「こんなに荒廃しているとは思わなかったな」
開口一番、慈玄は自身の感想を漏らしてしまった。それだけ、このエリアのインパクトが強かったのだ。
ここは虹顔市で開発が放置された旧エリア。
今日の仮面ライダー屋の仕事は、事情があってここに住まわざるを得ない者たちに無料配給をすることだった。
「うちや高塔も何とか手を入れようとしてるんだけど、あちこちから横やりが入ってて何ともできない状態なのさ」
そう言いながら車から配給物資を出しているのは中年女性――エージェント。自分たちライダーをサポートする身であり、今日の自分の依頼主だ。
今日の彼女はコスモス財閥次期総帥として、荒廃したこのエリアでの慈善活動のために来ている。他の仕事が忙しいので月一でしかここに来れないのだが、本当はもっと顔を出したいとも付け加えた。
「この間宗雲たちも来てくれたらしいけど、まだまだ人手が足りないんだよ」
「なるほど……」
暗に自分たちの力も借りたいと言われたので、慈玄は後でジャスティスライドの仲間にも話そうと決めた。
「水はこっちです!」
「女性はこちらに並んでください!」
仮面カフェのスタッフと一緒に、配給に並ぶ人々を綺麗に並ばせる。住んでいる人も慣れているのか、大人しく並んでいた。
慈玄はその列を一つ一つ見て、異常がないかを確認して回る。何かもめ事が起きそうになったら、すぐに割って入って列に並ぶように言い聞かせていった。
「とにかく物資を受け取ってくれ。話はそれからだ」
そう言ってなだめると、大半は大人しく列に戻る。物資を受け取った後どうなるのかは気になるが、自分にできるのはこれが精いっぱいだ。
(伊織や深水ならもう少し大人しくなだめられるんだろうけどな)
今はいない仲間に思いを馳せる。
伊織陽真なら持ち前の明るさでうやむやにできるだろうし、深水紫苑なら相手の言い分を聞いて理想的な着地点を見出すことが出来るはずだ。わずかばかりの自己嫌悪が慈玄を襲った。だが。
「慈玄! トラックの中から追加の弁当出しとくれ!」
「……あ、ああ、解った!」
エージェントに頼まれて、慈玄はトラックの方に走る。予想以上に忙しく、自己嫌悪に陥っている暇はなさそうだ。
配給が一通り終わった後は、賑やかな食事の時間になる。慈玄たちボランティアも集まって、自分たちが持ってきた弁当を開け始めた。
「……」
慈玄は自分で握ったおにぎりを開け、一口かじる。
「お疲れ」
その隣に、同じくおにぎりを持ったエージェントが座った。彼女は先ほどまで女性たちに生理用品や粉ミルクを配ったりしていた。
「午後はバラックを見回りだ。様子によっては修理、診察もあるから、一緒についてやっとくれ」
「解った」
パトロールなら慣れている。やっと自分に向いた仕事が来たなと思っていると、彼女がおにぎりを差し出してきた。まだお腹が空いていたので遠慮なく平らげた。
改めて、目の前の光景――旧エリアを見る。
数日どころか数年は放置されている重機、お世辞にも建物とは言えない廃墟、やせ細った人々。エージェントが連れてこなければ、信じられなかった光景が、目の前に広がっている。
自分たちが、如何に恵まれた場所で生きている事を嫌と言うほど思い知らされる。
アカデミーから脱走し、紆余曲折あって学友と再会し、それ以降は大変な目に会いつつも自分たちの力で生きてきた。そう思っていた。しかし目の前の現実は、自分の思い込みを一笑するかのように酷い絵を見せつけている。
もし、自分がここに放り出されていたら。志だ何だ語るより先に、生きることで力を使い果たしてしまっていたのだろうか。
「……あんまり深く考えるんじゃないよ」
こっちの心を読んだかのように、彼女がぼそりと言う。
「たらればを語り出したらキリがない。虹顔市にはこういう場所もある。それだけ解ればいいんだ」
「……」
「餅は餅屋。できそうな奴が少しずつ何とかして行くさ」
「……あんたが、その『できそうな奴』になるのか?」
