40代のおばちゃんエージェントと20歳の小悪魔系とカフェでお茶するお話

 中年女性――エージェントが、「それ」を仕掛けられたのは葬式帰りだった。

「ふふふ、動くな」

 後ろから目隠しされて、動きを止められる。普通なら大声を上げるところだが、この手の悪戯には慣れてしまっているので、動じずに目隠しを取った。
「おいおい、そう言う冗談はもっと別の時に」
 そう言って振り向いた先にあったのは、フランケンシュタインのマスクだった。
「うひっ!?」
 さすがに二段重ねとは予想していなかったので、思わず悲鳴を飲み込んでしまう。襲撃者はその反応に満足したらしく、マスクを取ってにやりと笑った。
「へへ~、大★成★功♪」
 そのにやにや笑いに腹が立ったので、思わず胸倉をひっつかんで「何してくれてんだゴラ」と詰め寄る。言葉遣いが悪くなったが、やってくれたことを考えれば仕方ない……はずだ。(レオンがいたら説教ものだが)
 胸倉をつかまれても襲撃者のにやにや笑いは止まらない。こっちの非力さも解っているが、何より本気でないのは解っているからだろう。
「も~、おばちゃんったらこの程度でマジになりすぎ。ちょっとは心に余裕を持ってよ」
「今回に限りその余裕はない」
 そう言われたランスによく似た顔の襲撃者――Qはひょいと肩をすくめた。

 とりあえず罰として連れて行ったのは虹色カフェだった。
「奢りとかイヤなんだけど」
「悪戯の罰だ。大人しく奢られな」
「ちぇっ」
 Qは相手間違えたかなとかぼやきつつも、さっそく自分が食べるグミを大量に持ってきている。それを見ながら、エージェントは自分の分のコーヒーとサンドイッチを注文した。
 しばらくは他愛のない会話が続く。とは言っても、大半がQの仕掛けた悪戯報告だったが。
「ランスに仕掛けた悪戯を自分が見れないのはホント残念なんだよね~」
「自分の身体がもう一つあれば良かったってか。クローン技術にでも期待するかい?」
「もしそうなら、ランスにそっちを押し付ける」
「だろうね」
 コーヒーとサンドイッチが届く。
 店名に違わず虹色のデザインがされたコーヒーを口にする。普通のコーヒーとは違う味だが、今はこの味で十分だと思った。
 サンドイッチも口にしていると、珍しく神妙な顔でQがこっちの顔を覗き込んできた。
「……何かあったって顔だね?」
 観察眼の鋭さはランス譲りか、こっちの様子がおかしいのを見抜いてくる。誤魔化す理由もないので、素直に今日のことを話すことにした。
「今日、恩師の葬式だったんだよ」
「おんし?」
 脳内でうまく漢字変換できなかったのか、Qが首をかしげる。解りにくかったかと思いつつ、「お世話になった先生だよ」と言い換えた。
「数年前からガンだったらしくてね。元々身体が強い方じゃなかったから、治らずにそのまま……ってとこさ」
「ふーん」
 もう興味を失くしたか、Qはかなり適当に返事する。心配したんじゃないのかと思いつつも、話を続けることにした。
「葬式にはクラスメイト全員が来たから、ちょっとした同窓会になったんだけど、私は先に抜けてきたんだよ」
「ふーん」
 また同じ返答。だが今度は「先抜けに理由があるっぽいんだけど?」と言うおまけがついた。
 確かに。普段なら先抜けなどせず、旧友と交流を深めていたところだろう。だが、その時の自分に「普段なら」というものはなかった。何故なら。
「財閥令嬢ってのは、思った以上に壁を作っちまうもんなんだよ」
 当時から遠巻きに見られ、仲良しと言えるクラスメイトはいなかった。その時の雰囲気は、今もなお残り続けていた。
 周りが昔を懐かしむ中、自分に話しかけてくるのはほとんどおらず、いても最近の近況をちょこっと聞く程度で離れていった。そんな空気の中、居残り続ける神経が、自分にはなかったのだ。
 幸い、自分が離れて引き留めてくる者はいなかった。レオンを呼ぶ事もなく、歩いて帰っているところを、Qに「襲撃」されたのだった。
「ふーん、アホらし」
 今度の返答にもおまけがついた。自由奔放な彼には、その時の空気は解らなかったのだろう。――いや、解って欲しくない。というか、ライダーのうち誰にもあの空気を味わってほしくはなかった。
 ……とにかく、とにかくだ。
 あそこで「襲撃」されたことで、少しは暗い空気が払しょくされた気がする。あのまま帰れば、レオンに余計な心配をかけさせたかもしれないだろう。その点に関しては、Qに感謝だった。
「それにしても葬式、ね。そんなに大げさにする理由が、ボクには解んないや」
 そういうQだが、半分は強がりだろう。何故なら、彼は人一倍死――消滅を恐れているから。
「死んだ人を弔うのと同時に、一区切りさせるためにも必要だからね。葬式ってもんは」
「一区切り?」
 さすがに不思議がったか、Qが首を傾げた。
「『ありがとう』、『さようなら』、『忘れません』の3つさ。特に『忘れません』と区切りを付ける事で、その人への思いを昇華する」
 あくまで持論だ。宗教的なものまで加えたらきりがないし、正直そこまで考える気はない。なのでそれ以上付け加えることはなかった。
「忘れないって言っても、年がら年中思ってるわけじゃないんでしょ?」
「当たり前だ」
「それって忘れないって事にはならないと思うんだけど」
 Qはそう吐き捨てるように言い残し、席を立つ。行く先を見るとグミのエリアだったので、お代わりを取りに行っただけのようだ。
 彼の言うことはもっともだ。忘れないと心に決めても、日常に流されていつかはその存在が埋もれていく。数年前、毎日亡くなった夫を思って泣いていた自分も、今ではけろりとした顔でこうして日常を生きている。
 ……そこまで考えて、彼の本心が少しだけ見えた気がした。
「忘れるわけないだろ、あんたみたいな悪戯坊主」
 その背中に向けて、ぼそりと言い返してやった。
 あいにく、彼の耳には届かなかっただろうけれど。

