40代のおばちゃんエージェントと年齢不詳のカオスイズム幹部が墓前で話をするだけの話

 彼を見たのは、半ば週課になっていた墓参りの時だった。

 父と夫が眠る墓の前に立つ、白尽くめの男――雪見摩利夫。
 ……否、摩利夫かどうかは解らない。あいつにはクローンのマリオがいる。近くで見ても区別がつきにくいのに、遠目から判別するなんてほとんど無理だろう(皇紀ならいつもの野生のカンで見抜くかもしれないが)。
 そもそもだ。昔の無邪気だった頃とは違い、今はカオスイズムの幹部として動いている男。近づくのは危険極まりない行為だろう。
「摩利夫?」
 それでもあえて私は名前で呼んだ。マリオの方は私と縁が薄いから反応はないだろうし、そもそもここに来る理由がないからだ。そして私の予想通り、呼びかけられたことで摩利夫はこっちを向いた。
「あなたか。相変わらずのようだ」
「お互いにね。ここで会えるとは思わなかったよ」
「わたしがどこにいようが関係のない事だろう?」
「小さいころそんなノリで迷子になって、わんわん泣いてたのはどこのどいつだ」
「そのような恥辱的な記憶など、わたしにはないな」
 相変わらず王子目線、悪く言えば高飛車な奴だ。カオスイズムに組してから、さらに態度が上から目線になったなと、ぼんやり思う。
 昔の摩利夫を思い出す。雪見家に恥じぬようにと小さいころから肩肘を張っていたのはいいが、言葉と行動が合わない事がたまにあった。その度に、立場の低い彼の母が頭を下げ、彼は父親に叱られていた。態度を改めろとも言われていたが、彼は決して直さなかった。
 世話を見てくれと頼まれた事もあった。まだ結婚していなかったので、その度に私は摩利夫の手を引いて色んな場所に連れて行った。
「それにしても珍しいところで会うね。一応先代の墓参りかい?」
「愚かな。むしろ決別に、だ」
 なるほど。
 カオスイズム幹部になったことを改めて誓うために、この墓に唾を吐きに来たわけか。それでもライダーになって墓を破壊しない辺り、ここでもめ事を起こすのは彼にとっては好ましくないようだ。
「そういうあなたこそ、父親の墓参りか? 律義な事だ」
「プラス、旦那もだよ」

 ぴくり。摩利夫の眉が動いた。

「ただの一般人が、よく入れられたものだな」
「レオンが頑張ってくれたからね」
 枯れた花を入れ替え、水を注ぐ。その間も摩利夫は立ち尽くすだけで何もしない。いつも通りと言うより、内心で何か動揺している。そんな感じだった。いつもの王子様然とした彼らしくない。

 ――そうだ。思い出した。

 旦那をはじめとした事故の被害者が運ばれた病院。確か雪見家の息がかかった病院だった。
 雪見家はうちら本家に近い故、運ばれた中に財閥総帥の娘婿がいることぐらい気づいていただろう。だが、彼らは差別することなくトリアージに基づいて被害者たちに治療を施した。
 立派な判断だと思う。救える命を救ったのだから。だが、全ての命を救えたわけではない。その手から零れ落ちた命が、寄りにも寄って身内の関係者だった。ただそれだけなのだ。
 だが、その事が摩利夫の心のどこかで根付いてしまっていたとしたら?
 もちろん、私の想像だ。もしかしたらもっと別の事で動揺しているのかも知れない。それでも私は、言いたかった。

