40代のおばちゃんエージェントがカボチャ料理を配って歩くお話 - 2/3

 と言うわけで、駆から大量のカボチャを引き取ってからは、ずっとカフェの厨房でその大量のカボチャと格闘していた。
 本来ならお菓子を作るべきだろうが、自分の腕では消化する前にハロウィンが終わってしまうと判断してそれほど作っていない(そしてその判断は間違っていなかった)。何より、これを押し付けてきたギャンビッツインはお世辞にも食生活がいいとは言えない。健康管理も考えて、普通の料理も用意した方がいいと思ったのだ。
 レオンやネットから教えてもらったレシピを手にカボチャを捌くこと数日。
「ふー、やっと全部片付いた」
「お疲れ様です」
 最後のカボチャ料理を完成させ、深々とため息をつく。その隣でレオンがねぎらいの言葉をかけつつ、料理を試食していた。
「どうよ?」
「……問題ないです。店でも出せるぐらいの味ですよ」
「そりゃよかった」
 ひどい味の物を出すわけにはいかないので、レオンには何回か試食をしてもらっていた。侍従のひいき目があったとしても、一応人に出しても問題ないと言うことだろう。
 さて包むか、と袋を探し始めた時、カフェのドアベルがからんからんと鳴った。
「失礼します」
「やっほ~」
 生真面目な声と軽い声。何だ何だと思って見れば、入り口には高塔雨竜と颯が立っていた。
「雨竜さま、颯さま、いらっしゃいませ。珍しい組み合わせですね」
「入り口で偶然会ったんです」
「なるほどね」
 雨竜好みの抹茶を用意していると、颯が脇に置かれたカボチャ料理の山に気が付いた。
「あれ、ハロウィンはもう終わってるのにカボチャ?」
「ええ。たくさん譲られたので、ご主人様が作ったのですよ」
「へぇ~」
 颯が適当に返しつつ、料理の中からクッキーを一枚つまんで口の中に入れた。雨竜が「行儀が悪いですよ」と言うが、颯はお構いなしだ。
 もぐもぐと口を動かす事しばし。
「……美味しい! これ美味しいよ、おばちゃん!」
 颯がにこにこ笑顔で感想を述べた。
 まごう事なき素直なそれに、こっそりと胸をなでおろす。レオンから感想はもらっていたが、赤の他人からももらえるとなおさら自信がつく。
 颯の方はそんなことはつゆ知らず、もう一枚手を伸ばす。口の中に入れようとして、その手がふと止まった。
「そうだ、これ包んでよ! 宗雲たちにも食べてもらうから!」
「え?」
 一応ギャンビッツインに食べさせるつもりだったのだが、それを理由に断るのも気が引ける。何より、クッキー分を差し引いても料理はまだまだ多いのだ。
「いいよ、クッキーは持ってきな」
「やったぁ!」
 大き目な袋を引っ張り出して、リボンをかける。それを受け取った颯は丁寧にそれをしまおうとして……隣の雨竜が興味深そうに料理を見ているのに気がついたようだ。
「雨竜も何かもらったら?」
「え?」
「せっかくたくさんあるんだから、一つぐらいもらってもいいじゃん。ねえおばちゃん」
「うーん。まあ少しぐらいなら持って行ってもいいよ」
「ですが……」
 どうやらもらうことに躊躇しているらしい。こういう時は気が変わるのを待つのではなく、やや強引に事を進める方が手っ取り早いし相手のためにもなる。そう思って、カウンターから箱を出した。
 なるべく大きいサイズのマフィンを二つ取り出し、箱の中に入れる。ふたを閉めて、まだ戸惑っている雨竜の前に差し出した。
「戴天と食べな」
「え? じゃ、じゃあ、いただきます」

 カフェを出る颯と雨竜を見送ってから、改めて残った料理を見直す。
「うーん」
 ウィズダムシンクスとタワーエンブレムに渡してしまった以上、他のクラスにも配りたくなってきた。ただ配るということは、ギャンビッツインに渡す分がかなり減ることになるわけだ。
「……ま、いいか」
 別に作ったものを全部彼らに渡すとは約束していない。こっちは金まで払ったのだから、カボチャの行方ぐらいで文句を言われる筋合いはないだろう。
 開き直ることで少し気が楽になった。その流れのまま、ライダーフォンでランスを呼び出す。
『……もしもし、ランスだけど』
 コール二回でお目当ての相手が出てきた。私だよと返して話し始めた。
「今すぐ仮面カフェに来れる?」
『唐突だね……。来れると言えば来れるけど、何かあったのかい』
「カボチャ料理を作り過ぎてね。おすそ分けするからこっち来て欲しいんだわ」
『カボチャ料理か……」
 手ごたえはやや悪い。恐らく野菜嫌いのリーダーの事を考えているのだろう。自分も彼の事は考えた。
「カボチャみたいなのも駄目なのかい?」
『……少なくとも、食べたのを見たことがないね』
「そうかぁ……」
 サツマイモのようなノリで食べてくれるかと思っていたが、やはり無理なようだ。とはいえ、今更別のを作る暇も材料もない。
 こっちが困っているのを悟ったか、ランスは慌てて「でも」と付け加えた。
『僕たちは普通に食べられるし、もらえるなら喜んで受け取るよ』
「そうかぁ。じゃあ取りにおいで。レオンには話を通しておくからさ」
『解った』
 通話を切ると、店に戻ってカボチャグラタンを出す準備を始めた。几帳面なランスの事だから、そう待たずに来ることだろう。