「まあね。でなきゃここには来ない」
次期総帥らしい言葉だった。
食事を済ませた後は、宣言通りバラックの見回りとなった。
雨風がしのげるだけマシな家屋を一軒ずつ覗き込み、住人たちの様子を見ていく。中には自分たちを警戒する者もいたが、大半は好意的に受け入れられた。
ぼろぼろの屋根を補強すると、住人から感謝された。
「助かるよ。最近雨漏りが酷かったんだ」
「この程度なら問題ない」
最近はDIYにも興味があるので、その技術が役に立った。本を読んでいて本当に良かったと、心から思う。
エージェントの方は別の住人から話を聞いては、必要な物資をメモしていく。次いつ来れるか解らないが、と何度も釘を刺していたのが印象的だった。
子供たちが興味を持ったのか、慈玄に近づいて来た。
「お兄ちゃん、そのジャンパーに書いてあるのって何?」
一瞬何のことだか解らなかったが、仮面ライダー屋のジャンパーの事を指しているようだった。小学生で習う漢字のはずなのだが、ここの子供たちは習っていないのだろうか。
「これは『かめんらいだーや』と書いてあるんだ」
「かめんらいだーや?」
「ああ、困ったことがあれば何でもやる。そういう仕事をしているんだ」
「へぇ~」
子供たちの顔が少し興味を持ったようなそれになる。
「じゃあしゅくだいやってくれたりしてくれるの?」
「本当に難しくて手が付けられないなら、手伝うぐらいならする」
「父ちゃんのかわりにしごと行ったりとか?」
「それは少し難しいな……」
子供たちが次々に困り事を上げていく。中には母親の病気を治してほしいとか、専門家でないと無理な事も言ってきたりするのだが。
一つずつ応えていくが、子供たちが徐々に群がってくるため、応じるのも難しくなってきた。なるべく全員に返したいのだが、数が多くて誰の質問に答えたのかすら思い出しにくい。
(こういう時、あいつらだったら……)
また仲間に思いを馳せる。陽真や紫苑はもちろん、才悟もなんやかんやで上手くあしらってくれるのだろう。だが自分は。
「はいはい、そこまでだよー」
いつの間に来ていたのか、エージェントが子供たちをたしなめるように声をかけてきた。
「お兄さん困ってるし、そろそろ移動しないといけないから、また今度ね」
「えー」
「また今度っつってるだろ? いい子で待ってたら、今度はもっとたくさん連れてくるからさ」
彼女が笑いながら言うと、子供たちがあっという間に笑顔になった。この様子だと、次はジャスティスライド全員で来るのは確定のようだ。
見回りも終わり、撤退時となった。
支援物資を積み込んでいたトラックに乗り込むと、最後にエージェントが乗り込んできた。
「お疲れさん」
彼女は慈玄たちボランティアに声をかける。大仕事を終えたボランティアの人々が、ほっと安堵のため息をついた。
「来月また募集をかけるから、来たい人は連絡入れとくれ」
周りからぽつぽつと承諾の声が上がる。慈玄は声を上げなかったが、先ほどのやり取りを鑑みるに、自分たちは強制参加だろう。キャンセルする理由はないが。
今日はいろいろと思う事が多い一日だった、と振り返る。
荒廃した景色、そこで生きる人々、それらを助けたくても助けられないもどかしさ。
「またいろいろ考えてるのかい?」
また心を読んだかのように声をかけられた。ささやかな反抗として「別に」と答えたが、彼女はからりと笑うだけだ。
「さっきも言ったろう? 餅は餅屋。あんたはできる事を一つずつやっていけばいいのさ」
本当にそれだけでいいのだろうか。腑に落ちない気持ちのままうつむいていると、彼女は困り顔で「もしかして」と聞いてきた。
「あんたまさか、何かいろいろ考えてほしいから呼んだとか、変な事考えてないかい?」
「は? い、いや、それは……」
「別にそこまで考えてないよ。私はただ……」
「ただ?」
こっちが突っ込んで聞くと、彼女は至極当然勝つ不思議そうな顔で答えてきた。
「人手が足りないから、手を貸してほしいと思っただけさ」
と。