ボクらの太陽 Another・Children・Encounter41「サヴァイバー!」

 最初に動いたのはブルーティカだった。
 懐から大きなライフルを取り出したかと思うと、シャレルめがけて撃つ。
 当然それに当たるシャレルではない。軽いステップで避けて、ブルーティカとの距離を詰めていく。ガン・デル・ソルはまだ手元にあるので、それで足元を撃った。
 狙いは定めていない。ただ後ろにあるカプセルには当たらないように注意しながら、適当に撃ちまくった。
「乱暴ね」
 それらを全て避けながら、ブルーティカはくすくす笑う。動くたびに豊満な胸が揺れて、何となくシャレルはイラついた。
(今だ!)
 タイミングを見計らって、大きく飛翔する。前に向かって、ではなく、上に向かって。
 予想通りブルーティカが攻撃を仕掛けてきた。うっすらと見える糸が、こっちめがけて飛んでくる。魔の一族の得意技である操りの糸だ。
 糸が足に絡みついてきた瞬間に、シャレルは剣を投げた。
 鋭く投げつけられた剣は、ブルーティカの足元に深々と突き刺さる。一瞬彼女の顔が疑問に歪んだが、次の瞬間投げ飛ばされて視界が大きく狂った。
 強く打ち付けられて、凄まじい痛みが身体の中をめまぐるしく駆け巡るが、それで泣き言は言っていられない。糸はガン・デル・ソルで焼き切って、シャレルはまた駆け出した。
「はい、今度はこれよ」
 余裕たっぷりの口調――多分地だろう――で、ブルーティカはまた違った銃を出して撃つ。
 脇に刺さった剣を取りに行く事はなく、シャレルはその射撃から逃げ回る。弾の威力はなかなかのもので、盾にしていた柱やカプセルなどをばんばん砕いていった。
 塵一つなく掃除されていた床にガラスや壁の欠片が散乱し始め、足元を悪くしていく。しかし、ブルーティカはあまり動かないので、シャレルだけに不都合な状況となった。
 ……だが、この状況はブルーティカにも不都合だった。
 ある程度散らかりきったので、シャレルはようやく攻撃に移る。
 まずはガン・デル・ソルで床を撃って、床に散らばった欠片を飛ばしていく。攻撃力はほとんど皆無だが、肌を切り裂くだけでも上出来だ。
 そして霊力でナイフを幾つか生み出して、床に刺して行く。レビほど大きく切れ味は鋭くないが、長持ちはするものだ。ブルーティカは気づかないが、ナイフは彼女の周りを取り囲む。
「それじゃ、攻撃開始っと!」
 シャレルはあえて口に出す事で、ブルーティカをこっちの方に気を向けさせた。
 彼女の方から攻撃は来ない。こっちを警戒していると悟り、シャレルは思いっきり地面を撃った。
 全力での一撃は床板すら粉々に破壊し、もうもうと土煙を生み出す。煙臭いのをこらえて、思いっきり駆け出した。
 足音でこっちを察知したらしく、ブルーティカの攻撃が飛んでくる。それらも音を立てながら、全て回避した。
 うっすらながらもブルーティカの影が見える位置につくと、シャレルは足を止めてガン・デル・ソルを構えた。同時に、かなりの量の攻撃が飛んでくる。
 それらは全て耐えて、シャレルはガン・デル・ソルを連射した。
「このぉ!」
 太陽の弾は狙い違わず、ブルーティカの周りを取り巻くナイフたちへ当たる。相手が息を飲むのを感じながら、すぐにチャージ弾を撃った。
 今度はブルーティカに当たるぎりぎりの足元。彼女は避けることも跳ね返すこともできず、そのまま受けざるを得なかった。
 爆風が広がる。その瞬間シャレルは大きく跳んだ。
「……っ甘……!」
 ガードしようとするブルーティカだったが、それより先に爆風で吹っ飛んだ剣を手に取ったシャレルの攻撃が、彼女を切り裂いた。
「くぁっ!!」
 揺らいだのを見計らって、もう一撃。クロスの傷跡を残して、シャレルは後ろへ跳んだ。
 ……要は最初に投げた剣はブルーティカの気を引かせるのと、不意打ちのために必要だったのだ。
 床に刺さった剣で、ナイフの反射攻撃までは見切られるだろうが、もう一つカードを用意しておいたわけだ。下準備でかなり時間がかかったが、それだけの見返りはあった。
 現にブルーティカは傷跡を抑えて、後ろに下がりかけている。
 警戒しながらもシャレルが一歩前に出ると、それにあわせて彼女も一歩下がる。そのまま歩みを進めると、下がれなくなったブルーティカが後ろのものに当たった。
 黒いガラスに覆われた、今だ生きているカプセル。
 おそらくここアースクレイドルで一番の大きさを誇るであろうその中には、黒い鎧の少年が納められていた。

