廃ホテルの少女と赤い鬼

 ある日のことです。
 女の子が一人で、工業地区の廃棄されたホテルにやって来ていました。
「こ、こわい……」
 身体はふるえ、足はおっかなびっくり。そんな状態でここまで一人で来たのには理由があります。ここに来て、鬼のウワサを調べなければ、お気に入りの本をやぶって捨てると言われてしまったからです。
 女の子は、いじめられっ子でした。
 お父さんのお仕事で虹顔市に引っ越してきたのですが、友だちもできず、いじめっ子たちに目を付けられてしまったのです。
 いじめっ子たちは卑怯でした。
 先生たちにバレないように女の子をいじめ、女の子をバカにしては笑いました。ある時は臆病者、またある時は身のほど知らず。さまざまな難癖をつけては、女の子を叩いたり、めんどうなことを押し付けるようになりました。
 女の子は、いじめられていることを誰にも言えませんでした。
 お父さんやお母さんは慣れない場所でがんばっている。そんな時、自分のことで困らせてはいけない。そう思ったのです。
 しかしいじめっ子たちは卑怯者、そんな女の子の優しさに付け入り、さらにいじめました。そしてとうとう、女の子の物を取り上げては勝手に自分の物にするようになってしまいました。
 こうなると、さすがに女の子もやめてほしいと言うようになりました。しかし、それでもいじめっ子たちはバカにするだけです。
 そしてとうとう、こう言いました。

「工業地区の壊れてるホテルにいる、おばけや鬼を写真にとってくればゆるしてあげる」

 工業地区は、大きな市場や港があるけど、怖い人や不良がうろつく怖い場所でもありました。その中でも、ホテルになるはずだった壊れた建物には、とてもこわい鬼やおばけがいると言われていたのです。大人たちも口を酸っぱくして「あそこに行っちゃだめ」と言ってくるような、そんなこわい場所でした。
 女の子は何度もやめようよと言いました。だけど、いじめっ子たちは笑って「だったらあの本、ぜーんぶ捨ててやるからね」と返すばかり。大事な本を守るためには、どうしてもあそこに行かないといけませんでした。
「うう……」
 勇気をふりしぼり、一歩ふみ出します。こつん、こつん、と自分のくつの音だけがなります。スマホをにぎりしめ、あちこち歩き回りました。
 そして、広い場所に出ました。
「なんだろ、これ……」
 広い場所には、じゅうたんやイス、ソファなどがあります。それどころか、重いバーベルや、カンに入ったペンキとか、何でこんな所に置かれてるのか分からない物もたくさんあります。冷蔵庫もありました。
 鬼やおばけがここでくらしているのでしょうか。だとすれば、ここを探せば鬼たちがいるのでしょうか。
 女の子はふるえる体をがんばって動かして、鬼やおばけを探しました。ですが、それらしいのは見当たりません。
(ここで生活してるなら、もしかしたら夜になったらもどってくるかも)
 女の子はそう考えました。
 待ってる方がいいなと思うと、急にここに興味がわいてきました。鬼やおばけはどんな生活を送っているのでしょうか。
 大きなソファに、ハンモックはきっと寝る場所。重そうなバーベルや石で身体を鍛えているのでしょう。でもキャンバスは何なのでしょうか。
 さらに気になって近づいてみます。キャンバスにかかってる布を取ろうと手に取った瞬間。

