着た、高身長の男性だ。
私にとって父以外の男性はあまり近くにいない存在。しかもこんな如何にもチャラチャラした男、危険なイメージがまとわりついていて怖い気がした。
そんな私の恐れなど気づいてないのか、男の方はニコニコ笑顔で「オレも一人なんだよな!」と話しかけてくる。これってナンパだろうか。
「あ、あの、私は一人でいいですので……」
「え、一人で楽しむのかよ。それってつまんなくね? このコラボカフェ、滅茶苦茶原作再現されてるし、語れる部分いっぱいあるぞ」
「でもそっちも一人じゃ……」
「オレは駆に断られた。エージェントも仕事だって言うし」
よく解らないが、彼は知り合いに付き添いを断られたらしい。だから私に話しかけてきたのか。
……その後も、彼はちょくちょく私に話しかけてきたのだけど、実際に話を聞くと同じアニメを見ていたからか共感できることが多かった。
「あ、解ります。あの回の次回予告、全く解らなかったですよね」
「そうそう! だから考察がすげぇ盛り上がってたよな。オレも花言葉とか調べまくったぜ」
「私は手の方に注目しました。ハンドサインじゃないかって」
「ハンドサインか! そいつは見逃してたな~」
お互い素性は知らなくても、同じアニメを見ていたと言うだけで話が通じ合う。そもそも私はアニメ鑑賞を秘密にしていたから、誰かとこうして語り合うのはとても新鮮な体験だった。
楽しい。
今まで事情があってアニメを見るのもイベントに行くのも一人だったけれど、こうして誰かと一緒と言うのもいいものなんだ。
そんな感じで話していると、あっという間に私と男の人の番になった。店の中を覗き込んでみたけど、既に席はほぼ満席状態。とてもじゃないけど一人で座るのはムリそうだ。
どうなるのかな……と思ってたら、店員さんが「相席でもよろしいでしょうか?」と私たちに聞いてきた。まだ人数を聞いてないのに、お互い一名だと解ったらしい。パッと見た感じ兄妹とかには見えないものね。
さて、相席を勧められた私たちはと言うと、お互いに顔を見合わせてから「相席でいいよな?」と聞く。そのタイミングがほとんど同じで、つい顔を見合わせてぷっと吹き出してしまった。まだまだ話足りないと思ってたので、相席は渡りに船だった。
……と、ここまで考えて、十分ぐらい前の私の事を思い出す。
フードを被って辺りを見回してまで、人に気づかれないようにと警戒していたのに、今ではこうしてフードを取って見知らぬ男の人とのんきに会話している。それどころか、仕方ないとはいえ相席までやろうとしているのだ。大きな変化だった。
改めて男の人を見てみる。
確かに見た目はチャラチャラした感じだけど、その目は軽薄と言うより人懐っこい感じだ。仕草とか見てると危なっかしさもあり、何となくほっとけない気もしてくる。不思議な男の人だった。
さて、相席となった私たちは、キャラのポップなどで飾られたテーブルに着く。二人分のメニューが置かれていたので、それぞれが取る。
「オレはこの、『あの時食べたランチセット』にするぜ。お前は?」
「私は……ああ、『タマの笑顔おにぎり』にします。『山岸家の粗茶ですが』も飲みたいですし」
「おおっ、いいとこつくな! 笑顔おにぎりはオレも気になってたけど、ランチセットはコースター二枚付くんだよな~」
そう。メニューによって今回のコラボコースターを貰える枚数が違うのだ。私もコースターの枚数でランチセットが気になっていたんだけど、見た感じ量が多そうなので笑顔おにぎりを選んだのだ。
缶バッジをたくさんつけたウェイトレスさんに注文を言うと、途中だったアニメの話を再開する。
「オレ、一話から何度もリピしたんだよな。『このアニメは絶対に神アニメだ!』って思ったんだよ」
「私は三話からですね。助けに来た神楽ちゃんが負けそうになって、『そうだ、まだなんだ』が気になっちゃって」
「あー、よくあるタイムリープものかな~って思ったんだよな。主人公の夢もあってさ!」
「一話と二話は流し見してたんで、もっとじっくり見なおしたいなと思ってたら、動画サイトで気になる部分をピックアップした動画が上がってたんで助かりました」
「解るぜ~」
盛り上がる会話は、時間が経つのを忘れさせてくれる。何もかもが初めての経験だった。
ネット上で話せばいいんだろうけど、ネット上でも知り合いに見つかるんじゃないかと思うとどうしてもこういう話ができない。SNSでは鍵をかけたアカウントを使っているけれど、やっぱり怖い物は怖い。
この人は、どうなんだろう。
あけすけな言動を見てると、喋る相手に苦労してないんだろうなとは思う。実際、最初は知り合いに声をかけたと言っていたし。
何か、羨ましい。
今までは一人で十分楽しめてると思ってたけど、こうして誰かと面と向かって語り合ってしまうと、それが寂しく感じてしまう。一人が悪いわけじゃないんだけど。
そんな事を考えていたら、ウェイトレスさんが注文したメニューを持ってきた。