 

 見た目では追い詰めたのだが、シャレルはそれでも油断はしない。
 相手はイモータル、しかも人の心を操る事に長けた魔の一族だ。油断してあっさり魂を食われる、なんて事になったら末代までの恥だ。
 それにしても。
 彼女の後ろにあるからか、そのカプセルはよく目立つ。人が三人は入れそうなカプセルで、培養液が天辺まで満たされている。
 張り付いているチューブの数もかなりのもので、それらは全て明滅する事で動いているのを主張している。人の器官みたいだ、とシャレルは思った。
 おそらくダークを降ろす為だけに、全ての力が動いているのだろう。だからアースクレイドルには何の仕掛けもなかった。
 ぼこぼこと泡が立つ度に、フートの顔から色が消える。喜びも怒りも哀しみも楽しみも、全ての色がダークに食われていっている。
 急がないといけない。早くブルーティカを倒して、フートを解放しないといけない。
 でなければ……。
「ダメよ、お嬢ちゃん」
 シャレルの意識がカプセルに動いたのを知ったか、大人しくしていたブルーティカが動いた。
 銃がぱかっと割れたかと思うと、そこから小型のナイフが飛び出す。ナイフは彼女の手の中へとすべり、次の瞬間、鋭い閃きが飛んだ。
「わっ!」
 すんでのところでかわし、慌てて距離をとる。
 ブルーティカはそれを見やりながら、ライフルをあける。さっきの銃と同じように、中から切れ味がよさそうな刀が出てきた。
「隠し武器なんてずるくない!?」
「お互い様」
 呆れたように手を振ったかと思うと、次の瞬間彼女は自分の目の前まで距離を詰めていた。
(早い!)
 油断していたわけではないが、速度を甘く見ていたのは否めない。刀の一振りに、逃げ切れなかったマフラーの切れ端が舞った。
 優勢だった状況が、あっという間に五分五分へと戻る。銃と糸を持つので遠距離専門かと思っていたのだが、どうやらその認識を改めないといけないようだ。
 シャレルはもう一度距離をとって、彼女と相対する。するとブルーティカは刀を納めて、銃で狙い撃ちしてきた。
 足元が不安定になってきたが、それでも全てかわす。ガン・デル・ソルで相殺も狙ってみたが、どうも弾の威力はあっちの方が上らしく、完全に打ち消せなかった。
(このままじゃジリ損じゃん!)
 悔しいが、相手の武器の威力はこっちよりも上だ。なら戦術とテクニックで翻弄してやるしかないが、あいにくシャレルはそこまで頭はよくない。
 どうする? どうすればいい?
 頭を沸騰直前まで使って案を練っていると、ふとあることに気がついた。
「もしかして、……いける?」
 つい口に出してしまうが、幸運な事にブルーティカは聞いていなかった。シャレルはその事にほっとして、大きく彼女から離れるように飛び退る。
 唐突な行動にブルーティカは一瞬いぶかしんだようだが、すぐに攻撃が飛んできた。銃による狙い撃ちは、ある程度軌道が見えるようになったので難なく避ける。
 チャンスは一瞬。おてんこさまの置き土産となったボムを手の中に握り、シャレルはガン・デル・ソルで応戦した。
(10……9……8……)
 心の中でカウントダウンを始める。タイミングは、彼女が銃を撃った時だ。
(……6……5……4……)
 着実に数が減っていく。
 彼女は、こっちの企みに気づいてしまっただろうか?
(……2……1……)
 ブルーティカが、カウント0となる銃を撃った。
「今だ!!」
 声と共に、ガン・デル・ソルを収めてフォーリンメサイアに変化する。
 突然の変貌にブルーティカは目を丸くしたようだが、それでも構わずに銃を撃った。こっちの足止めも加えた威嚇射撃だが、シャレルはためらわない。
 駆け出した音は、だん、ではなくごりゅ、という音。
 本当に地を削った跳躍で、彼女との差を一気に詰める。流石にブルーティカも銃を収めて、刀を抜こうとするが。
「ちんたらやってる方が悪いってことで、ね!」
 握っていたボムを思いっきり投げつけた。
「なっ!?」
 その不意打ちに対して、ブルーティカはどうする事もできずに食らってしまう。爆風がこっちまで来るが、シャレルは関係なしに詰めた。
「もちょっと遊んでたいけど、これでごきげんようだ!」
 グローブから鋭い爪が伸びて、ブルーティカを大きく切り裂く。その血が赤いのは、やはり祖を同じ人間としているからなのか。
 相手がよろめいても、シャレルは躊躇しない。首筋に蜂の一刺しを決めて、その痕から血を吸い取っていく。適度な所でやめて、後ろへ飛び退った。
 その攻防、わずか三分ほど。
 そしてその三分の間で、雌雄は決した。