「おい、何やってんだ」

「っひゃぁぁぁーーー!!」
 急に後ろから声をかけられ、思わずおしっこをもらしそうになってしまいました。鬼が帰って来たのです。
「こ、殺さないで!」
「殺すか! 俺様を何だと思ってやがる!」
「だ、だって、ここには鬼やおばけがいるって聞いたんだもん!」
「オイ待て! 俺様は鬼でもおばけでもねぇぞ!」
「え」
 鬼……ではない男の人は呆れてしまっています。
 確かによく見ると足はあるし、顔も普通の人間の顔です。ただ、髪の毛は赤と黒。しかも黒い部分は角のように伸びています。もしかしたら、この髪形を見て、みんな鬼と勘違いしたのでしょうか。
 さて、その肝心の男の人は困った顔になっています。無理もありません。勝手に鬼扱いされたのですから。
 男の人が困っているので、女の子は廃ホテルには鬼とおばけがいるとウワサになっている事、その写真を撮って来いと言われた事を話しました。
「何だそりゃ。俺達は鬼でもおばけでもねぇぞ」
 話を聞いた男の人は呆れてしまいました。でも女の子にしてみれば、このような場所に住んでいるという時点で普通の人間とは少し違うような気がしました。
「うーん」
 女の子は困りました。
 男の人の話を聞くに、鬼もおばけもここにはいない事になります。だとすれば、写真を撮ることはできないのです。
「どうしよう……」
 女の子が困っていると、男の人が「どうした?」と不思議そうな顔でこっちを覗き込んできました。
 話すか、話すべきか。少し悩みましたが、勇気を振り絞っていじめられている事も全部話すことにしました。
「はぁ!? 何だそれ、くっだらねぇ事してやがんな」
 話を聞いた男の人は怒ってくれました。真剣に怒るあまり、「俺様がそいつらをぶん殴ってやる!」とまで言ってくれたのですが、さすがにそれはまずいと思い、女の子は必死になって止めました。
「何だよ、悪ぃ事をしてる奴なんだから、一発ぶん殴ってもいいだろ」
「だ、ダメだよ。暴力はよくないって、先生も言ってたもん」
「つってもなぁ……」
 ぼりぼりと頭をかく男の人に対し、女の子は少し冷静になれました。
 ここで男の人に助けてもらうのは簡単だけど、それだと次もっとひどい事をされるかも知れない。その時、男の人にお願いできるか解らないのです。
 自分が解決すべき問題です。
「じゃあ俺様みたいに肉トレするか? 最強最恐最狂になれるぜ」
「え、うーんと……」
 男の人が重そうなバーベルを軽々と持ち上げたのを見て、女の子はちょっと引いてしまいました。あんなの、一生かかっても持ち上げられそうにありません。
 弱い自分でもできそうなこと。それでいて、いじめっ子たちを少しでもびっくりさせられること。何かあるでしょうか。
 ……と、そこで女の子は一つ思いつきました。
「お兄さん、最初の時の大声を出す方法教えて!」
「へ?」
 実は。
 最初のやり取りで女の子がおしっこをもらしそうになったのは、声をかけられただけではなく、その声が大きかったのもあったのです。ここが声が響きやすいのもありましたが、それ以上に声が大きくてびっくりしたのです。
 自分は重そうなバーベルは持ち上げられないけれど、大きな声なら出せるかも知れない。女の子はそう考えたのです。
「声だぁ?」
 これまた男の人はびっくり。声つってもなぁとまた頭をぼりぼりとかきましたが、ふと思いついたようにこうアドバイスしてくれました。
「腹から声を出すんだよ。それから、自分は最強最恐最狂だって思うこった」
「さいきょうさいきょうさいきょう?」
「そう、誰にも負けねぇ! それを目指すと、自然と強くなれるんだよ!」
「ふーん……」
 誰にも負けない。今までそう考えたことがあったでしょうか。
 思えば自分はびくびくとふるえるばかりで、相手に勝つと言うことは全く考えていませんでした。もしいじめっ子に勝ったなら、彼女たちももう自分をいじめたりはしないでしょう。
「分かった、やってみる!」
 それから夕方になるまで、女の子は大声を出す練習をたくさんしました。
 のどががらがらになりましたが、男の人が「それだけ強くなってるってことだ!」と励ましてくれたので、女の子はめげずにがんばることができました。
 家に帰ると、お母さんがのどがらがらな女の子を心配し、のど飴とのどにいいご飯を食べさせてくれました。
「あったかくして寝るのよ」
 かぜと思っているお母さんはそう言って、女の子を寝かしつけます。
(明日は絶対に負けない)
 女の子はそうかたく心に誓い、その日はぐっすりと寝ました。

 そして次の日。
 いじめっ子たちが女の子の元に集まります。
「鬼とおばけの写真、撮れた?」
 女の子は首を横に振ります。それを見たいじめっ子は、「じゃああの本、やぶいて捨てちゃおーっと」とげらげらと笑いました。
 今だと思いました。

「やめてよ!!」

「!?」
 女の子の大声に、いじめっ子たちはびっくりしました。そこで女の子はさらに大声で「やめてってば!!」と怒鳴り返しました。
「な、何よ……」
「ちょっと、どうしたの!?」
 教室を離れていた先生が、何事かと戻ってきました。
 そこで女の子は、大声のまま「私の本を勝手に取って捨てようとしたの!」と先生に言いつけます。
 さすがにただごとではないと思った先生は、いじめっ子たちを一人ずつ問い詰め、ようやく彼女たちは女の子をいじめていたことを話しました。それを知った先生は怒り、本を返しなさいといじめっ子たちを叱りました。
 女の子は勝ったのです。
(やった!)
 大事な物は取り戻せたし、いじめっ子たちは次々と謝ってくる。まるで夢のようでした。
(あのお兄さんのおかげだ)
 お兄さんの言葉を思い出します。
 誰にも負けない、それを目指すと強くなれる。
 女の子は、もっともっと強くなろうと思いました。誰にも負けないなら、きっといじめっ子のような悪い奴らにも負けない。そしていつかは、負けようとしている人に教えよう。負けないことを目指せば、自然と強くなれるのだと。

 こうしていじめっ子たちは先生だけでなく、親からもたっぷりと叱られ、次の日に改めて「ごめんなさい」と謝ってきました。
 女の子はこれをきっかけに、ちょっと強くなるための努力をすることにしました。
 自分も「さいきょうさいきょうさいきょう」になれるといいな、そう思いながら。

 女の子が市場のお肉屋さんで、あの男の人と再会するのは、ちょっと後のお話です。