40代のおばちゃんエージェントと18歳の昆虫青年がスズメバチ駆除するお話

 夏の暑い日、私と魅上才悟は車で小学校まで来ていた。
 虹顔市に来てからは車はあんまり乗っていなかったけど、一応たまに乗って動かしては腕をさび付かせないようにしている。こういう時に役に立つからね。
 校門前で車から降りると、中から私と同じかそれ以上の教師が近づいて来た。
「仮面ライダー屋の方ですか?」
「ああ、そうだよ」
「……」
 正確には私は違うんだけど、話をスムースに進めるためにそう答えた。ま、ジャンパーの有無で解るだろう。
「今回は依頼を受けてくれてありがとうございます。問題の巣の近くまで案内します」

 仮面ライダー屋に舞い込んだ仕事。それは小学生の校庭の端に出来た、スズメバチの巣の駆除だった。
 巣は今のところまだ小さい方だけど、放置しておいていいことはない。そこで業者に駆除を、という流れになったのはいいが、その業者が運悪く埋まっていたため、仮面ライダー屋に回ってきたと言うわけだ。
 最初才悟一人でやると言っていたんだけど、装備とか準備とかを鑑みて一人じゃ無理だと言うことで、私も手を貸すことにした。実際、駆除に必要な道具を持っていくのに車が役に立った。

「才悟、巣は見えるかい?」
「ああ。あれはキイロスズメバチだ」
 さすが獣並みの視力を持つ男。スズメバチの巣を見つけるどころか、種類まで当ててくれた。キイロスズメバチは確か攻撃性が強く、近づいただけでも襲ってくるようなハチのはずだ。やれやれ、早くに気づいてよかったよ。
 車(ワゴン)に戻り、防護服を着こむ。レオンに頼んで取り寄せてもらったもので、防護性も保冷性もばっちりの代物だ。なお隣の才悟は「変身すればいいのでは?」とか抜かしてたが、ライダーになればスズメバチの毒が無効化されるかは全くの謎だからと言って止めさせた。そんなチャレンジをするのは皇紀だけでいい。
 スズメバチ用の殺虫剤に飛び回るスズメバチを無力化させるための手持ちトラップ、それから巣を切るためのノコギリ、ごみ袋、もしもの時のステロイド軟膏。それらを取り出し、スズメバチの巣に向かった。
「で、どうする」
 防護服越しに才悟が聞いてくるので、彼にトラップを握らせた。
「あんたはこれで巣から出た奴や戻ってくる奴を捕獲。私が巣を落とすよ」
「解った。何かあったら言ってくれ」
「オッケー」
 才悟のバックアップを受け、私はもう一歩巣に近づく。敵の襲来に気づいた兵隊どもが私の周りを取り巻くが、気にせず歩いた。
 巣は予想より少しだけ大きい感じだった。一旦確認してから、手に持っていた殺虫剤で全体を一吹きする。一缶使い切る勢いで、全体に吹きかけまくってやった。
 一缶使い切ると、後ろの才悟に次の殺虫剤を求める。彼は空の殺虫剤を受け取り、次の殺虫剤を私に渡してくれた。
 次は分厚い軍手に覆われた指を巣に突き刺す。昆虫界において堅牢な巣と言えど、人間の目から見たらさくっと壊せる程度の硬さ。穴を開けたらその穴に殺虫剤を入れて巣の中に吹きかけた。効率のいい駆除方法を付け焼刃ながらも勉強してきたおかげで、割とスムーズに行けそうだ。
 振り向いてないので解らないが、後ろの方もスズメバチが大量に飛び交っているようだ。才悟はちゃんと手順通りにやっているかな。
 巣を穴だらけにして殺虫剤をこれでもかと吹き付けてると、あれだけやかましかったスズメバチが、徐々に大人しくなっていった。そろそろ切り落としても良さげ。残りの殺虫剤を全部吹き付けてから、また後ろにいる才悟に空の殺虫剤を渡した。
 置かれていたバッグからごみ袋とノコギリを出し、ごみ袋を広げる。大容量ものだから、ハチごと巣が入る。もちろん、中のハチが暴れて破れることもない頑丈仕様だ。
「才悟、袋頼むわ」
「解った」
 手持ちトラップから袋に持ち替えた才悟が、ハチの巣を袋で覆う。丁寧な作業で覆ったのを確認してから、ノコギリで切り落とした。

