40代のおばちゃんエージェントと18歳の料理男子が昼ご飯を作る話

「おばちゃん、スパイス取ってくれないかな?」
「何番の?」
「5番ので」
 深水紫苑にそう指示された中年女性――エージェントは、5番のラベルが貼られたボトルを手に取った。紫苑に渡すと、「ありがとう」と返事が返ってきた。

 現在二人は料理中。仮面ライダー屋の仕事が終わったジャスティスライドに昼食を食べさせるためだ。
 ……なお紫苑もジャスティスライドの一人だが、当人は料理をご馳走されるより料理をご馳走するのが好きなのでこうして料理に参加している。

 紫苑は手慣れた手つきで蓋を開けると、パッパッと軽く振って中のスパイスを振りかける。
 漂う香ばしい香り。徐々に柔らかくなっていく麺が、さらに味付け豊かになった証拠だ。
「ソーキそばにそういうスパイスも使うとはね」
「讃岐うどんに試してみたら美味しかったから、ソーキそばでもイケるかなぁって思ったんだ」
「なるほど」
 相変わらずの料理チャレンジャー。自分では思いつかない事をさらっとやってのけるのが、紫苑の恐ろしくもすごいところだ。
 そんなことを素直に言うと、紫苑は「僕はおばちゃんの方がすごいと思うよ」と照れ笑いと共に返してくる。
「このラベルだって、おばちゃんに言われないと気づかなかったからね」
 ボトルに貼られたラベルをなぞる紫苑。このラベルは自分が提案したもので、昔から分別を付けるために貼っているものだ。
「知らない奴に説明する時も『何々の何』と言うより、『赤の3番』と言った方が解り易いからね。ラベルを貼るのが面倒だけど、それさえ済ませりゃ後は楽だ」
「そうだね。これにしたおかげで解り易くなったって、蒲生くんも喜んでたよ」
「ほーう、あいつもちゃんと台所に入ってくるのか」
「片づけは手伝ってくれるよ」
 紫苑がスパイスのキャップを閉めてこっちに渡してくるので、それを受け取って元の場所に戻した。
「おばちゃんは何を作ってるの?」
「これ見りゃ解るだろ?」
 紫苑の問いに対し、笑って手に持っている材料を改めて見せた。いぼいぼの目立つヘチマのような野菜――ゴーヤーと豆腐。これらを材料にする料理は。
「ゴーヤーチャンプルー」
「ご名答」
 水気を切った豆腐とゴーヤーを一口サイズに切り、フライパンに放り込む。紫苑のソーキそばに合わせたわけではないが、おかずとしては申し分のないチョイスだろう。
 フライパンを軽く振って、材料を大きくかき混ぜる。ゴーヤーたちが元気よく飛び跳ねるのを見ながら、紫苑もくるくると菜箸で鍋の中をかき混ぜた。
「さすが、手慣れてるね」
「あんたにゃ負けるさ」
 紫苑の箸捌きを見ながらからからと笑う。料理が趣味ではない元主婦と、料理好きの青年。どっちが上手いかは一目瞭然だろう。手さばきも、そして味も。
 こっちの本気の言葉を謙遜と捉えたか、紫苑はくすくすと笑う。高く評価されたものだ。
 コンロの火を調節して、買ってきた物からゴーヤーチャンプルーの元を取り出す。それを見た紫苑は「頼れるものは何でも頼らないとね」と受け入れた。
 封を切りつつ、苦笑いを浮かべた。
「昔はおふくろの味だ我が家の味だとうるさかったんだろうけど、今はこういうのが充実しているからね。ほんと、頼れるものは何でも頼らないと、時間がなさすぎる」
「夫婦共働きだから?」
「そういうこと」
 だからうちのおふくろの味はめんつゆと焼き肉のたれさ。
 ついつい自虐風に言って、自分で笑ってしまった。紫苑が笑ってくれたのが救いだが。

