招待されたレストランは、カジュアルながらもドレスコード必須の高級レストランだった。
だから私は久しぶりにカジュアルな服に袖を通し、これまた久しぶりに気合を入れて化粧もした(為士に教わってて本当に良かったと思う)。
そして時間より五分ほど前に到着。入り口で招待状とその送り主の名前を上げると、すぐに受付は私を通してくれた。
「お連れ様は既に到着なさっています」
そうスタッフが話す。こっちは五分前だと言うのに、随分と早い到着だ。
案内された個室では、確かに自分を招待した男がいた。パッと見た目いつもの姿と変わらないが、ドレスコードに合わせた高価なそれなのだろうと思う。
「来てくださってありがとうございます」
「こちらこそ。招待ありがとう」
テンプレ的な挨拶を交わすと、席に着く。
客が揃ったと言うことで並び始める料理の数々。テーブルマナーは昔勉強したけど、正直今も完璧に覚えているかは自信がない。対する相手の方は綺麗な所作でさくさくと食べていく。
「最近の様子はいかがですか?」
「特に変わったところはないね。ライダーの方も、財閥の方も」
「それは重畳です」
しばらくはそんな他愛のない会話が続く。とはいえお互いお偉いさんの身。話の内容はつい会社の事になってしまう。
そして、跡継ぎや結婚の話。
「再婚は考えないのですか?」
「考えてないねぇ。見合い話もいくつか来てるけど、大抵はレオンが書類選考で落としてるよ」
「彼は厳しそうですからね。吹毛求疵にならなければ良いのですが」
苦笑する彼に、私はそっちはどうなんだと聞く。そろそろ年頃の身の上、私以上に見合い話は大量に来ている事だろう。そんな私の質問に対し、彼は「察言観色」と言い放つ。詳しくは知らないが、確か相手の思考などを読み取っているという意味だったはずだ。
ただ、彼はその後に「ですが」と付け加えた。
「私が今この場で、貴女に『結婚してください』と言ったら、どうしますか?」
――目が細く、鋭くなるのが自分でも解った。
「どういう意味だい? ――高塔戴天」
私の詰問に、美貌の若社長はただ微笑むだけだった。
私がいつもの「戴天」ではなく「高塔戴天」と苗字込みで呼んだのには、理由がある。
高塔家は格式が高く、遊び相手を選ぶだけでももめ事が起こるとまで言われている。それを一飛びどころか十飛びはしているプロポーズ。冗談にしてはきつすぎる代物だ。
冗談だと笑ってほしいものだが、戴天の柔和な目に冗談の色はない。……ただ、本気とも取れる色はなかった。一種の駆け引きか……と思っていたら、戴天が「あくまで、たとえ話です」と防衛線を張った。
「そう言う事なら答えはノーだね。私から見て、あんたはまだまだだ」
「手厳しいですね」
あくまで柔和な微笑みを崩さない戴天。たとえ話と言うのは本当なのだろう。だが。
「私は女としてトウが立ってるし、子供も産めない身体だ。高塔家としては落第点じゃないのか?」
年の差は一回り。それでいて子宮を取った身。こう言うのも嫌だが、私は女として価値があるとは思えない。例え本心からの言葉だとしても、高塔家がそれを許さないだろう。
戴天の笑みは揺るぐことはない。その言葉は既に予測済みだ、と言わんばかりのそれだ。
「十人十色。貴女の評価を決めるのは貴女だけではない。それに、コスモス財閥との縁を強固にするという点で、貴女にはまだ価値があります」
貴女の魅力はそれだけではありませんが、と戴天が付け加えた。
ふむ、と出されたワインを私は一口飲む。言ってることは納得できるが、彼の本心はもう少し後ろに隠れているような気がした。
「……雨竜の事かい?」
一つの可能性を口に出す。彼にとっては自分自身以上に大事にしている弟。その弟への負担を少しでも減らしたいのだろうか。
その質問に対しての返答は、変わらぬ笑みだった。
食後のデザートが並べられる。
名前は憶えていないが、結局のところ冷たいシャーベットだ。一口すくって口の中に放り込めば、冷たさと同じく上品なバニラの味が口に広がっていく。
「……先ほどの質問ですが」
戴天が同じようにシャーベットを一口口にしてから話し出す。
「自分の問題に関しては雨竜くんは関係ありません。むしろ、関わらせたくありません」
「……そうか。悪かったね」
戴天のプライドを刺激したかもしれないので、私は謝った。
「伴侶を喪ったからかもしれませんが、貴女はやや自身の魅力と言うものについて疎いようですね」
「そんなもんかねぇ」
意識したことはない。自身の地位や家柄で近づく者、離れる者ばかり見てきたからか、私自身、魅力というものを考えたことはなかった。……夫と出会うまでは。
夫の事を思い出す。彼は最初は私のバック……コスモス財閥の事を意識していたようだが、実際に会話すると自分とよく似ていると言われたものだ。
それはさておき。
「何と言われようとも、私の回答は変わらないよ。あんたはまだまだ時間がある。焦る必要はないさ」
「余裕綽々であれ……と言う事ですか」
「そうだね。私もそうそう簡単にくたばるつもりはない。消えてなくならないから安心しな」
本音だ。
戴天が本気で私の事を好きなままでいると言うならきちんと考える気はあるし、高塔のことで背負うであろうものを全て背負って生きていく覚悟もある。思いが変わるかまでは解らないけれど。
今必要なのは、時間だと私は思った。
食事を終え、家路につく。
駐車場で別れ、それぞれが別々の車に乗った。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
運転席のレオンが挨拶してくる。バックミラー越しの目は、食事会の是非を問うているようだった。
「戴天に、まさかのプロポーズされたよ」
驚かれることを承知で、茶化すことなくストレートに言う。予想通りレオンが息をのむのが解った(運転をミスらなかったのはラッキーだと思う)。
「お受けになったのですか?」
「まさか。焦らずにもっと考えろって言っておいたよ」
大企業の社長を振った、と見る人間もいるだろう。私自身、一旦保留と言う形で彼からの好意を受け取らなかったのだから、振ったと思っている。
「周りの事を考えて……ですか?」
次期総帥である私が高塔に嫁入りすれば、また財閥総帥の座が空くかもしれない。逆に戴天が婿入りするにしても、どっちを総帥にするかで騒動が起きる可能性はなくはない。レオンの指摘はそこにあった。
だが、それは違う。もし仮に私が何の後ろ盾のない女でバツイチではなかったとしても、今回のプロポーズは断った。何故ならそれは。
「年を取るとね、恋に臆病になるもんさ」
自分の年、周りの反応、しがらみ、その他諸々。いろいろ考えては、尻込みするようになってしまう。だからこそ、戴天の言葉を冗談として流す事しかできなかった。
「戴天はまだ若い。まだじっくりと考える余裕があるんだから、それを大事にしてほしいんだよ」
その先で考え、手に入れたいと願うのなら、努力すればいい。己の努力で社長の座をつかみ取ったように。
「解ってくださるでしょうか?」
「解るさ。あいつは賢いし、強い男だからね」
「確かに」
レオンが頷く。様々な重荷を背負いつつも、それを当然と受け入れて真正面から立ち向かう男。そんな男が、弱いわけがないのだ。
車に乗る前の戴天の顔を思い出す。
彼に、私の思いが理解できていればいいのだけれど。そう思った。