「終わりました」
「おお、ありがとうございます!」
 証拠として巣が入ったごみ袋を見せると、依頼してきた教師が拍手した。いつの間にか集まっていた子供たちも歓声を上げる。
「お兄ちゃん、それスズメバチの巣?」
「ああ」
「見たいー!」
 子供たちが才悟の持ってるごみ袋目当てに群がってきた。スズメバチは危ないから、あんまり近寄って欲しくないんだけどね。
 才悟の方を見ると、彼はちょっと困った顔をしている。これは単純にコミュ不足だからどうすればいいのか解らないって感じかな。
 教師も危ないからと止めてるけど、子供たちの勢いの方が上。こりゃ一旦見せた方が良さげだね。
「仕方ない。シート持ってくるよ」

 レジャーシートを敷いて(残念だけどこれは捨てるしかないなぁ)、その上で切り落としたハチの巣を真っ二つに割った。
「おおー!」
 子供たちが歓声を上げる。ごろりと巣を転がすと、衰弱死したハチがぽろぽろと零れ出た。
 勇敢というか無謀な子供がハチに手を出そうとするが、才悟がそれを止める。
「ハチの針は猛毒だ。刺さると死ぬかもしれない」
「でもこのハチ、もう死んでるんだよ?」
「死んでても毒は残る。だからうかつに触らない方が良い」
 才悟が丁寧に説明したことで、無謀な子供も大人しく手を引っ込めた。その代わりと言うか何と言うか、虫に詳しい才悟に質問が集中した。
「ねえお兄ちゃん、この巣にもハチミツあるの?」
「ハチミツはある。店で売っているハチミツは、ハチの巣から取った物を食べられるようにしているやつだ」
「じゃあさ、ハチの卵は? どこ?」
「卵は、こっちだ。ここでまとめて育てている。いや、育てていた、か」
「女王バチは?」
「それは、こっちだ。一回り大きいだろう。針も立派だ」
 才悟の指に、子供たちの視線が集中する。私もついつい覗き込んでしまった。
 指の先にいるのは確かに一回り大きいハチ。尻の針も大きく鋭い。なるほど、女王バチだ。
「これはキイロスズメバチだからこういう巣だが、別のスズメバチは違う巣を作る」
「お兄ちゃんすごい! 物知り~!」
「虫博士だ!」
 子供たちが再度歓声を上げる。今度は才悟に向けての歓声だ。当の本人は褒められてるのに戸惑っているようだけど、それもまた面白いのか子供たちがやんややんやと騒ぎ立てた。

(何だ、ちゃんとやれるんじゃないか)

 子供たちに囲まれる才悟を見て、私はくすりと笑った。

 

 あの後才悟は一つ一つ丁寧にキイロスズメバチについて解説することになり、子供たちから「虫博士」の称号を貰っていた。ただ……。
「……ふぅ」
 子供たちの質問攻めに、少し疲れてしまったらしい。てか才悟、子供たちのアレはあんたがよくやる何故何故モードのようなものなんだけど、自分がやられるのはきついのかね。
「お疲れ様」
 そんな才悟にミネラルウォーターを渡してやる。彼は無言でそれを受け取ると、半分ぐらい一気飲みした。
「こないだのレスラーマックスと言い、今回と言い、あんたはホント子供に好かれやすいね」
「……よく解らないが、そうなのか?」
「そうそう」
 よく言えば子供たちと波長が合う、悪く言えば子供たちと同レベル。だからこそ、才悟は子供たちに懐かれる。
 ライダーしかないという男だけど、私はそう思わない。そう言う人生を選ぶのは本人の勝手だが、可能性を狭めるのは別問題だと思う。何故なら、未来は「未だ来ない時」なんだから。

「あんた、将来保育士とか似合うかもね」

 私が笑って言うと、才悟は不思議そうな顔で首を傾げた。