雪がちらちらと降る。
町中の明かりも、どことなく暖かい。
今日はクリスマス。
しかし、ジャンゴはいつものサン・ミゲルにはいない。
何故なら、遠くの街でヴァンパイアが出たのでそれを退治にしに行ったからだ。
受ける時からこうなることは嫌というほど解っていた。レディにも念を押されたが、ジャンゴはそれでも行くことを選んだ。なぜなら、ヴァンパイアを倒せるのは自分しかいないから。
それでも、年に一度のイベントをこんな形でスルーするのは心苦しかった。
(みんな楽しんでるかなぁ)
サン・ミゲルは今、住人たちでクリスマスパーティーをしているはずだった。
本来ならジャンゴもそのパーティーの中に入って楽しんでいたのだろうけど、今は違う。ジャンゴは一人ヴァンパイアの領土で、敵の様子をうかがっていた。
活動期の夜だが、敵が動く様子はない。余裕を見せているだけか、隙をついて外に出ているかは解らない。
とりあえず前者と判断し、ジャンゴは持っていた遠眼鏡をしまった。
「ふう」
安心すると、その分ひんやりとした空気が自分の体に刺さる。吸い込んだ空気は冷たく、ジャンゴの心をまたクリスマスに戻した。
今頃サン・ミゲルは暖かいのだろう。暖かなキャンドルが並ぶ空気の中、美味しそうなケーキやチキンが並び、人々は笑いあっているのだろう。
だがそこには自分はいない。ただそれだけなのに、自分の周りがひときわ寒く感じた。
(焚火でもしよう)
敵陣の近くではあるが、寒さには勝てない。周りにグールがいないのを再確認してから、ジャンゴは薪を拾い始めた。
乾いた枝を集めると、ジャンゴは袋から出したマッチを擦った。
か細い火を見つめていると、昔読んだおとぎ話が蘇ってくる。寒さをしのぐためにマッチを擦る女の子の話。
女の子はマッチの火の向こう側にクリスマスのご馳走を見ていき、最終的には大好きな祖母の幻を見るのだ。
もちろん、フィクションだ。マッチを擦れば好きな幻が見れるとは思っていない。ただ、マッチを見たから思い出しただけに過ぎない。
そもそも幻だって、自分の頭に浮かぶ想像の一つだ。
(……ほら)
ジャンゴの目に浮かぶのは、美味しそうなケーキーーブッシュドノエル。クリスマスの定番であるこのケーキは、確かスミレがこれを食べたいと言っていたはずだ。
ぽいと薪の中に放り込み、再度マッチを擦る。今度出てきたのはこれまた美味しそうなチキンだ。この前自分たちが取ってきた鳥を、シャイアンが丁寧に焼いてくれているはずだ。
結局のところ、自分が思いつくのを頭に浮かべているに違いない。この場合、マッチの火は一種のスクリーンか。
マッチを擦る。想像が頭に浮かぶ。マッチを薪に放り込む。それを繰り返す。
もう既に焚火が燃えているが、それでもマッチを擦る。もうマッチを擦るという行為そのものに、何かを見出したいかのように。
と。
揺らめく火の向こうに、何かが見えた。
暖かな部屋の中で、窓に寄り添うように座って外を見ている少女を――リタを見た。
ちらほらと降る雪を見つめては、何かを祈るように手を組んでいた。
はっと目が覚めたように気が付いた時、思わずマッチを手放していた。
当然だが幻は消え、マッチは燃え盛る焚火の中に消えていく。
本当にただの幻。
だが、ジャンゴにとっては美味しそうなご馳走よりも何倍も嬉しい幻だった。
「リタ……」
自分を待っている人がいる。
それが解ったジャンゴは、一筋だけ涙をこぼした。
雪がちらちらと降る。
町中の明かりも、どことなく暖かい。
リタはふと、窓から空を見上げた。
そこにあるのは雪と暗い闇。しかし、一瞬だけ大事な人の声を聴いたような気がした。自分を思うまなざしを見た気がした。
今ジャンゴはヴァンパイア退治に行っている。ここにはいないのは重々承知なのに。
「……良かった」
それでも、リタの心は少しだけ軽くなっていた。ジャンゴは無事だと信じることが出来たから。
暖かなクリスマスプレゼントを、受け取った気がした。