 勘定を済ませ、虹色カフェを出る。
 時間の流れが解らなかったが、日がだいぶ傾いているので、結構話し込んでいたらしい。
「それじゃあね、おばちゃん。奢ってあげたんだから、後で何か返してね」
「返すわけないだろ。罰なんだから」
 悪戯の罰なのをすっかり忘れていたらしいQが、こっちの言葉でぶんむくれる。忘れられたくないのに、自分は都合の悪い事は忘れたがる。つくづく我儘な男だ。
 忘れる。
 都合のいい能力だし、都合の悪い能力だと思う。
 自分はどれだけの事を忘れないと誓い、忘れていったのだろうか。忘れたいと思いながら、忘れられないのだろうか……。
「そのための、『思い出す』か……」
 Qには言わなかったけれど、正直葬式の手紙が届くまで、恩師の事を忘れていた。名前を見て、ようやく思い出したのだ。
 葬式ではロクでもない思い出も思い出したけれど、懐かしい顔ぶれを見れた事自体は嬉しかった。名前を呼んでくれたことも。
 虹色カフェの方を向く。
 もしQがいなくなったとしても、グミを見る度に思い出すのだろう。
 子供たちの悪戯を見る度に思い出すのだろう。
 小悪魔な性格だが、純粋で優しい男がいたと言うことを。

 翌日。
 ランスから
『Qが『カフェ代ランスの財布から抜いとくね★』とか言って、財布から金抜き取ったんだけど、おばちゃん何か知らない?』
 というメールが来た。
 それを読んだエージェントは、頭を抱えたそうな。