謎かけ

 謎を解くカギを教えよう。
 君は過去と目の前だけしか見ていないが、もっと周りを見てごらん。

 私に渡されたメモにはそう書かれてあった。

 私が彼を知ったのは、虹顔市にあるクラブ前だった。
 独身既婚関係なしの集まりによる一種の女子会。だがそこに、厄介なママ友が「私も参加する~。財布持ってないから驕りよろしく~」と無理やり割って入って来たのだ。このママ友、財布は持ってこない、人が頼んだ物を勝手に食べるとやりたい放題なのだ。しかもこういう集まりに気づかないように気を遣っているのに、何故か店の前で待っていて無理やり参加してくるのだ。
 今回も全力で参加を拒んでいるのに、しつこく参加すると我儘をこねている。気の弱い友人の腕をつかみ、あーだこーだと言い続けるので、周りの視線がこっちに集中し始めてきた。勘弁してほしい。
 もうどうすれば……と思っていたら、三人組のイケメンがクラブに入ろうとしていた。そのうちの一人、金髪碧眼の青年が「どうしましたか?」と声をかけてきた。
 厄介なママ友は突然現れたイケメンに目が眩んだらしく、スキップしそうな勢いで彼に近づく。
「あの~、実は私たちぃ、みんなで飲もうとしてたんです~。あなたたちもそうなら一緒にどうですかぁ~?」
 聞いてて吐き気がこみあげそうな猫なで声のママ友。どうやらイケメンたちが気に入ったらしく、金髪碧眼の青年にすり寄っている。ちょうどいいので、私たちはささっとクラブを離れた。

 クラブ近くの飲食店で食事とお喋りを楽しんだ後、私たちはそれぞれの帰路についた。私も……と思って家路につこうとしたら、「もしもし」と後ろから声をかけられた。
 誰だろうと思って振り向くと、さっきクラブの前で会った金髪碧眼の青年がいた。やあ、と親し気に手を上げるのでついこちらも手を上げて挨拶してしまう。一緒にいたイケメン二人がいないのだが、彼一人だけ飛び出して来たのだろうか。
「驚かせてごめん。どうしてもさっきの君たちの行動が気になってね。ちょっとだけ張り込ませてもらったよ」
「張り込み……」
 刑事ドラマとかではよくある展開が、まさか自分に起こるとは思わなかった。
「それで、何の御用でしょうか?」
 相手は年下だと思われるのだが、つい敬語になってしまう。それだけ相手が凄いと思ったのか、それとも恐怖を感じたのか。どっちかは解らない。相手の方は「そんなに警戒しなくても」と言いながら、懐から名刺を出した。受け取った名刺には名前と「調査員」という文字があった。調査員。初めて聞く職業だ。
「調査員……ですか?」
 青年と名刺を交互に見ながら、ついつい聞いてしまう。青年も聞かれ慣れているのか、「まあ探偵の一種と思ってくれていい」と苦笑いを浮かべた。
「まあ立ち話も何だし、そこらのカフェで一服しながら話をしたいんだけど……どうかな?」
 彼のお茶の誘いに対し、私は首を縦に振る。私は既婚の身なので本当ならダメなのだが、彼の一連の行動が気になったので、その誘いに乗った。

 お互いコーヒーを一杯。話の内容次第ではお代わりもあるかも知れないが、私はそれだけを注文した。
「それで」
 話を切り出す。
「何故私たちが気になったのですか?」
 何よりも気になったのがそれだったので、まずそれを聞いた。すると青年はふふっと笑って答える。
「単純さ。揉めていた女性はタカりなどに慣れた手つきだった。なのに君たちはその女を振り払えていない。となると、あの女のバックに何か大物がいるか、それとも何らかの手で先回りしているか……そのどちらかだと思ってね」
 ママ友の行動を最初から見ていたかのような口ぶりに、思わず目を見開きそうになった。思わずそうですそうですと頷くと、「やはりね」と青年は笑う。
「で、前者か後者、どっちなんだい?」
「後者です。最初は公園とかでどこそこで集まってお茶しようとか言ってたんですが、あのママ友がタカりをするようになったのでラインや電話に切り替えたんですが、それでもついて来て……」
「ふぅん……」
 コーヒーが運ばれてきたので、二人そろってコーヒーを飲む。
 青年は少し考えているようで、私はしばらく待った。正直些細な事でもいいからアドバイスが欲しかった。
 タカり魔だと知ってからはグループラインから追い出したし、電話も誰もいないのを確認してから家でしている。それなのに、彼女は現地で待ち伏せしては「偶然だね~」とわざとらしく言ってこっちの集まりに入り込んでくるのだ。
 お金に関してもそうだ。何度も何度も財布は持ってきたのか確認しているのに、その都度彼女は「財布忘れた」でごり押ししてくる。一度バッグの中を開けて確認したが、本当に財布を持ってきていなかった。それを指摘して一緒のテーブルに着かせないようにしたが、今度は「会計はあっちのテーブルで」と無理やり金を払わせてきたのだ。
 そうして溜まっているツケは、もう一万は超えている気がする。そこまでしてただ飯を食べたいのかと思うと、呆れてものが言えなくなるのだ。そのうえ、目を付けたイケメンには既婚者だろうがお構いなく媚を売る。見た目は美女なので、鼻の下を伸ばしてしまう者もいるようだ。
 青年が口を開こうとしたその瞬間。
「おいランス、帰るぞ」
 いつの間にかクラブ前で会った三人組の一人がそこにいた。けだるそうな雰囲気をばら撒くその男は、どうやら青年の知り合いらしい。青年の方もそうだね、と返事をした。
「あ、あの!」
 こっちの話を聞いただけで何のアドバイスもなしか、と言いたくなったその時、青年がさっと一枚の紙を私の手に持たせる。何だと思って紙を見てみると、そこには走り書きのような文が書かれてあった。