「おお、そっちのおにぎりも旨そう!」
「そっちは量が多そう……」、
まずお互いのメニューの感想を言い合ってしまう。確かに、私の頼んだおにぎりは三毛猫風に彩られて美味しそうだし、笑顔が可愛らしい。相手のランチセットは女性が食べるには少し量が多そうだ。当然だけどアニメのそれが綺麗に再現されていて、さすがコラボカフェだと思う。
そして袋に入っているコースター。コラボメニューを頼めばついてくるそれはランダム配布なので、袋を開けるまでは何が入っているかは解らない。全部で八種類。推しを引けるかどうかは運次第だ。
丁寧に袋を開け、一気に引くと。
「「……!」」
相手が引いたコースターの絵柄をじっくり見なおしてしまった。何せ、男の人が引いたコースターは私の推しだったから。そして私が引いたコースターは……。
「ちょっ、それオレの推し!」
「え、本当ですか?」
「マジマジ! 交換しねぇ?」
「しましょう! それ私の推しですし!」
「マジか! ラッキーだったな!」
さっそく持っていたコースターを交換する。手に入ったらいいなあと思っていた推しのコースターが、こうして手に入った。
推しが手に入ったことで一安心したのか、お腹がくぅと鳴った。食事が冷めると言うことで、私たちは料理に手を付ける。おにぎりやランチセットのサンドイッチを頬張りつつも、相変わらず話は続けた。
「そう言えば、そのランチセットを食べてるシーンも伏線があるんじゃないかって、推測されてますよね」
「そういやそうだな。主人公のユミコをご飯に例えると、食べた順番で次に誰が死ぬか解るって話だっけか?」
「ユミコのイメージカラーが白だし、他のメニューも同好会のメンバーのイメージカラーに合ってますからね」
そんな感じで話は続く。どれだけ話しても話足りないと思えるくらいに、色んな事を話した。
楽しい。
だけどその時間が永遠じゃないのも解っている。何故なら、目の前の人は今知り合っただけの人だから。
そんな思いがついつい出てしまったようで、男の人が不思議そうな顔でこっちを見てくる。
「何だよため息とかついて。もったいねぇぞ」
「あ、いや、こうして人と話すのって初めてだから、何か名残惜しくなっちゃって……」
「……そういや、お前はここ一人で来たんだったな」
亜美奈のエレメントサンフラワーと名付けられたレモンソーダを飲みながら頷く男の人。
「一人で楽しむのが好きなのもあるんですけど、誰かを誘う事が出来なかったんです」
「マジかよ」
「自分のキャラじゃないから、家でも学校でもこういう趣味を誰にも話せなくて。こうして話せる人たちがうらやましいと思ってました」
……それが私の本音だった。
一人で楽しむのが好きと言っても限界はある。こうして誰かと同じ話題を共有できないし、二名以上の客が優先されがちなイベントや店で悔しい思いをしたことがある。推しのグッズが手に入らず、涙をのんだことも少なくはなかった。
たまに思う。このしがらみを何とか出来れば、もっともっと楽しめるんじゃないかって。だけどそれを振り切るだけの何かが、私には足りなかった。
おもわずため息を付くと、唐突に男の人が口を開いた。
「『あと必要なのが勇気だけなら、飛び込めばいい!』」
「……!」
一話でユミコに投げかけられた台詞。受け入れて戦うか、見なかったことにして逃げるかを迫られた時、友達の真理にそう言われて、彼女は前者を選んだのだ。声色こそ全然違うけれど、その時の勢いや力強さは正に真理が言った台詞の再現だ。現に店員さんを含む周りの人が、男の人に視線を向けている。
そんな周りの視線を気にもかけず、男の人はさらりと「作ればいいじゃねえか」と言った。
「え」
「今の時代、SNSや掲示板で話せる相手たくさんいるし、身内に勧めるとか色々やり方あるじゃねえか。羨ましいと思ったら、やっぱ行動だろ」
「それは、そうですけど」
「考えたって答えは出ないって真理も言ってたろ?」
「……」
そうだ。
主人公のユミコも引っ込み思案なところがあって、迷ったり口ごもったりしたけれど、その都度真理たち友達に背中を押されて一歩踏み出した。このアニメにハマったのも、そんな主人公に自分の憧れを重ねたからだ。
あと必要なのが勇気だけなら、飛び込めばいい。
ユミコはその言葉に応じて飛び込んだ。私も、飛び込めばいいんだ。
「私、頑張ってみます」
私がそう宣言すると、男の人は「おう、その意気だ!」と手を叩いてくれた。
その後、デザートも頼み、大いにお喋りと食事を楽しんだ。
会計を済ませると、お互い余韻を残しつつも別れる。結局名前を聞かなかったけれど、もったいないとは思わない。同じアニメを好きでいれば、またどこかのイベントで会える。そう思ったからだ。
家に帰り、パソコンの電源を入れる。見慣れたブラウザを開き、SNSの自分のアカウントを呼び出す。
「『あと必要なのが勇気だけなら、飛び込めばいい』」
私はそっとロックを解除した。