40代のおばちゃんエージェントと22歳のギャンブラーが麻雀大会に出るお話

 こと、と牌が置かれる音。
 ぱち、と牌がぶつかる音。
 それ以外は聞こえない。そんな静寂の中、駆は気づかれないようににやりと笑った。
(いいねぇ、このヒリつく空気。おばちゃんに感謝だな)

 

 事の始まりは一週間前。
「駆! 一緒にこの麻雀大会に出てくれないかい?」
 そう言って中年女性――エージェントから出されたのは一枚のチラシ。そのチラシには「虹顔闘雀大会!」という見出しが三分の一を占めていた。
 確かこのチラシ、自分の家にも届いていた気がする。大きな見出しに目を取られてしまって見落としそうになったが、確かこれは……。
「そ、優勝賞品がカオストーンなんだよ。ちょっと調べてみたけど、本物だった」
 巨大宝石、の部分を指さしながら説明する。肩透かしオチにならないよう、先に調べておいたらしい。さすが頭の回転が速い女だ。
「まあ当たり前だけど麻雀に勝たないとこれはもらえない。だがあいにく、私は麻雀はちょっとかじった程度なんだよね」
 それで自分というわけか。確かに、正確には違うが麻雀もギャンブルの一つに数えられやすい。
「麻雀はした事あるかい?」
 頷く駆。一時期それはもう毎日のようにやりこんでいて、実力はそれなりと言ったところだ。一応プロにも認められたことはある。
 問題は参加選手の質だろう。素人に毛が生えた程度なら勝てる自信はあるが、プロが紛れ込んでいたならそれも厳しくなる。
 そして何より……。
 真剣な顔をしてるのを見たエージェントが、ぽんと手を叩く。
「ああ、手伝ってくれるだけでも報酬は払うし、カオストーンを手に入れたらちゃんと買い取るよ」
「マジか!?」
 我ながら現金なもので。
 金という二文字が出た瞬間、駆はその依頼に速攻飛びついた。

 それから一週間。エージェントやフラリオ相手に麻雀の練習をし、今日の本番と相成った。
 参加者の面子だが、少し警戒していたプロの参戦はないようだった。ただ気になったのが、グループっぽい人の集まりだった。
(グループ参戦か。誰かが負けても、他の誰かが勝ちゃ問題ねえもんな)
 駆の懸念の一つが当たってしまったが、大問題と言うわけでもない。実際、自分とエージェントはコンビで来ているようなものだし、本当に欲しいなら人海戦術もまた戦術の一つだからだ。
 ふう、と駆は一つため息をつく。
(……ま、全員倒しちまえばいい話だ)
 ちょうどいい牌を出してくれたし。
「ほい、それロン!」
 ぽろりと捨てられた牌を拾って役に繋げる駆。有効牌をうっかり捨ててしまった男は、がっくりと肩を落とした。
(おばちゃんは、と……)
 エージェントが試合しているであろう場所に視線を向けると、その彼女が点数宣言をしている声が聞こえた。どうやら、彼女も無事に勝ち進むことが出来たらしい。相手もこっちに気づいて手を振って来た。
「お疲れ、おばちゃん」
「駆もね」
 まずはお互いの健闘をねぎらう。それから駆は「あんまり仲良いアピールはしない方がいいぜ」とあえて厳しく言った。
「ずる賢い連中がコンビ打ちを警戒する。そうすると、逆に俺達がやりづらくなってくるんだよ」
「あー……」
 一週間の間、打ち方や役の作り方を教えるついでに、イカサマの仕方も教えた。そのうちの一つに、コンビ打ちと言うものがある。
 当然赤の他人同士ではできない方法だが、お互い知り合いならやれる方法はある。だから知り合い同士が来た時は警戒しろ、と教えたのだ。
 逆もまた然り。自分たちがコンビ打ちをすると警戒されれば、局面においてやりづらくなる可能性が出てくる。最悪、どちらかは辞退しろと言われるかもしれない。
「まあ、ここはガチの試合じゃないから変な言いがかりはつけられねえと思うが……それでも少しは面倒な事になるかもしれねえからな」
「OK、解った」
 そんなことを話していると、次の試合が発表された。今回もお互いぶつかり合うことはないようだ。
「んじゃ、行くか」
「おう!」