「ホウトウ? 何だそれは」
「郷土料理だよ。ほうとうめんってのをカボチャをはじめとした具材と一緒に、味噌仕立ての汁で煮込んだものさ」
 マッドガイのアジト。
 偶然にもバイト休みだったため三人揃っていたここで、仮面カフェから持ってきたほうとうの具材を出した。先ほどの問いは、具材を覗き込んだ為士のものである。
 彼らへの差し入れはほうとうにした。彼らは温度調節のできない廃ホテルで暮らしているため、寒くなるこれからの事を考えて、暖かい料理がいいだろうと判断したのだ。
「肉はねぇのかよ」
 同じく覗き込んだ狂介が聞く。あいにくほうとうは野菜の具材と麺がメインで、肉はサブでしかない。それを話すと、見て解るぐらいに狂介の顔がぶんむくれたそれになった。まあまあとなだめる松之助。
 一方為士も少し興味がなさそうな顔だ。恐らく美容に関係がないと判断したのだろう。
「まあ鍋の具が足りないと思ったら肉を入れてもいいし、コラーゲンなんかもいいかもね。そこは要相談だけどさ」
「「!」」
 努めて平然と告げたアドバイスに、二人の顔がピクリと反応する。これは鍋の具で喧嘩してしまうだろう。やってしまったと後悔するが、口に出してしまったものをひっこめる術はない。
「先に魚とか野菜を大量に入れときな」
「そうするよ……」
 こっそり松之助に耳打ちすると、彼も察したか苦笑いで応答した。

 陽真に電話すると、今ジャスティスライドは紫苑と慈玄の家に集まっているとの事だった。元々先に紫苑たちに渡すつもりだったので、いいタイミングと急ぎ車を飛ばした。そして……。
「おお、カボチャパイだ!」
「美味しそうだね」
「もぐもぐ……」
「おい魅上、すぐに食うな!」
 タッパーから出したカボチャパイに群がる四人。飯時からずれているが、若い男子故にすぐにお腹が減るのだろう。特に食いしん坊の気がある才悟は、すぐに手を伸ばして一切れ食べてしまった。
 次に手を伸ばしたのは料理好きの紫苑。一口食べて、「うん、美味しい」と感想を述べた。
「料理上手からそのコメントがもらえるとは嬉しいね」
「おばちゃんは料理上手いんだから、もっと自信持って欲しいな」
「あいにく、作るより食べる方が好きでさ」
「オレより食いしん坊じゃないか」
 才悟の言葉に、全員が笑った。爆笑のきっかけになった本人は、何故笑っているのかいまいち解っていないようだったが。
「ともかく、カボチャパイご馳走様! 食べ物少なくなってきてたから、かなり助かったぜ」
「俺達の方もだ」
 仮面ライダー屋の仕事がないのだろうか。こっちからも何か仕事を回せるようにしよう、と内心決めた。(もちろん、彼らには内緒でだが)
 程よく間が空いたのを見計らって、立ち上がる。ご飯を勧められたが、それは断った。

 さて、これで5クラスに料理を配り終えた。残るは下町地区にいるギャンビッツインだけだ。
「下町地区は車走らせにくいんだよねえ……」
 ついついぼやくが、それで道がどうにかなるわけではない。さらなる泣き言は煙草で消して、アクセルを踏みなおした。

 そうして仲良くふて寝していた(パチスロでスッたらしい)二人を叩き起こし、煮物をはじめとしたカボチャ料理を食べさせた。
 最初はやや渋々と言った感じで口を付けていた二人だったが、徐々に箸の動きが早くなって料理を平らげていった。
「うっめえー! おばちゃんお代わり!」
「はいはい、これでラストだよ」
「何でだよぉ!」
「あんたらあると全部食べるだろ! 残りは冷蔵庫にしまっておくから、また金が尽きそうになった時に食べな」
「それだとカビが生えちまうって」
「いんや、あんたらのペースだと一週間で食べきる。間違いない」
「うわ、断言しやがった!」
 賑やか……と言うよりうるさい。だがこのノリこそ、ギャンビッツインだと思う。他の5クラスにはない、力強さがそこにあった。
 そんな食事を済ませ、惜しまれつつも仮面カフェに戻った。