その日、珍しく教育地区の中央公園に赴いたランスの目に飛び込んできたのは、屋台の数々だった。
「お祭り? いや、メニューが違うな」
日本に来てもう数年は経つが、祭りの時に出てくる屋台とは全然違うメニューが並んでいる。どれも見たことがない物ばかりだ。
いったい何だろうと思っていると、視界の端に見覚えのある影がよぎった。
「……ランス?」
相手――エージェントの方も気づいたらしい。テーブルの掃除もほどほどにこっちに駆け寄ってくる。
「珍しいとこで会うねぇ」
「そうだね。……ところでこれは何のイベントなんだい?」
「ああ、これはB級グルメフェスタだよ」
「B級グルメ?」
要するに、今日ここでは全国のB級グルメの屋台を集めてのイベントが行われているのだ。彼女がここにいるのはスポンサーとしての視察、友人に手伝いを頼まれたといろいろあるが、本音はB級グルメを味わいたいらしい。
B級グルメ。食が発達している日本ならではの文化の一つで、その地域特有のメニューがあるらしい。たまに静流がその手の類の物を取り寄せていたので食べさせてもらったが、どれもが美味しかった。
「せっかくだからランスも回っておいで」
「いいのかい?」
「この時間帯なら入場制限も解除されてる。自由に回れるよ」
「へぇ……」
そう言われると、回って見たくなる。実際見たことのないB級グルメが並んでいて、食欲をそそられた。しかし、一人で回るのは何となく寂しい気がするので、せっかくだからエージェントを誘うことにした。
誘ってみると彼女もまだ食べ足りないようで、「若い子からのナンパは嬉しいねえ」と笑いながら受けてくれた。
さて回ることを決めたのはいいが、ランスが入ったのは少し遅い時間なので、人気メニューは既に完売だった。まあそれらはいつか取り寄せるなりすればいいだろうと決め、頭の中でメモを取る。
「おばちゃんのお勧めを聞きたいな」
困ったら人に聞く。そのセオリーを守った結果、彼女はお勧めを教えると言って「八戸せんべい汁」と書かれた屋台に連れて行ってくれた。
「せんべい汁? あのお菓子のせんべいが入ってるのかな?」
「うーん、見た目は確かにそれだけど、実際はすいとんのようなもんかな」
「スイトン……」
ランスの頭の中で一瞬忍者が泳いでいったのだが、すぐにそのすいとんではないと否定する。確か、鍋とかで入っている肉団子のようなもののはずだ。
まとめると、肉団子ではなく平べったいせんべいのような物が入った汁ものと言う事か。なるほど、美味しそうだ。
そんな事を考えていると、あっという間に自分たちの番になった。2人で同じ汁を受け取り、列から離れて一口すすってみる。
「……うん、これは旨いね」
「だろ?」
ほくほくな具と共に、ここでは味わえない醤油の出汁。しみいる味とはまさにこの事か。
もう一口すすり、せんべい汁を堪能する。舌を火傷しかけたが、ギリギリのところで水を飲んで冷ました。
「まだいけるかい?」
彼女の問いに笑って頷く。すると、掘り出し物と言いながら、コロッケやら焼きそばやらを案内して回ってくれた。たちまち2人の手にはたくさんのご当地B級グルメでいっぱいになる。
「こんなに食べられるかな」
とつい弱気な事を言ってしまうが、相手はからりと「そんな貧弱な胃袋じゃないだろ」と笑って返してきた。しかしさすがにもう持ち切れないので、近くのテーブルについて戦利品を広げた。
セルフサービスの水をお代わりしてから、改めて「いただきます」と手を合わせた。
麺やご飯、コロッケを口に入れれば、独自の味が口の中に広がっていく。ファミレスなどでは味わえないこの味、癖になりそうだとランスは思った。
「旨いだろ?」
タイミングよくエージェントが聞いてくるので、ランスは素直にうなずく。日本人はこういう料理を毎日食べているのかと思うと、少し羨ましくなる。