 呆気ない。
 今までの攻防を考えると、全く持って呆気ない終わりだった。
 だがそれだけ、自分の奇襲が上手く行ったと言う事でもある。
 結果、出血多量により、ブルーティカはもう戦う事ができなかった。不死者と呼ばれる存在であろうとも、生きる源を大きく奪われれば、力を失う。
 何とか自我を抑えて元に戻ったシャレルは、ふらふらと倒れた彼女の方へと近寄った。その途中、しっかり武器の一つである銃は抑えておく。
「……これで、終わりね」
 ブルーティカが青ざめた唇を動かして、ぼそりとつぶやいた。
「あの裏切り者……冥の一族は、もう既にイモータルの形を変えたわ。過去に拘ることなく、今と言う流れの中に生きる、一つの生命体としてね。
 ダークに従うイモータルは、私の消滅で完全に消え去るわ」
 つまり、大掛かりな世界崩壊のシナリオはもうない事になる。ダークさえ何とかすれば。
 遠き過去から続いてきた、地霊仔と大地の後継の争いは、とうとう終焉を迎えたのだ。
「この先どうなるか、それは誰も知らない。……おそらくダークにすら、先は読めないでしょうね。彼は神ではなく、人の意思の結晶体に過ぎないから」
 おてんこさまがいたら目をひん剥くような事を、ブルーティカはあっさりと言った。
(ああ、やっぱり)
 彼女の話を聞いて、シャレルはただそう思った。精霊が過去の魂の一つの形である以上、その上である太陽意志や銀河意志は人の意志に大きく関わっていないわけがない。
 常に人の心にある絶望が凝り固まった最初の意志、それがダークなのだ。
「貴女は私に勝った……。なら生きなさい。勝った者は生き、負けた者は死ぬ。当然の自然の理だわ。イモータルも関係ない」
 メナソルを思い出す笑みを浮かべて、ブルーティカは目を閉じた。
 そして、動く事はもうなかった。

 ガラスが砕かれる。
 培養液が波となって流れ、その流れに押されるようにフートが転がり出た。様子からするに、とりあえず息はあるようだ。
 だが、感じる気配はいつもと微妙に違う。
「フート?」
「……シャレル、早く逃げろ。ダーク、目覚めるぞ」
 揺り動かしてみると、フートはうっすらと目を開けて、息も絶え絶えにそう忠告した。

「俺の中には、最初からダークがいたんだ」