スピード違反を超えたスピードで走る車が2台。うち、後ろを走る車は、窓から銃も見える。
「陽真、敵はついて来てるかい?」
「問題ない!」
中年女性――エージェントが運転する前の車に、陽真も乗っていた。
その日は、朝からずっと暇だった。
仮面ライダー屋への依頼もなく、トレーニングも一通り済ませて暇になったので、適当にぶらついていたら見覚えのある車が隣に止まった。
「おーい、そこのイケメン。ちょっとドライブしない?」
運転手であるエージェントが顔を出してナンパしてきたので、そのナンパに乗った。
「どこ行くんだ?」
「あんまり考えてない!」
「うわっ、適当だなぁ!」
能天気なドライバーが運転する車に乗ってから、気まぐれに止まってはそこで遊ぶという繰り返し。それでも十分楽しめたし、いい気分転換になった。
そんな中、突然Siruがカオストーンの情報をキャッチした。しかも偶然にも、場所は今いる場所の近く。
調査に切り替えてあちこち探していると、妙に身体が大きい野良猫が綺麗な石――カオストーンを咥えていた。
「こんなに簡単にカオストーンが手に入るなんてラッキーじゃん!」
猫に感謝だな、と笑う陽真が猫を抱きかかえようとすると、猫が妙な声で鳴く。さすがに気になったので調べてみると、どうも妊娠……しかも臨月のようだった。
彼女も調べたようで、「動物病院に連れて行った方がいいね」とすぐに判断してくれた。だが……。
「まずい、この近くに動物病院がない!」
実はここは企業地区。サラリーマン向けの施設はたくさんあれど、住人向けの施設は極めて少ない。当然だが、動物病院はなかった。ここから近くの病院となると、教育地区まで車を飛ばす必要がある。
ならそのまま車に……と思った時。
「そのカオストーンを寄越せ」
タイミング悪く、カオスイズムが現れた。しかもライダーを警戒してか、かなりの人数を連れている。
このまま戦うのもいいが、出産間近の猫を抱えている状態では少し不利だ。しかも大人数なので、陽真一人で捌くにも限界があるだろう。
どうするか考えていると、エージェントがいきなり猫を抱えて踵を返した。
「!?」
唐突な行動に一瞬反応が遅れるが、彼女の行く先――車に気づき、陽真も急ぎ車に乗り込む。
「陽真、猫を頼むよ」
「OK!」
彼女から、いつの間にか箱に入れられていた猫を受け取る。陽真がシートベルトをしたのを見て、彼女は車を急発進させた。
車を出したことで、ある程度のカオスイズム戦闘員を振り払うことが出来た。しかし、このまま動物病院まで奴らを引っ張っていくわけにはいかない。どこかで奴らを倒す必要がある。
「なあ、この車はどこに行ってるんだ?」
猫をあやしつつ聞くと、彼女は「あまり決めてない」とぶっきらぼうに答える。とりあえず奴らを撒くために、適当に車を走らせているらしい。
ライダーフォンで地図アプリを出し、動物病院を検索する。車はまだ企業地区をあちこち回っている。そう考えると……。
「おばちゃん、今からおれの言うとおりに車を運転してくれないかな?」
「ん? どういう事?」
「ああ。ここだと隣の市の方が動物病院近いっぽいんだよ。だから……」
「解った! ナビゲート頼んだよ!」
こうして、虹顔市でカーチェイスが始まった。
警察に目を付けられないように複雑な道を選ぶ。こちらはナビゲートがあるからすいすい進めるが、相手は自分たちを追いかけてるだけなので少し迷っているようだった。
そんな感じで企業地区を出ると、山が見えてくる。その山を貫くように長い距離のトンネルがあるが、そこでももめ事を起こすわけにはいかない。
「そろそろかな……」
敵に追いつかれず、それでいて必要以上に引き離さないように運転するのはテクニックがいるらしい。運転手のエージェントの顔には汗が流れていた。
助手席に座る陽真は、注意しながら後ろを見る。ついて来ているカオスイズム戦闘員が銃を構えるのを見て、慌てて顔をひっこめた。
続いて聞こえる銃声。思わず身をすくめてしまうが、上手くかわしたのかそれだけで終わった。
彼女も銃声を聞いたらしく、車のスピードが少し上がる。箱の中の猫が唸ったので、慌ててあやした。
周りを見る。さっきまで高層ビルが並んでいたのだが、今はビルどころか建物自体がまばらになっている。ここなら、それほど迷惑をかけずに済みそうだ。
「おばちゃん、そろそろ奴らを迎撃しよう!」
「解った!」
エージェントがブレーキを踏んだことで、陽真は大きくつんのめる。箱の中の猫を動かさないように庇ったので、猫はか細く鳴いたぐらいで済んだ。
こっちが急ブレーキで止まったことで、相手の方も止まる。ドアが開いてばらばらと戦闘員が出てきたのを見て、陽真もシートベルトを外して外に飛び出した。
「変身!」
車から出てきたカオスイズム戦闘員は5人ほど。これなら1人で対応できそうだ。
「おばちゃん、猫の事頼んだぜ!」
「任せな!」
エージェントが車を発進させたのを見て、陽真はカオスイズムに飛び込んだ。
カオスイズムを追い払った後、陽真はナビを頼りにエージェントが飛び込んだであろう動物病院に向かった。幸い、歩いていけるぐらいの距離だったので、トレーニングを兼ねて走る。
「ここだったかな……」
『〇〇動物病院』と書かれた看板の前に立つ陽真。少し汚れたガラスのドアを開けると、ペットたちの鳴き声が彼を歓迎した。
「いらっしゃいませ。何か御用ですか?」
カウンターで受付が声をかけてきたので、近づいてエージェントが来たかを尋ねてみた。受付は少し考えた後、「今診察中です」と答えてくれた。彼女は何とか間に合ったらしい。
さらに聞きこむと、やはり猫は臨月だったらしく、今出産中だと話してくれた。
「あの猫の飼い主ですか?」
「あーいや、偶然見つけて……」
軽く事情を話す陽真。話を聞いた受付は、何かを書きこんだのち「なら保護団体に連絡を入れておきます」と告げた。どうやら、産んだ猫も産まれた猫もそのまま放り出されることはなさそうだ。
出産は時間がかかると言われたので、陽真は待合室で待つことにする。その間、いつものコミュニケーション上手ぶりを発揮して、何人かと会話した。
「え、虹顔市によく来るんですか?」
「はい、基本娯楽地区か商業地区に行くんですけど、たまに教育地区にも行きますよ」
「へぇ~」
そんな感じで話していると、診察室のドアががちゃりと開いた。
「猫はあのまま市の保護団体が預かるってさ」
「良かった~」
無事に猫の出産も終わったので、2人は車に乗って虹顔市に帰ることにした。
いろいろドタバタがあった日だったが、最終的には総じていい日だったと思う。
「まさかカーチェイスやるとは思わなかったわ」
「全くだよ!」
ヒヤリとしたであろうエージェントは、喉元過ぎれば熱さを忘れたかからりと笑いながら言った。ちなみに車のボディは今回のカーチェイスでちょこっと傷ついた程度だ。カオスイズムが手を抜いたか、それとも彼女の運転の腕が良かったのか。
「そういや陽真、あんたあの病院でも友達作ったのかい?」
「あ、そうそう。実は……」
楽しい会話をBGMに、車は虹顔市への道を軽やかに進んでいくのだった。