 謎を解くカギを教えよう。
 君は過去と目の前だけしか見ていないが、もっと周りを見てごらん。

「もっと周り……」
 家に帰って、もう一度その文を見てみる。周り。自分の周りに何があると言うのだろうか。
(そう言えば……)
 主人との取り決めを思い出す。
 女子会に行くのはいいが、その時は場所と時間を必ず教える事。そうすれば帰って来て何もない、とショックを受けずに済むと言われ、納得して教えることにしたのだ。つまり、女子会には参加しないが女子会の事を知っている者が、少なくとも一人いると言う事になる。
(まさか、夫が?)
 信じたくないが、可能性という疑惑が出てしまった以上、それを晴らしたい。まずは聞き込みからだ。そう思い、私はラインで既婚者の参加者に片っ端から「女子会について誰かに話していないか」を聞いて回った。その結果、ほとんどは「旦那には話しているが、時間や場所までは教えていない」と返事が返って来た。
 私はそれを読むと、青年からもらった名刺にあるアドレスにメールを送った。

「よく気づいたね。盗聴器、そして旦那との不倫。それがこの謎の解答アンサーだ」
 メールを送ってしばらくして、青年が家へとやって来た。
 彼は彼で調べていたらしく、盗聴発見器とメモを持っていた。そのメモには私の旦那だけでなく、複数の男との不倫の状況が書かれてあり、中には私以外の女子会参加者の夫の名前もあった。
「静流が言ってたよ。『あの手のタイプは美貌でごり押せば、人生何とかなると思っている。そのために美容とブランド物に散財しまくっているから、友達付き合いに関してはタダ乗りしようとしている』ってね」
「はぁ……」
 言われてみれば納得がいく。さっきも青年たちにすり寄っていたが、あれは彼らがイケメンだからだけではなく、自分の美貌とやらでタカれると高をくくっていたのだろう。
 そして気づく。あんな遠回しの謎かけのような走り書き。あれはもしかして。
「……夫の不倫に気づいていたんですか?」
 私が震え声で聞くと、青年は「何となくね」と答えた。
「でも僕がストレートに言っても君は否定するだろうし、何より傷つける事になる。だから回りくどい方法で、君に気づいてもらう事にしたんだ」
「そうですか……」
 確かにショックはある。だが真相が解れば悲しみよりも怒りが湧いて来る。あんな女の色仕掛けにやられるような情けない男に、自分は今まで尽くしてきたと言うのか。
 とにかく。からくりは解った。後はあの女にタカられた分を取り返すだけだ。ついでに情けない男からも慰謝料をふんだくってやる。
「あの、これもっと調べてもらう事は出来ますか?」

 そういうわけで。
 私は青年にお金を出すことで、更なる不倫の証拠の入手を依頼した。
 青年は優秀で、たった数日で証拠をたくさん持ってきてくれた。私はその証拠を持って弁護士に依頼。旦那とママ友から慰謝料を貰う事に成功した。
 そのついでと言うか、タカられた分も要求したことで、私と同じようにタカられていた人々が結託。ママ友は旦那にも捨てられて、今は借金生活で苦労していると聞いた。
 女子会は、今も続いている。
 今はタカったりする迷惑者もいないので、楽しくやれている。今度行きそこなったクラブにも行こうか、なんて話も出ている。
「クラブか……」
 あの時もらったメモを手に、私はぼんやりとつぶやく。
 今度お返しに私から謎かけ出来ればいいのだが、きっと頭の回転が速い彼の事だ。あっという間に解くのだろう。
 私はほのかに笑うのだった。