「別にあんたたちの事を恨んだりとかはしてないよ。当時も、今も」

 警察の人曰く、ほぼ即死だったとの事らしい。自分も包帯まみれの旦那の顔を見て、それに納得した記憶がある。だから最初から助けなかった病院……雪見家に対し、私は何の感情もなかった。
 さて肝心の摩利夫の顔には、何の動きもなかった。先ほどの動揺は自分の勘違いか、と思ったが、ぼそりと「当然だ」と呟いたのを聞き逃さなかった。
 救える命救えない命。命の現場に立つからこそ、その割り切りをしなければならない。全ての命を救えれば最高だけれど、それが叶わない夢物語だと解ってしまうほど、私は年を取ってしまった。
 摩利夫は、どう思っているのだろう。
 彼はまだ若い。命に対して、割り切りと覚悟が出来るほどまだ年を重ねていない。カオスは、そこに付け入ったのだろうか。後で六期生に聞いてみようか、とぼんやりと考えた。
 風が吹く。
「あなたは、カオスの意志をどう思う」
 いきなり摩利夫が私に聞いてきた。
 どう思うも何も、カオス自身にじっくり話を聞いたわけではないのだから何も言えない。ただ、その「意志」とやらに従っているカオスイズムが悪事を働くのを見てるだけなのだから、大人しく従うつもりはカケラもない。
 煙草を一本取り出して吸うと、摩利夫の顔が少し渋くなる。そう言うところはやはり医者の家系か。
「何もないよ。ただ、カオスイズムのやり方は気に食わない」
「あの者たちはカオスの意志に従って行動しているだけだ」
「だったら話は平行線になるだけだね」
「解り合う気はない、と?」
 私は無言でうなずく。
 正直、説き伏せてこっちに戻したいとは思う。しかし彼の意志が固い以上、生半可な言葉で揺るがせる事などできないだろう。そしてそれは私も同じ事。だったら、スパッと切り捨てた方が早い。レオンたちが聞いたら頭を抱えそうではあるけれど、私はそう割り切った。

 びゅう、と私たちを分かつように風が吹いた。

 摩利夫の方は動揺が無くなり、いつもの王子のような態度になる。
「ならば、わたしたちの間に会話はもう必要なかろう」
「あんたの過去話のストックなら大量にあるけどね」
「無駄な事を」
 全くだ、と私も内心苦笑を浮かべる。煙草を仕舞い、墓の掃除を始める。当然だが、摩利夫は手伝わない。カオス関係なく手伝うキャラではないのはよーく知っていた。
 墓の掃除の間、昔の事を思い出す。生まれた日は雪見家の跡継ぎだと大騒ぎだった事、初対面の時は人見知りで母親にしがみついて離れなかった事、迷子になって引き取りに行った時安心したのかひときわ大声で泣き出した事、あれやこれや。
 もう彼にとって、忘れたい過去のなのだろうけれど、それらを忘れたら、雪見摩利夫はただのマリオと化すのだろう。そんな気がした。

 墓の掃除を済ませると、お互い別方向に向かって歩き出す。
 別れの挨拶は、ない。
 後ろから撃たれる事も少しだけ考えたが、摩利夫の性格上それは有り得ないだろうと思った。そして実際、後ろから何もなかった。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」
 仮面カフェに帰ると、レオンが出迎えてくれた。今のところ、他のライダーたちはいない。
「摩利夫に会ったよ」
 単刀直入にそれを告げると、レオンの目が丸くなる。
「だ、大丈夫でしたか!?」
「大丈夫も何も、私がここにいるだろ?」
「それはそうですが……」
 まあ無理もない。昔の摩利夫ならともかく、今のあいつはカオスイズム幹部の一人なのだ。ライダーもつけずに一人で出くわしたなら、まず逃げる事を考えるべきだろう。だけど私は真逆の行動をとった。何故なら、摩利夫がそう言うキャラじゃない事をよく知っていたから。
 逆に言えば、それを破った時こそ摩利夫はただのカオスの妄信者となり果てるという事だ。そう考えると、摩利夫はまだ戻ってこれる可能性はある。
 それがいつになるのか解らないが、その時こそ私とあいつが本気で向き合う時なのだろう。

「昔と変わらなかったよ。あの子は」

 それらをひっくるめて、私はそうレオンに告げた。