そんな事をストレートに言うと、彼女は大声で笑った。
「毎日こんな豪勢なもん食べてるわけじゃないさ。お祝いの時だったり、ちょっとした贅沢の時に食べる。そういうもんなんだよ」
「それでも食べる機会があるってだけで、うらやましいと僕は思うよ」
「まあ、それは言えてる」
納得という顔で水を飲む彼女。一口飲んでから、「でも」と続ける。
「旨い飯と言うなら、ランスのとこもそうじゃないのかい?」
……これには正直言葉に詰まる。
一応帰国子女と銘打ってはいるものの、実際にどこの国で生まれ育ったのかはまだ思い出せていない。母国の記憶を持ったカオストーンは、いまだにどこにあるのか解らないからだ。
自分は結局何者なのだろう。そして、自分の母国は今……。
「……悪かったね」
タブーに触れたと思ったか、彼女が頭を下げてきた。別にそこは気にしていないので、笑って気にしないでとだけ返した。
誤魔化すように箸で丁寧にコロッケを二つに割れば、その地方で取れた野菜がぼろぼろと零れてくる。ルーイには食べさせられないな、と何となく思った。
そんな感じで黙々と食べていると、遠くでざわざわとしたざわめきが聞こえてきた。
視線を向けると、立派なカメラやマイクレフ板などがなだれ込んでいる。どうやら、TV取材のようだ。
「来るって聞いてた?」
「そういや、ニュースの一環で取材に来るって話は聞いてたかな」
なるほど。恐らく夕方のニュースで取り扱う話題なのだろう。
まあ正体が解ればそれほど興味はない。そう思って目の前にある料理に再度手を付けたが。
「あ、ちょっといいですか?」
運悪く(?)、インタビュアーに捕まった。周りの空気からするに、お断りはとても無理そうだ。
仲間に見られたら笑われるだろうなあと思いつつ、営業スマイルで「どうぞ」と答える。隣のエージェントも笑顔で同じような返事をした。
「海外の人ですね、どこから来ました?」
「え」
開口一番の質問でうっかり固まりかけた。が、すぐに気を取り直して適当な国を挙げると、インタビュアーはすぐに納得してくれたようだ。
「そうですか~。このお祭り目当てですか?」
「いえ、偶然知りました。友人が案内してくれたんです」
友人、というところでエージェントが手を上げて挨拶する。
「B級グルメ、どうですか?」
「僕の国では食べられない面白い味がたくさんで、とてもいいですね。さすが日本って感じです」
「なるほど。ありがとうございました!」
笑ってその場を離れるTV軍団を見送ってから、ランスは深々とため息をついた。
「散々だったねぇ」
「だったら助けてほしかったよ……」
皮肉でも何でもなく、心からそう思う。つい先ほどまで悩んでいた部分をつつかれるとは思っていなかったので、疲労もなかなかだ。
ぐったりとしていると、すいっと焼き鳥が滑り込んできた。彼女なりの励ましと悟り、すぐに手を伸ばす。
「ま、あんたがどこの国から来たのかとか、何で来たのかとかは気にしないよ。今こうして助けてくれてる、それで十分だ」
「……光栄だよ」
皮肉でも何でもなく、心の底からそう思う。
先代もだが、こうして得体の知れない相手……しかも敵を被害者だからという理由で助け出し、しかもこうして福利厚生がしっかりしたサポートもする。相手が何を考えているのかも解らないと言うのに、だ。
どれだけ一か八かの賭けだろう。どれだけ相手の善意を信じてなければできない事だろう。
ランスは心の中で笑う。
自分がどのような理由で日本に来たのかは解らないが、少なくとも、彼女とその父と出会えたことは、日本に来て一番良かったことなのだろう。それだけは間違いないと思えた。
(あと、こんなに美味しいご飯に巡り合えたこともね)
ランスはそう思いながら、まだ残っている焼きそばに箸をつけた。