 そんなこんなで勝ち続けていたら、あっという間に決勝戦になった。
 決勝戦の相手は何とか勝ち進んできたエージェントと、駆が少し警戒しているグループのうち二人だ。
 知り合い同士隣り合わないように席が決められ、さいころが振られる。これで順番が決められた。
(グループその一が一番目で、俺が一番最後か)
 先攻後攻で勝ち負けが決まるゲームではないが、のんびりしていられる状態ではない。全員の捨て牌を見ながら、駆は戦略を練り始める。
 対面のエージェントはまだ初心者の動きが抜けておらず、役作りに精一杯のようだ。まあこれは駆の方から「無理にあれこれ考えるより、まず自分が役を作る事に専念しろ」と教えたのもあるが。
 相手の動きに警戒し、勝ちに行くのは自分の役割。駆はそう判断していた。
「ポン」
 グループその二が鳴いた事により、戦況が動き始める。空気が張りつめていく気がした。
(おー、おー。そう来ますか)
 並んだ牌と捨てられた牌を再度確認し、ある程度相手の手を読み始める。
 自分の手はまだ出揃っていないが、逆に言えば勝負に出れる可能性もある。外せば痛いが、当たれば役満だ。
(やべえ、めっちゃ楽しい。おばちゃんやフラリオには悪いが、楽しませてもらうか!)
「それ、チーな」
 駆も動く。
 目の前のエージェントが目を丸くしていたが、まあ気にしない事にした。

 ……しかし。
(やべえな……)
 対面のエージェントの顔が少しずつ追いつめられたそれになっていく。点棒が無くなってきている証拠だ。
(二人がかりでおばちゃんをタコ殴りにして終わらせれば、自分らのどっちかが優勝。楽でつまらねえが、確実っちゃ確実だな)
 彼女が負ける前に自分が大量に点を稼げばいいのだが、相手はそれなりに打っているらしく、駆一人で削りきれるとは思えなかった。
 このままだと、カオストーンを奪われてしまう。それだけは何としても避けたかった。
(俺が手を貸すか? いや、相手も多分それは警戒してるはず。となると……)
 考える。コンビ打ちと思われずに、彼女を助ける方法。それか、彼女がやられる前に相手を蹴散らす方法。
(ダメだ、全然思い浮かばねえ)
 逆に考えすぎが隙になってしまったか、うっかり捨てるつもりのなかった牌を先に出してしまう。
 しまった、と思うが後の祭り。それを拾われてロンあがりされてしまった。
(やっちまった……)
 彼女を助けるより先に自分がピンチになってどうする。
 駆は頬を叩いて、目の前の卓上に神経を集中させる。やれる回数は少ない。冷静に状況を見極めなければ。そう思って卓上を再度見直して、ふと気づいた。
(……ん?)
 相手のうっかりミスか油断か、それともエージェントの勝負運が向いて来たのか。捨てられている牌の面々は明らかに彼女に味方しているようだった。
(一応教えたやつもあるし……)
 一週間のうちに教えた、打ち方、役の作り方、イカサマの仕方、……そして役満の役。
 後はそれを覚えているかどうか。それに気づくかどうか。
 これもまた賭けだ。駆は腹をくくって、彼女の手の中にある牌に注目した。

 

「いやあ、まさかの大逆転ができるとは思わなかったよ」
 手にしたカオストーンを手に、エージェントがからからと笑う。優勝者への賞品であるカオストーンだ。
「あんたマジですげえわ……才能あるぜ」
 その後ろで駆がため息をつく。

 ――あの時、エージェントが引いた牌によって出来たのは、役満の役「清老頭(チンロートー)」だった。

 一と九をかき集めてできるその役は当然難易度の高い役で、まず作ろうと考える者はいない。駆も、卓上を見なければ思い出しもしなかった。
 それでも彼女はその役を作り切った。ただ役を作ろうと必死だった中、集まったのが一と九だっただけで。
 その一か九の牌が来る事に、駆は賭けた。そして、彼女はお目当ての牌を手にし、駆は賭けに勝った。
(まさかこんな形でヒリつく思いをするとは思わなかったぜ)
 麻雀以上の興奮をくれたお礼として、カオストーン代は請求しないでおこう。
 そう決めた駆だった。