 料理ももうすぐ完成する。
 最後の仕上げのために、二人は菜箸を手にした。
「味見お願い」
「あいよ」
 小皿に入った汁を一口飲む。店売りのたれでは出せない深い味が、口の中に広がった。
「問題ないね」
「ありがとう」
 こっちもよろしく、と炒められたゴーヤーを差し出すと、紫苑はさくっと食べてにっこりと笑った。問題はなさそうだ。
 紫苑はごとり、とよそう皿を置く。
「おばちゃんは、好きな人に食べてもらうのって好き?」
 唐突な質問。
 こっちが目をぱちくりしている間に、紫苑は自分の答えを述べていく。
「僕は大好き。ジャスティスライドや、他のクラスのライダー、レオンさん、仮面カフェの常連さんに食べてもらって、美味しいと言われるのが幸せ」
 飾り気のない、本当の言葉だった。紫苑風に言うなら、暖かな心を感じるというやつだ。心優しい彼が自分の根本を見せてくれているような気がして、そのまま黙って先を促す。
「僕はライダーとしてみんなを守りたいけど、同じくらい料理で幸せを届けたい。みんなの喜ぶ顔を見たいんだ」
 そう言いながらレンジから引っ張り出すのは、おまけの冷凍唐揚げ。二品だけじゃ物足りなかろうと急遽追加したものだ。
 香ばしい唐揚げの匂いを嗅ぎながら語る紫苑の目は、今でなく未来を見ている。今こうしてジャスティスライドのみんなを喜ばせるのと同じように、将来彼の料理で喜ぶ人々を見ているのかも知れない。

「だからもし仮面ライダーとして戦わなくても良くなったら、その時は定食屋さんでも開こうかなって」

 おなかが空いた人たちに、そっとご飯を差し出せる、そんな定食屋さんに、と紫苑は付け加えた。
 若さゆえの甘い将来設計と笑えることもできるが、それを笑うのは大人のすべきことではない、と思う。へし折ることは簡単だが、育てることは難しい。それを思い知らされ続ける毎日を、自分は生きている。
 だから今、彼の言葉には黙って耳を傾けよう、と思う。その夢や将来が叩き潰されるとしても、それは今ではないし行うのは自分ではない。
 自分ができることは若芽をそっと見守り、時に水をやることだ。
「あんたらしいよ」
 たった七文字の言葉だが、その奥に詰め込んだ思いは察せられただろう。何故なら、彼は心を見通すのが得意だから。
「生涯一ライダーとして生きるのもオツだけど、そうやってライダー以外の未来を見出すのだってアリだからね」
「ありがとう、おばちゃん」
 紫苑が再び笑う。今度は今までとは違う、安堵の笑顔だ。
 恐らく彼はこの未来予想図を笑われるか、否定される不安があったのだろう。何人たりとも未来は見通せない以上、不安は常に付きまとう。
 記憶を奪われ、カオストーンなる訳の分からない石に運命を左右される今、ささやかな夢や未来を語る事はとてつもなく難しい。それでも自分は彼らに未来を見てほしいと願う。何故なら、彼らはみんな若いから。
(まあこんな事を言ったら、おばちゃんだってまだ若いよって言ってくれるかな)
 そんなささやかな期待もちょっとだけ考えた。まあ当然そんな言葉は返ってこなかったけれど。
「さて、完成だ」

 麺を覆いつくさんばかりのたっぷりのスペアリブを入れたソーキそば。
 一口サイズのゴーヤーと豆腐がてんこ盛りのゴーヤーチャンプルー。
 間に合わせの冷凍唐揚げ。
 今日のジャスティスライドの昼飯メニューが出来上がった。

 肉が多いが、若い男たちにはまだ物足りないかも知れない。まあそこは野菜を食え、で強引に乗り切ろうと思う。
 盛り付けを済ませれば、タイミングよく腹の虫がさっさと食わせろと言わんばかりに鳴る。
「さて、腹ペコ男子どもにご馳走してくるかね」
「あはは」
 二人は笑いながら、台所を出た。

「ご飯できたよ!」