「どこ? ここ……」
元々方向感覚に自信はなく、しかも滅多に来ない隣の市。それでも広いんだから歩けばどこか解り易い場所に着くだろうと思ったのが馬鹿だった。
地図看板なんて便利な物はなく、地図アプリで調べても、どこを歩けばいいのか解らない。心細くなってしまい、とうとう立ち止まってしまった。
(って言うか、教育地区ってこんな古臭い場所だったの?)
そう思うのも無理はない。だって今いる場所は焼き鳥屋などの個人経営の飲食店が並ぶ、いわゆる「昭和レトロ」風の街並みなのだ。ちなみに目的地の教育地区は学校や自然豊かな公園など、子供の教育に向いた建物などが並ぶエリアだと聞いている。明らかに地区が違う。
でも……。
「悪くないだろ? ここ」
自分の心の声がそのまま言葉として出てきたので、私はびっくりしてその声の方を向く。そこにいたのはちょっとよれたからし色の上着を着た、若い男の人だ。
いきなり若い男の人に話しかけられたのは初めてなので、つい身を固くして離れてしまう。男の人はあれっと不思議そうな顔をしたが、すぐに両手をひらひらさせた。
「あちゃあ、驚かせたか。ほら、何もしないって」
「す、すいません」
「いいっていいって。俺もちょっと馴れ馴れしすぎたからさ」
男の人は、笑顔で手からぱっと花を出して見せる。手品だって解るけど、目の前で見せられるとやっぱりびっくりする。そんなびっくりしたままの私を見て、男の人はぽんと花を鳩に変えてしまった。
ぱたぱたと飛んでいく鳩が、青い空に飛んで消えていく。その鳩を目で追っていると、どこかからテレビの音がした。
ハッと気づく。今何時だ? と言うか、ここはどこだ。教育地区で待ち合わせしてるのに、こんなところで油を売ってていいのか。
「す、すいません、ここどこでしょうか!?」
「は?」
唐突な質問に、男の人が面食らった顔になる。我ながら滅茶苦茶な質問だと思うけど、こっちは真剣な問題だ。
でも男の人はすぐに「あー、虹顔市の子じゃないのか」と納得してくれたようだった。ぽんと軽く手を叩く。
「ここは下町地区だよ。どこに行きたかったのか知らないけど、多分降りる駅間違えたんだな」
「え?」
頭の中で降りるべき駅の名前を思い出す。確か中央駅。で、実際に降りたのは……。
「あーっ!」
思い出した。私が降りたのは企業地区駅だった。途中で寝たせいで、乗り過ごしたと勘違いして慌てて降りてしまったんだ。
駅名を見れば一発で解ったんだろうけど、降りた場所に駅名の看板はなく、その時の私は慌ててたから落ち着いて確認することもなかった。だから下町地区に迷い込んでしまったわけ。
「やっちゃった……」
だから落ち着いて行動しなさいってよく言われるのに。
がっくりと肩を落としていると、男の人はからからと笑いながらぽんぽんと背中を叩いてくれた。
「でもやらかしたおかげで、こんな良い場所を知ることが出来たんだろ? そう思えばいいんだって」
「そんな簡単に割り切れませんよぉ」
「ありゃりゃ」
前向きに考えられればここまで悲鳴を上げてはいない。そもそも一人で来たならともかく、今回は待ち合わせがあるのだ。
「とにかく、私教育地区に行かないと!」
落ち着いて行動しろという教えはどこへやら。私は急いで目的地に行こうとするが、その肩を男の人が掴んだ。
「待った待った。初めて来た奴にとってここは迷子になりやすいから、教育地区までなら案内してやるよ」
「え」
唐突な申し出。落ち着いて行動しろ、と同じくらいに、見知らぬ人には付いて行くなと言われている。親切とは言え、この申し出はふつう断った方が良いんだろう。でも私は。
「お願いします!」
よく解らないけど、信じられると思った。だから彼に頭を下げた。
頭を下げられた方は勢いにびっくりしたか一瞬ひるんだような顔をしたけれど、すぐに「おっし、じゃあ行くか」と笑った。
男の人の方はさすがに道が解っているらしく、すいすいと先へ進んでいく。対する私はその後をちょこちょこと付いて行く。歩き方も対照的だった。
「よっ、駆!」
「お、駆じゃないか」
「駆~、後で顔出せよ~!」
道を歩く度に、道行く人が男の人――人々が言うには駆と言うらしい――に声をかける。男の人……駆さんも、それに一つずつ返事をしていってる。凄い光景だ。
中には後ろの私にも声をかけてくるんだけど、私はどう返せばいいのか解らなくて苦笑いしかできなかった。
「おい駆、せっかくだから一枚撮っとくか?」
「何でだよ大将!」
「お前が女の子と歩くなんて、もうないだろ?」
「ひでえな! っておいコラ!」
駆さんが声をかけたのと、スマホのカメラのシャッターが鳴ったのはほぼ同時。気づけば私と駆さんのツーショット写真が出来上がっていた。
「ほれ、送信!」
「おいーっ!」
どうやらこのおじさん、かなりスマホの使い方を熟知しているらしい。ぴろりん、と音が鳴り、私のスマホにもツーショット写真が送られてきた。
駆さんの方にも届いたらしく、困った顔で「何やってんだよ……」とぼやいている。
「ま、いらねえならすぐに消してもいいからさ」
そう言われたけれど、私はこっそりとお気に入りのフォルダに入れた。
あの後、無事に教育地区に送ってもらい、私は無事にほのかさんたちと合流できた。
イベントで噂の仮面ライダー屋も見る事ができたけど、私はそれほど騒がなかった。ほのかさんたちは不思議がっていたけれど、私はそれほど気にしなかった。
私の「素敵な殿方」は、スマホの中に1枚だけある。
それで十分だ。